第20話 逃走劇

 ―――スレクトゥの自由区に居を構えている、とある孤児院。その中で、


(おかしい、ここは絶対に何かがおかしい)


 大柄な茶髪の少年――グンターはそう思っていた。

 

 グンターは今、少し開いた扉の向こうにいる大人二人を見ている。

 一人は自分たち面倒を見てくれているこの孤児院の院長ザイテという男。彼はいつも胡散臭い笑顔を浮かべている胡散臭い好々爺といった感じの男で一応清潔感はある。


 もう一人は服装が成金のような小太りな男だった。

 手にはいくつもの高級そうな指輪がついているが、お世辞にも品がいいとは思えない。またその体形や顔も醜く、豚のようだ。


 しかし、そんな二人にも共通点がある―――。


 それは両者ともが欲望に塗れた下種の顔をしていたということだ。



「―――は――――――か?」


 成金男が何か言っているが、肝心な内容が聞こえない。


「も―――――――ます。」


 ザイテがそれに答える。


(ここにいてはいけない気がする。あいつらに伝えなくては)


 グンターはその場を後にし、親友であるラヨスとルウのところへ予感を伝えに行く。


「グンターがそう思うなら、信じるよ。早くここを出よう」

「わたしもグンターを信じるわっ」

「・・・ありがとう。」


 ラヨスとルウが自分を信じていると言ってくれたことがグンターはうれしかった。


 3人はほかの小さな子供たちを起こして、いざという時に貯めていたわずかな食糧とわずかな着替えだけを持って孤児院を後にする。


 孤児院の警備はざるだった。



 ◇◇◇



 私はザイデという。1年前にこの孤児院の院長になった者だ。


 あと少しで大きな金が手に入る。ここにいるガキどもを売るのだ。


 そのために今、私の目の前にいる成金奴隷商人の豚にも笑顔で接している。


「1週間後までに準備は整いそうか?」


 (汚い、唾を飛ばしながらしゃべるな)


「もちろんでございます」


 しかし、私はいたって丁寧に返答する。

 私はできる男だからな。ここでこいつの心証を悪くしたところでいいことは一つもない。

「おお、それは何より。高値で売れそうなガキはいるか?」


 こいつは馬鹿なのだろうか。普通商品の下見くらい事前に済ませておくだろう。


「3人ほどございます。一人はルウという女子、今は薄汚れていますが磨けば光ります。二人目はグンターという男子、身体が大きく力が強い、なのに馬鹿ではない。三人目はラヨスという男子、容姿も悪くないですし、何より頭がいい。あなたの店で使ってみては?」


 いやな顔せず、すらすらと三人の子供注目商品の特徴を言う。やはり私はできる男だ。


 その後、段取りなどを話し合い、豚は帰っていった。


「ふふっ、一週間後が楽しみだ」


 夜が明け、空が白み始める。


「世界が私を祝福しているかのようだ……どれ、かわいい私の子供商品たちを見に行くとしよう。」


 検品は大切だ。機嫌よく、子供商品たちが寝て並んでいる部屋をのぞきに行く。



 ―――いなかった。



「っ―――!いない。―――子供商品たちがいないっ!」


 どこに行った奴ら、まさか感づいた?いいや私はできる男だ、そんなへまはしない。


 孤児院の中を探すがいない。くそっ・・・手間取らせやがって―――!


 孤児院の裏に行き、私が雇っているならず者たちを見つける。


「金は払う、この3人を見つけてほしい。すぐにだっ!」


 グンター、ルウ、ラヨスの似顔絵を渡して命じる


「ああ?随分と慌てた様子じゃねぇか、報酬は女にしてくれや。なんでもいいからよ」


「・・・わかった、早く捕まえてくれ。多少強引でも構わん」


「はいよ~――あ、そうだ。女たちはどこにいる?」

「地下室だ」

「うわ~陰湿。あんたもヤッてんの?」

「‥‥‥」

「ま、できる男の院長さんはヤんないか―――おーいお前らー行くぞー!ガキ狩りだ!報酬は女だとよー!」

「うへぇっ、マジか!」

「ちっ、昨日二発も打っちまった!くぅ~ついてねぇ~」


 そう言って、ならず者たちはゆっくりと歩いて行った。


 早くしろっ、と言いそうになるが我慢する。複数対一人だ、勝ち目はない。


「落ち着け、私はできる男だ‥‥‥。」



 ◇◇◇



 1週間前に孤児院から逃げ出したグンター達は今、いつも遊んでいた「秘密基地」に身を隠している。


 今日で食料が尽きた、随分ともった方だと思う。

 しかしこのままでは飢えてしまうのは自明だった。

 幸いなことにここセレクトゥにはスラムが存在しない。スラムとは低所得者や無所得者が住むところ一帯を指し、一定レベル以上の都市には必ず存在する。

 スラムは奪い、奪われが当たり前の世界、弱肉強食なのだ。子供でさえも徒党を組み、力強く生きている。だがここにはそういったスラムのようなものがない。そのため、いきなり襲われたりなどはしなかった。しかし、ならず者のような者はいる。

 ならず者とは高収入ではないが、最低限の生活ができるほどには金を持っているゴロツキのことだ。

 最近はそのならず者が近辺を周回しているため身動きが取れないでいた。


(判断を誤った)


 グンターはそう思わずにはいられない。逃げ出した直後にはいなかったのだ。そのままここに留まるのではなく、騎士団の詰め所に向かい、助けを求めればよかった。

 子供しかいない集団が助けを求めればここの兵たちは助けてくれただろう


 だが今はそれも叶わない。今もなお、うろうろと徘徊しているならず者たちは何かを探しているようだ。


(俺たちだろうな)


 その証拠に「お~い、出ておいで~、子供たちや~い」と言いながら歩いている馬鹿がすぐそばを通ている。明日のことを考えられるくらいの余裕は持っているやつらだ。捕まったら何されるか分かったもんじゃない。


 その時―――

「うわぁ~ん、あああぁぁぁ!」


 我慢できなくなってしまったのだろう一人の小さな子供が泣き出してしまう。


(まずい―――!)


 グンターは泣いてしまったこの口を急いで塞ぐ、しかしすでに手遅れであった。


「み~つけた♪」


 近くにいたならず者の眼と目が合うが慌てたりはしない。

 ならず者は5人おり、武器は鉄バールのようなもの。勝てそうにないことを悟る。

 ただそれでも慌てない。守らなければいけない者たちがいるから。


 強く決心し『秘密基地』から出る。


「お前ら、誰を探しているんだ?」


 グンターは思考する時間を稼ぐために、惚ける。


「ぎゃはは、わかっていてるよなぁそれ」

「可哀そうになぁ、あのナルシスト院長に追っかけまわされて」

「今ここで抵抗しても無駄だぜ?な?大人しくこっちに来いって」

「ま、その後には売られるんだけどな!」

「「「「「ぎゃはっははははははは!!!!!」」」」」


 思い思いの言葉を口に出し下品に笑うならず者たちは着実にこちらに近づいてきた。


(売られるだと!?抜け出して正解だったぜ…今捕まりそうだけどな)


 皮肉を考えることができるほどグンターは冷静だ。

 だからこそわかる、このままでは全員捕まる。


「二人とも小さな子供たちを連れて、『秘密通路』の中に隠れろ俺が時間を稼ぐ、タイミングを見計らって騎士団詰め所まで行ってくれ」


 後ろにいる親友2人にしか聞こえない声で呟く。


「無理だ」


 ラヨスが答える。


 聡明な彼はわかっていた、このままでは全員捕まると。

 彼はわかっていた、「秘密通路」に隠れても、しのげるのは一時的なものだと。

 彼はわかっていた、グンターが自分一人を生贄にしようとしていることを。


 幸い?なことに今ならず者たちが存在を認識しているのはグンターと泣いてしまった子供一人、と予測する。他の子供たちが何人いるか正確な数は掴まれていないはずだ。


(僕もグンターと一緒に戦うか?)

 悩むラヨス。

 じれったく思ったルウが「わたしもやるわっ」と『秘密基地』から出ようとしていた。


「待ってルウ」


(駄目だ、ルウ一人に小さい子たちを任せられない)


 ルウはグンターの覚悟に気づいていない。


「わかった、僕がこの子たちを「秘密通路」に隠す。それまでの時間を稼いでくれ」

「ラヨス、あなたビビったのっ!?」

「ルウちょっと黙っててくれ。グンター、頼んだぞ。」

「ああ」

「ルウ、君はそっちじゃない。こっちに来てくれ」


 状況が分からず、置いてきぼりにされるルウ。だが、そういうものなんだと自分を納得させラヨスに続く。

 気持ちの切り替えの早さが彼女の良さだったりする。


 頼れる親友二人の背中をちらりと見たグンターはこれでいい、と小さな子供たちを任せ一人死地に乗り込む。


「なあ、教えてくれよ。本当に知らないんだ」


 必死に時間を稼ぐ、今度は仲間を逃がすために。


「惚けても無駄だぜ?一緒にラヨスとルウってガキがいるのはわかってんだ」

「ルウってのは、かわいい顔してんだろ?おれぁ、ガキでもいけるぜ!」

「「「「ぎゃははは!」」」」


 ならず者たち馬鹿は馬鹿なので、時間稼ぎに気づかない。


(よし、)


 グンターは内心ほくそ笑む。すでに十分な時間が稼げていた。


 ふらふらとした足取りでならず者たちに近づき最後の一芝居を打つ。

 意味はないがラヨスとルウに聞こえればいいなと思いながら大声で――。


「だから俺たちじゃねえって!!なぁ、信じてくれよぉ・・・。」


 その叫び声は確かに親友たちに届いた。


 そして―――友達を求めるボッチにも届いた。

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