プロローグ

七賢者の災厄 -1-



 少女は村外れの丘にいた。


 大きすぎる本を担ぐように抱え、小柄な少女は樹木の根に本を立てかける。ベルベットの本の表紙には金の糸で「ライランの賢者」と刺繍されていた。



 少女は天を仰ぐ。木の葉の隙間から見えるのは青空――ではなく追悼師ついとうしだ。白いローブを深々と被って枝に凭れている。数日前に村へふらりと現れた追悼師は、少女にとって憧れだった。



「ねえホーローの追悼師さん。この本を読んでくれない?」


 少女が呼びかけると、追悼師はゆっくりと頭をもたげる。本の表紙の色で察したらしい。追悼師は竪琴の音色に似たよく透る声で、


「……あぁ、賢者の」


「うん。このご本、難しくて読めないの。でも追悼師さんなら分かるでしょ?」



「ライラン史の大事件だから。私が教えなくても、貴女はきっと知ることになるわ」


「それでも今知りたいのよ。ねえ、聞かせて?」


 少女がせがむと、追悼師は苦笑を落として数秒、軽やかに木を降りて隆起した枝に腰掛けた。



「いい? これは二度と起きてはいけない――凄惨な冒険の記録。けれど、この賢者たちと共に……旅をしたいと思う私もいる。貴女はどう思うかしら?」


 好奇心に爛々と目を輝かせた少女は、追悼師の閑却かんきゃくを許さない瞳に、居住まいを正した。



 追悼師はフードを背に追いやり、ベルベットの表紙をそっと撫でる。白くしなやかな指は美しいのに寂しそうで、少女は不思議に思って追悼師の顔を見上げた。追悼師は嫣然えんぜんと笑みを返し、本を開いた。


 羊皮紙の文字を、細っそりとした指がなぞり、朱の唇が吟声ぎんせいを紡ぐ。



――――――――――――


それは災厄の咎



愚かなる甘言かんげんに惑わされた皇帝は



血煙の舞う中に己を見失った


――――――――――――

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