無職になって、タバコ辞めたらアルコール依存症になっていた。

@nql58713

無職になって、タバコ辞めたらアルコール依存症になっていた。

ある事がきっかけで会社を辞めた。


次の行き先が決まっていた訳ではなく、しばらくはぶらぶらしようと決めていた。東京にいては家賃がかかると思いすぐさま地元に戻った。久しぶりにあった友達は何気なく俺を迎えてくれた。何もない町、本当に仕事すら見つからない町。でも、そこには友達とか、そう、昔からの繋がりが色あせる事なく残っていた。

田舎に戻ってからは、時間がなくてやれなかった事をやろうと思った。


がむしゃらにやろうと思っていたが、1ヶ月ほどだらだらした生活を送っていると、どうやら俺のやりたかったことはどうでもいい事に変わっていた。それでも、最初の頃は何かに没頭していた。そう、がむしゃらに1日の時間の大半をその何かに費やした。本当は何となくわかっていた。やりだしていくうちにはっきりと分かってきた。何ヶ月間かそれが続き、自分の没頭してきた「何か」が一円の値打ちもない何かだったと再確認したとき、ぞっとするほど無駄な時間を過ごしてきたのだとわかった。ぶつけようのない怒りと虚無感を殺したいがためにタバコの本数は増えた。増え続けるタバコの本数をもみ消したのは地元の友達だった。


この頃には、周りの友達のありがたみは消え失せ、田舎の努力しない若者達をどこか蔑んだ目で見ていた。俺の周りにはことごとくやる気のないクズしかいないのだ。潔く諦める癖のついた、大人になった友達にむかついた。いつだって俺の周りのダメな奴は無気力でいつもタバコを吸うって思って、タバコを辞めてみた。お前らと俺は違うって。タバコ辞めた日から何かにぶつけたいエネルギーが芽生えてきた。何にぶつけていいかわからないそのエネルギーが生まれてきて眠れなくなり、酒に矛先が向いた。次の日からビールを飲むのが楽しみで、毎日晩酌した。


晩酌するときだけ一時的に理想の自分を作れて、その自分になれるのだ。朝起きると変身は解け、元の自分に戻る。今はもう朝から仕事などない。一円の価値もない何かに没頭する事もとっくにやめた。昼頃、おもむろに起きる日々を送っていたのだが、ある日、不安と恐怖で布団からでれなくなった。その日は突然にやってきた。酒が原因でいつも相談する親友も既に失っていた。酒が飲みたいわけじゃない。それでも、手は部屋に転がっている焼酎ボトルにのびた。少し時間が経って、やっと気持ちが落ち着いたら無性に腹が減りだし、おもむろに冷蔵庫をあさりだした。冷えたチャーシューに勢いよくかぶりつき、缶ビールのプルトップをはじいた。


夕方、散歩がてら地元のスーパーに行った。半額の弁当と、つまみ、それからいつもの4リットルの焼酎ボトル。これがないと不安なのだ。スーパーに入ってすぐ、中高の同級生が買い物をしているのが目に留まった。地元の公務員の先輩と結婚したと人づてに聞いた。彼女は生鮮食品コーナーで魚を選んでいた。

俺は後ずさりしながらスーパーを出て、言いようのない感情を抑えきれず、溢れ出る涙を拭いながら家に帰った。髪や髭を放置し、醜い姿になってしまった現実の自分を受け入れるだけの許容も失っていて、部屋に閉じこもって鼻水たらしながら大泣きした。

半額の冷えた弁当をつまみに酒を飲む幸せな時間は大学時代と変わらない。あれが幸せだと感じる。あのときから、俺は何一つ変わっていないのだ。

彼女は、…周りは容赦なく変わる。時間が経てば変わる。価値観も変わる。当然だ。

こみ上げる感情を殺すように酒を飲んだ。もうこれでしか自分をコントロールできなかった。


その晩、夢をみた。

そこは小学校で、なぜか昼間の彼女も同じ小学校に通っていて。(実際は違う。)

課題が終わった子から外で遊んでいいと先生に言われ、1人だけ教室に取り残されている子供がいた。

俺じゃなかった。でも、その子はまたいつものノロマなあの子で、まだ子供の俺や彼女は彼を置き去りにして走り出した。あの子は課題の何かを描き続けていた。

あの子に遊ぶ時間などない。課題が終わらないのだから。いつだって、あの子は最後まで課題をやり続けていた。彼は黙々と課題に取り組んだ。外で遊ぶ友達に目もくれず、羨ましがらず、与えられた課題に黙々と夢中に取り組んでいた。

その光景を庭から眺めていた。俺の子供の頃の視点が切り替わった途端、現実に戻された。

言いようのない不安がまた俺を襲ってきた。酒に手を伸ばしたが空を切った。昼間、酒を買えなかったからだ。今まで感じた事のない不安が押し寄せてきた。布団を頭からかぶりながら、また、あの夢の続きを見たいとそう願った。そう考えているうちに眠りについていた。

仕方がなく断酒をする事になったあの日以来、俺は酒を辞める事ができた。

あんなに頑張ってもできなかった、たった1日の禁酒をいつの間にかできていた。

今現在、あの子がどうなっているかは知らない。少なくとも、あの日のあの子は、今の俺に近い何かだったのかもしれない。

あの子が一生懸命に取り組んだ課題の青い絵は、一円の価値もないだろう。みんなが遊んでいる中で一生懸命に描いたあの絵に価値などなかったのだ。あの子の過ごした時間と俺たちが遊んだ時間の価値は同じだったのだ。

夏休みに入る日、課題の絵は各自家にもってかえりなさいと先生に言われた。学校で処分するのは気が重いからかな?あの絵は、親にも、描いた本人にすら無価値と判断され、捨てられたと思う。

酒を辞め、精神的にも落ち着いてきた頃、また何かにぶつけたくてしょうがないエネルギーが体からわいてきた。久しぶりの血液が逆流する感覚をはっきりと自分でも感じた。

さあ、何をはじめようか?わくわくしてきた。面白くなってきた。

思い立った事をただそのまま行動したい気持ちに駆られて、全力で自転車をこぎ続けた。

1時間ほどこぎ続け、太ももの感覚がなくなったころ、海が見えてきた。真っ青な空と海。俺はこの日ほど明らかに異空間な地元の空を眺めた事はない。偶然にすぎないが、あのとき、あの子の描いた青色の何かは、少なくとも俺には無価値ではなくなっていた。

貯金もキャリアも目的も親友もみんな失ったけど、もう一回だけ、何かをスタートしてみたくなった。

わくわくする。面白くなってきた。俺は、今、猛烈に何かをしたい。

今、あのとき無価値だと、自分が勝手に決めつけていた、諦めてしまっていた「何か」が、スタートすべき何かだと気づいた。

スタートしよう。

さあ、スタートしよう!

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