第24話 それっぽい言い訳
孤児院を速攻で占領した後、外に出た俺は魔法で本日二度目の緊急信号を天高く上げた。
領兵たちが来るまでの間、そこら中に転がっているならず者を二か所にまとめる。生きている者は孤児院にあった縄で縛り孤児院の入り口付近に、死体はそこら辺の空いているところに無造作に積んでおく。
(おぇ、きもちわりぃ)
冷汗が止まらない、この場からすぐに逃げたいとさえ思うが俺は目を背けなかった、絶対に背けてはいけないと強く自分を律する。
俺とハッツェンは戦いはしたものの直接殺めていたりはしない。今ここに積まれている死体はどれも領兵が殺ったものだ。
だが、孤児院に来たのは俺の意思だったし、領兵を巻き込んだのも指示したのも俺だ。これで俺は誰も殺していないと主張するのは虫が良すぎる。
俺はこの光景を目に焼き付けながら反省をする―――
今の戦い、明らかにこちら側が少数だったにもかかわらず実は作戦会議の時、尋問も必要だからという理由でなるべくの捕縛を優先させた。
今思えば、人殺しに加担したくなかったのだろう。
領兵は戦闘のエキスパートであるとはいえ殺さずに捕縛するとなると一気に難易度が上がる。
10人を切り殺すのと3人を生け捕りにすること、どちらが難しいかと問えば戦闘に携わるものならばほとんどが後者と答えるだろう。
そうとなると、行方不明となった3人を除く59人のうち43名を生きたまま捕縛した領兵は受賞ものの働きをしたことになる。今回は領兵が優秀なことに救われた。
もし相手に一人でもイレギュラーな強さを持った者がいたらどうなっていたのだろう。考えただけでゾッとする。
そんな俺に気づいたのか俺を抱えているハッツェンが慰めようとしてくれるのがそれを断り、降ろしてもらう。
(ごめんよハッツェン、今の俺には自戒する時間が必要だ。誰かに甘えるなど許されない)
「屋敷へ戻ったら私の胸をお使い下さい。いつでも貸しますので・・・」
「うん・・・」
ハッツェンのやさしさについつい頷いてしまう俺。
―――甘いなぁ、本当に甘い。
自己嫌悪に陥っている中でもやらねばならないことがある。
「アルノー、自白剤持ってたりする?」
「自白剤ですか?あるにはありますが、何故?」
「いいから、いいから」
そう言ってアルノーの手のひらから自白剤をぶん捕り先ほどから考えていたことを検証するため、ある場所へ向かおうとしたその時―――
ガシャガシャガシャ
鉄製の鎧が擦れる音とともに緊急信号を受け取った領兵たちが続々と集まってきた。
その中には父上の姿もある。
(げっ)
今考えていたことがすっ飛び、焦りに変わる。
(大丈夫だ、俺は間違えたことはやっていないはず、手段は多少強引だったが…)
「父上っ、これはですね――」
スランッ
「っ―――!」
首筋に冷たい感触。
恐る恐る馬上にいる父上を見上げる。
そこに普段の優しい父上はいなかった。
手元から伸びる剣が青空を映しているのが見える。顔から感情が全く読み取れない
しかし、わかることはある。
(ヤバい、殺される・・・)
生き延びる方法を必死に模索していると、父上から声をかけられた。
「アルテュール、お前は如何にしてこのような行動をとった?」
感情の乗っていない平たい声。言葉選びを間違えれば首が飛ぶ。
近くにいたハッツェンが俺を庇おうと近づいてくるが手で制す。これは俺の行動によって起こったことだ。他者の手を借りるなどあってはならない。
ふぅ~
一呼吸置いた俺は震える身体を必死に抑え顔から感情を消し父上と同じく感情の乗っていない声で淡々と返す。
「このような行動とは、どのような行動を指しているのでしょうか?領兵を勝手に使ったことでしょうか、父上に確認を取る前に戦闘を開始させたことでしょうか、賊どもを皆殺しにしなかったことでしょうか。それとも―――アマネセルの
「なに?」
俺の最後の言葉に、今まで無表情を貫いていた父上の顔にわずかな驚愕の表情が現れる。父上に何か言い返される前に俺は
「俺が取り逃がしてしまった者をアマネセルの間者だと信じてもらうには3段階ほどの工程を経なければなりません。―――まずまず初めに…。以前おじいさまに聞いたのです。泳がせていたアマネセルのネズミどもを完璧に始末した、と‥‥‥。それを聞いた俺は思ったのです。本当に?と。
おじいさまやクレマンを疑っているのではありません。実際、本当に掃討したのでしょう。ただ俺がアマネセルの首脳陣の立場にあるのならばこう考えます。『完璧に掃討したと相手が思っている今が好機である』」
父上は黙って聞いている。沈黙が俺の口を滑らかにする。
「これを踏まえたうえで、考えられることがあります。これが工程の2つ目です。―――父上、騎士団の中にアマネセルと内通している者がいる可能性があります。」
直後、
「そのようなことはありえません!」
静観していた領兵のうちの一人が声をあげる
(馬鹿なのか?今声をあげれば真実がどうであれ、真っ先に疑われるのは自分だぞ?)
「黙れ」
俺がある意味で驚愕していると父上が底冷えする声で喚いた領兵を黙らせた。
「続けよ」
中断されたところから続きを話す。未だに俺の首筋には冷たい感触がある。
「・・・孤児院にたどり着いたとき、そこにいるアルノーに尋ねました。以前よりここに孤児院があるのは知っていたのか、と。彼は知っていると答えました。」
父上が剣を俺の首に触れたまま、アルノーの方へ首を向ける。
(ひぃ、よそ見しないで、今ちょっと首のところに力入ったから!皮一枚切れているから!)
そんな俺に父上は首を向け直す。確認が取れたのだろう。
続ける。
「知っていながらも、この有様です。おかしくありませんか?清潔の町セレクトゥ、ここは正反対です。領兵の見回り業務の中にはごみ拾いなどもあると聞いています。それでいてこれです。明るく清潔な場所には、人が集まります。逆に、暗く不衛生な場所には人が集まりません。―――一年前までここは明るかったそうです。そうだろう?ラヨス」
「はい、その通りでございます、アルテュール様。失礼しました。私はここの孤児院で長く生活していた者で、ラヨスと申します。こっちは同じく孤児院で共に暮らしていたルウと言います。失礼ながら、一年前にこの孤児院で起こった出来事と変化を話してもよろしいでしょうか。」
父上が頷く。
「ありがとうございます―――。
一年前、そこにいるザイテがここに院長として来ました。その時からです、周りの状況が変わり始めたのは。
初めにもともと孤児院で働いていた女性たちが一斉にクビにされ、補充されるかのように、新しい女性たちがやってきました。
次に、孤児院の周りにならず者たちがうろつき始めました。初めの頃はそんなに多くなかった気がします。しかし、時が経つにつれ、増えていき、ここら周辺を汚染し始めました。
この頃からです。周りにならず者以外の人間が近づかくなったのは……。
―――そして1週間前。今は怪我をしていてこの場にはいませんが、孤児院の子供たちのリーダーである、グンターが私とルウに言ってきました。「ここは何かがおかしい」と。
昔から彼の勘はよく当たります。それを信じた私たちは、そのあとすぐに孤児院から脱出しました。1週間、身を隠し生活している中でザイテが私たちを奴隷商に売ろうとしているとならず者たちが話しているのを聞きました。その後のことは領主様がご存じになっている通りです。差し出がましい真似をしたことお許しください。」
しゃべり終えたラヨスは領兵の中に戻っていった。
(マジでナイスすぎるんだがラヨス君)
俺の最後の推測は結構適当だったが、当たっていたらしい。ラヨスがフォローしてくれているだけかもしれないが……。
再び俺が話し始める。
「しかし、アルノーはこの現状に気づいていなかった。報告されていなかったと言う方が正しいでしょう。報告されていなかった区域では新しく入ってきた孤児院長や元からいた孤児院職員の一斉解雇、果ては子供の密売。騎士団が見逃すはずありません。あまりにも不自然です。そして、セレクトゥが荒れて得をするのはこの近くでは1つの選択肢しかありません。―――以上から、俺は騎士団の中にアマネセルとの内通者がいると思いました。」
「して、最後の工程とは?」
父上に急かされる。もう剣があてられていない俺の首筋からツーッと血が垂れ落ちた。
「三つ目はですね―――ハッツェン。」
「はい」
ハッツェンにライドオンした俺はある人物の前まで移動し、さっきアルノーからぶん捕った自白剤を飲ませる。
奴はいやいやしていたが水魔法で強引に流し込み、そして少し離れてから質問をする。
「ザイテ、お前はアマネセルの手の者か?」
グサッ
鈍い音とともにザイテが座ったまま倒れこむ。
バタン
その首には短剣が刺さっていた。
「「「「「!!!!」」」」」
父上を含むこの場にいる者全員が驚愕する。
(
短剣が飛んできた方向に
(やはり、
これ以外も
この魔法で先ほどの俺の探索網から抜けたのだと思われる。だからもしかして、今もまだ近くにいるんじゃないかなぁと思って、揺さぶりをかけた結果大当たりだったということだ。
明確な意図をもって人を他人に殺させた―――
という事実で吐きそうになるのを我慢して、驚愕から早々に立ち直った父上に結構適当に的を射てそうな感じのことを言う。
「アマネセルと内通しているであろう領兵が担当している地区の中心にはこの孤児院があり、ザイテが院長になり、職員全員解雇という奇行をした時期がちょうどよかった。アマネセルの間者たちはならず者に扮して、この区域を荒らして、無法地帯にし、ザイテがならず者を雇うよう仕向けた。これを領兵が見て見ぬふり。ザイテは間者たちに仕立て上げられたのでしょう。アマネセルの間者に見えるように―――そこで揺さぶりをかけてみました。ザイテがアマネセルの存在に気づいている
(何言ってんのかわかんなくなってきた……。けど、アマネセルの間者がいたことを証明できた時点で俺の勝ちだ)
しかしまだ、父上の表情は緩まない、むしろ、悲しそうな顔をしている。なんでだろう。
そこでふと当たり前なことに気づき、ハッツェンから降りる
トテトテと父上に近づいていき頭を下げる。
「いろいろ勝手をしました。ごめんなさい」
父上が馬から降りた気配がする。がくがく震える身体を必死に抑えて、沙汰を待つ。
「顔をあげなさい」
恐る恐る顔をあげる。
そこにあったのはいつもの優しい父上の顔だった。
(ああ、父上がしてほしかったのは言い訳や理由とかじゃなかったんだ……)
「まずは謝らせておくれ、アル。剣を向けてすまなかった、本当にすまなかった……」
「いえ、俺が悪いんです……!勝手に…、やっちゃったから……!」
「はは、そうだな……お前が軍を率いて孤児院に突撃したと聞いた時はそれはもうたまげたよ。……アルが人助けのために兵を使ったことは知っている。それは正しいことだ。しかし、すべてが正しいわけではなかった……謝らなければならないこともあったはずだ。賢いお前なら気づいていたのだろう。それならば、まずは謝ろう。ただ今回は私も謝らねばならなくなったがな……ははっ……はぁ……」
温かい手が俺の頭を撫でる。
震えていて力みまくっていた身体から力が抜け、涙が零れ落ちる。
一度決壊した涙腺はそう簡単に止まらない、どんどん溢れてくる。
そっと父上に抱きしめられた。
「うぁぁぁっぁぁっぁぁ~~~~~~~~!」
人目もはばからず俺は泣きまくった。
父上の腕の中はとても温かかった。
大貴族のメンツというのは相当に大事なようだ。今回父上がああまでしたのはそれほど|俺の行動≪勝手な軍利用≫が許されないものだったからなのだろう。
結果としては敵国の間者の存在を明るみにしたわけだがそれは結果論でしかないのだ。
それっぽい言い訳を思いつかなかったら俺は今どうなっているのだろうか・・・。
ただ―――
(首に剣はないよ~~~~。マジで怖かった~~~~、顔がマジだったも~~~ン!)
そう心から思ったのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます