第13話 貴族たるもの


(思ってたんと違う)


 俺が目の前に広がる光景を見て、唖然としている中みんなが歩を進める。

 並び順は父上が先頭で母上の手を取りその後ろをじいちゃんといつの間にか降りていたリア姉がついてゆく、そんな形だ。


 ちなみに俺はいまだにじいちゃんの肩の上、非常に恥ずかしい。

(降ろしてくれ~じーちゃーん)


 心の中でふざけているのは不安を紛らわせるためなのかもしれない。

 それにたぶん顔に出ている。


 そんな俺を心配してか、リア姉がちらっとこちらを向いては前を向き、また・・・と同じ行動を繰り返していた。

(リア姉優しいなぁ)


 こりゃいかん、大丈夫だと伝えるためぎこちない笑みを返し、その意味に気づいたのであろリア姉はふっと笑い、再び前を向いた。


 その横顔はあどけなさを残しつつも一人の貴婦人レディのそれだ。


(あぁ、彼女もまた大貴族の一員なのか)


 至極当然なことに今更気づき、それじゃあ俺は?などと考えてしまう。


(集中しろ俺っ、今の俺も大貴族の一員なんだ・・・気をしっかりと持て)


 自分を鼓舞し、なるべく凛々しい顔でいようとする。


 壇上まで伸びる深紅しんくのカーペット、その上を堂々と歩く家族たち、それを見つめる数多の貴族―――


 世界が違う―――そう思わずにはいられない。

 俺はまだここに立てていない、祖父の肩に座っているただの子供付属品に過ぎないのだ。何故か悔しさが込み上げてくる。


 まだアルテュールは1歳だが中身の俺はというと18、9歳。もう立派な大人である。


 心の中で己に問う。


 ―――前世と同じく甘えるのか?


 違う。


 ―――親に敷いてもらったレールの上を歩き続けるのか?


 違う。


 ―――努力せずに平凡でいるか?


 いやだ、そんな人生つまらない。


(悔しいのは、自分の甘さへのものかぁ)

 そう納得しどこか、心の中で踏ん切りの付いた俺はしっかりと前を見て気づく。いつの間にか壇上に上がっていた。

 貴族であろう人々を見下ろす。

 よく見ると大人たちの中には子供も混じっていた。貴族の子息だろうか。


(まあ、俺よりちっこいのはいないな。そりゃそうか)


 視線が刺さるように痛い、その視線に込められているのは興味。眼をそらしてはいけないと思い必死に耐える。

 ここで、本物の1歳児のようにして惚けることは簡単だ。だが、それをすれば俺は俺を許せなくなるだろう。

 決意に似た何かを心に宿す。


 そんな些細な様子の変化に気づいたか、実力者たちがさらに興味の色を強めていた。


(お部屋帰りたい……)


 あれほど出たがっていた部屋が今は恋しい。

 胃に穴が開きそうな俺を守るように、父上が一歩前に出て注目を集める。

 ―――そして名乗りを上げた。


「ベルトラン・カーリー・フォン・ヴァンティエール=スレクトゥだ。まずは、この場に駆けつけてくれたことをヴァンティエール辺境伯として――そして、北方連盟の盟主として感謝したい。」


 じいさまと似たような、身体の中に響く声。語り掛けるように抑揚をつけ、視線を釘づけにする。

 そして、十分な間を取り言葉をつむぐ。


些細ささいな礼儀作法は省いてくれて結構、今日この時を有意義ゆういぎなものとしよう―――アルトアイゼンの誇り高き黒狼こくろうに忠義を、王国に栄光あれ、北方に幸あれ!」


 父上の言葉に続いてこの場にいる全員が復唱する。


「「「「「アルトアイゼンの誇り高き黒狼に忠誠を、王国に栄光あれ、北方に幸あれ!!」」」」」


 会場中に木霊こだました。


(これが貴族か)


 俺の視線のその先。

 そこに立っていたのは先ほどのような情けない父上ではなく、覇者の貫録を身に纏った正真正銘の大貴族―――

 ベルトラン・カーリー・フォン・ヴァンティエール=スレクトゥであった。


(父上、超カッコいいじゃん……)


 お誕生会改め、北方連盟集会の幕開けである。

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