第16話 選択肢のないウインドウ画面
しばらくすると、窓から入ってくる眩しい光が瞼の裏にまで届き起きた。机にうつぶせていた身体を上げ、目を擦りながら任務開始までの時間を確認すると後二七分二十秒だった。なんだかんだ丁度いい時間だなと思って周囲を見渡すと寝る前まで机に散乱するように置いてあった本が全てなくなっていた。
「あれ、本は?」
もしかして失くしたと思ってしまったが、その焦りは隣にいたユリアの声によって安堵へと変わる。
「寝てる間に直したわよ。それよりこれ食べて」
ユリアが手に持っていた白い袋を差し出してくる。
受け取って中を見ると、おにぎりが三つ入っていた。
「いつの間に……」
「蓮心が寝ている間にちょっと出かけて買ってきたの」
「ありがとう」
お礼を言い有難くおにぎりを頂く事にする。
気付けば昨日の朝から何も食べておらず、空腹だった為か今まで食べてきたおにぎりの中で一番美味しく感じた。
「美味しい?」
「美味しい。本当にありがとう」
「うん。それより今日大丈夫なの?」
微笑んでいたユリアの顔が心配そうな顔になる。
全てAランクステータスのユリアでも勝てない相手にランクEの防御最弱攻撃最強が挑むんだ。そこにはユリアだけじゃなくマリアの人生が掛かっている。そりゃ心配にもなるだろう。実はやるべき事は全部したと達成感に酔いしれながらも何処か不安な気持ちはあった。本当に勝てるのかと言う不安が心の中で渦巻いていた。
「あぁ、やるべき事は全てしたからね。それに寝たおかげで体調もかなりいいよ。後はやるべき事をするだけ」
平然を装い、おにぎりを食べながら答える。
誰かを救うと誓った者が最初から逃げ腰ではかなり頼りないだろう。ユリアを安心させる事も自分の役目だと思った。今更だがユリアって何だかんだ面倒見がいい気がする。これは将来いいお嫁さんになれると思う。
「ねぇ、聞いてもいい?」
「いいよ」
「何で蓮心はこの世界に来て僅か二日目にして私の剣術の型を使えたの?」
「えっ?」
「あれは私でも獲得までに一年以上掛かった。それを蓮心は二日目で獲得していた。それだけじゃない。マリアが得意とする魔法を使い検問の城壁を破壊したと新聞越しでは合ったけど知った。まるで、最初からこの世界の魔法について知っていたとしか思えない。もし良かったら最後に教えてくれない?」
まだ時間があるので今回は答える事にした。
今までは説明が面倒だと自身に言い訳をして誤魔化して来たが得体の知れない人間をここまで信じてくれたユリアにはちゃんと話さないといけないなと思った。ユリアの目はこちらを真っ直ぐ見ており、誤魔化すには申し訳ない気持ちで一杯になった。
「EX(エクストラ)固有スキルだよ。この世界に来ると同時に獲得したんだ。魔法名は『模倣』で、一度でも見た事があるもしくは知識として正しく理解していれば相手の魔法をコピーできる」
ユリアの顔を見ると、何故か驚くのではなく頷いていた。
「そう。そうゆう事だったんだ」
「驚かないの?」
「うん。模倣を持っているって事は本を読んで強くなることも可能。そして今までの蓮心の行動にも納得が出来る。何より、模倣は頭がいい人間じゃないと獲得できない。元居た世界で蓮心はただの高校生じゃなかった。違う?」
「ただの高校生だけど?」
「本当に? 例えば一つの問いに対して何通りかの答えを瞬時に導き出したりとかしてなかった? 模倣は読みの精度が高く、何でこれがこうなっているのかと幾つかの面から物事を深く考える事が出来る者が持つEX(エクストラ)固有スキルの一つ」
言われて見ればそんな事をしていた。妹が死んでから引きこもりだした蓮心は沢山のゲームをする中で課金勢と言われるプレイヤー達に勝つためにはどうしたらいいかひたすら考えていた。そして、ある日相手の手の内を読み取れば勝てると考えた。最初は読みを外しまくっていたがそれでもひたすら続けていると相手の手の内から人の性格やパターンがある程度分かるようになった。それだけではなく、ありとあらゆる可能性を同時に考える事で頭を使う戦略的なゲームではいつしか負けないようになっていた。人々は後にゲームの世界で「天才」と呼ぶまでになっていた。数多くのゲームで必ず上位ランキングに名前を残す天才として。プログラム上絶対に超えられない壁以外は全て超えてくるのが蓮心だった。言い方を変えれば学校にも行かずゲーム廃人となっていただけだが。
「まぁ、似たような事はしてたかな?」
「やっぱり。何か謎が多いなって思ってたけど蓮心って凄いんだね。ねぇ、蓮心は私の事をどう思ってるの?」
「どうって?」
「好きとか嫌いとかって意味」
何で急にそんな話しになったかが分からない。
ただ、ユリアの顔を見ると何処か嬉しそうだった。
「好きか嫌いかで良いなら、好きかな」
「なら私は蓮心にとって他人? それとも仲間?」
そうゆう事か。ここでユリアがこの質問をしているのかが何となくだったが分かった。きっとユリアは蓮心が自分の事を仲間だと思っているのかが気になっていたのだと。それは仲間との決別が怖いユリアの一面に見えた。
「仲間だよ」
「なら、マリアを救っても私達と一緒にいるよね?」
微笑みながら聞いてくるユリア。
「考えておくよ」
「わかった。なら私は信じてその答えを待つよ」
心の中で元居た世界に戻る方法を探すのはもう少し後でもいいかと言う気持ちと早く元居た世界に戻りたいと言う気持ちがぶつかり合う。
人間の感情や決意なんて些細な事で揺らぐ。
蓮心が決意していた思いも又ユリアと言う女の子一人の影響を受け揺らいでいた。
残ったおにぎりを食べ終わり、任務開始までの時間を見ると後五分だった。
「ねぇ、蓮心は歌の力を信じる?」
「まぁね」
歌は時として人の感情を落ちつかせたり、高ぶらせたり、豊かにしてくれたり……と沢山の事をしてくれる。
すると、静かな大聖堂でユリアが歌い出す。
本が沢山置かれた此処には蓮心とユリアの二人しかいない。
そんな二人だけの空間にユリアの綺麗な声が響く。
「ずっと諦めていた 大切な人を救えないと
過ぎていく時の中で 一人思い悩んでいた
私の思い伝える 不安に支配された心は
沢山の人々と希望を見て 声に出さず祈り続けたと
変わりゆく日々の中 変わらない物を見た
人々の不安は 忘れられない記憶
何度も何度も負け続け 希望は遠く
私の心 日々壊れていく
あの日友から聞いた言葉が 私を包み込んで
違う場所から 招来せよ希望の光
君は君らしく 生きて欲しいと言いたくて
連鎖する不安と痛み 巻き込みたくなかった
私の思い伝える 不安を乗り越えて
仲間と強敵(敵)に立ち向かう強さが輝く
変化していく日常の中 変化していない物
友との記憶 懐かしい思い出が蘇る
君の成長が 教えてくれた
諦めなければ 希望はまだある事を
歩みを止めた足が 再び動き出して
君の力になりたい 希望がそこにあるなら
初めて見る君の姿が ただ眩しく羨ましいから
期待してしまう 友を救おうとしてくれる君に
私の思い伝える 希望に溢れた心は
沢山の人々と希望を見て 声に出して叫ぶと
君は君らしく 生きて欲しいと言いたくて
連鎖する不安と痛み 巻き込みたくなかった
ずっと諦めていた 大切な人を救えないと
過ぎていく時の中で 一人思い悩んでいた
私の思い伝える 不安に支配された心は
羽ばたき 君と歩む 力を手に入れ
もう一度立ち上がる!」
不思議だった。
その歌は蓮心の中にある不安をかき消してくれた。
この世界でまさか歌を聴いて心を落ちつかせる事が出来るとは思いにも思ってなかった。それにこの歌は聞いていてユリアの気持ちその物を表しているような感じがした。
「どう?」
「良かった」
「私、元居た世界では歌手だったの。わざわざ蓮心の為に昨日作ったんだよ。まぁ本音はやる事がなくて暇だったからだけど」
感謝と同時に申し訳なくなった。
きっと、本をひたすら読む蓮心に対してユリアはただその場にいるだけだった。そこで、ユリアは過去の経験を頼りに歌を作ってくれたのだと。それにしてもユリアの歌はとても上手で聞いていて心がつい魅かれてしまった。
流石、元プロの実力だ。
「ありがとう」
感想は恥ずかしいのでお礼だけを伝える。
「どういたしまして。私達仲間だから。私は蓮心が思っている以上に蓮心の事しっかり見てる。だから蓮心はもっと私を見て。そしたら今よりもっと仲良くなれるしずっと一緒にいられる。そうでしょ?」
「そうかもしれない」
返事をすると、丁度任務開始までの時間が零秒になる。
視界ウインドウに『緊急任務:女神マリアを救え 開始』と出現した。
開始と言ってもどうしたらいいのか分からない。確かこの世界に来た時にマリアが迎えに来るとか何とか言っていた気がするが今は蓮心とユリアしかいない。
困っていると視界に新しいウインドウが出現する。
『救援要請:女神マリアを救出しに行きますか? YES/YES』
ん? バグか……俺にはYSEしかないようにしか見えないが……。そんな事普通あるわけないよな。つまり、迎えに来ると言ったのは私の元に来られる状況にしておくから後は自分で来いと言う意味だったのかとため息を吐きながら納得する。
一瞬、ユリアと話していく中でマリア実は計算高いのかもと思い見直していたが、やっぱりあの女神様は頭が弱いのかも知れない。しっかりと言ってくれないと分からない事だってある。
YESしかないのでYESを選択する。
何だろう。
マリア本人が絡むと毎回やる気のモチベーションが少し不安定になっている気がする。すると、光の柱みたいなのが周りに出来る。ユリアは何故か隣に来てこちらを見ている。
首を傾げると、
「気にしないで」
と、言われた。
普通に気になるのだがどうしたらいいのだろうと考えていると、光が眩しくなり視界が急に白くなる。そのまま目を閉じる。あー、どさくさに紛れてキスとしてくれないかな……。なんならどさくさに紛れて触ってもいいかな……。
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