幽霊が出た…?

Aris_Sherlock

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幽霊が出た。

今、自分はとても混乱している。

朝起きて、リビングに入ってきたら幽霊である。モーニングゴーストなんて頼んだ覚えはない。

時計を見ると、朝の7時である。朝っぱらから幽霊さんもご出勤とは御大層な事であるがこちらも出勤しなければならないので、たまったものではない。俺が知ってるやつは夜に出てくるはずだから本当に幽霊か疑ったが、客観的に見て間違いなく幽霊だ。透けてるところとか、白い服を着てることとか、黒い長い髪をしていることとか。触ってみようとも思ったが、案の定触れられなかった。

よく見てみると気づいたのは、白い服は葬式のときに着る白装束ではなく、白いワンピースだ。それに、黒い長い髪も、どこかで見た事のある髪型だ。顔にはもやがかかっていて、なにか鮮明としない出で立ちでいる。

あと、なんかデカい。俺の身長は170cmぐらいだがそれよりも3分の4ぐらいのデカさだ。うちの部屋は天井が高いからいいが、他の場所なら頭が埋まってもおかしくない高さだ。巷で噂の八尺様だろうか。俺はもう成人はすぎている。

幽霊は箪笥(たんす)の前にずっと佇んでいる。箪笥の中には、大事な書類とか、家族の写真とかが入っているから、例え幽霊でも箪笥の前に居られるのは気分が良くない。


それにしても、なぜ幽霊はこんな時間に俺の目の前に現れたのか。昨日見えなかったものがなぜ今日見えるようになったのか。幽霊を観察しながら焼いたパンと淹れたコーヒーを口にしながら考える。

カレンダーを見る。8月16日。世間ではちょうどお盆だ。俺には他の日と変わらない出勤日だが…。お盆は「あっち」から「こっち」に来る期間だし、朝っぱらから俺の家にいてもおかしくないか。パンの最後の一口をコーヒーで流しながら納得しかける。

いやおかしい。それなら今までも幽霊と出会っていていいはずだ。あいにく、幽霊と出会った記憶は今まで1度もない(消されてなければの話だが)。去年も一昨年もそのまた前の年も、その日は仕事で忙殺されてたはずだ。俺が幽霊として化けてでてもおかしくないくらいには。

なんか、無性に腹が立ってきたな。なんで毎日忙しい俺が幽霊なんかに悩まされなきゃいけないんだ。


その時、電話が鳴った。

時計を見る。まだ出社時刻より、全然時間はある。会社からの遅刻でお怒りの電話ではなさそうだ。

では、なんだろうか。こういうときは定番の、電話から「助けて…助けて…」だろうか。ゴーストモーニングコールも頼んだ覚えはない。

着信画面を見る。表示されているのは妹の名前だ。幽霊の来客もあって忙しい朝に電話をかけてくるなんてとんだ迷惑野郎だ。一喝かましてやると意気込んで応答する。

「お兄ちゃん!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

いきなりの大声に驚いて携帯を落としてしまった。朝から耳が痛い。

「また実家に帰ってないの!?」

「こっちも仕事で忙しいんだよ。」

「去年もそうやって言って、1回も実家に帰ってこなかったでしょ。」

忙しいのは事実だ。俺みたいな若造に会社の大役を任されてるんじゃあ、わがまま言って休むわけにもいかない。

「私だって、お兄ちゃんが忙しいのは知ってる。でも、今日が何の日か分かってるよね。」

「お盆だろ?」

「本気で言ってる?」

「いたって本気だが。」

間違ってないはずだ。

はぁ…、と電話越しに声が聞こえる。なら、俺と妹との結婚記念日か何かだろうか。結婚した覚えもないが。

「そんなんじゃ、お母さんが化けて出るかもね。」

ブチッ、と通話が切れる。

母さんか…。

俺が小さい頃に急病で他界して、父親と妹と3人で、必死で毎日生きてきた。おかげで自炊は上手くなっている。まぁ、おふくろの味を知らないってことにもなる。食べたことはあるはずだが、思い出せない。

それから…顔もよく思い出せない。小さい頃に見てるはずだし、なんなら写真があるはずだから見てるはずだ。なのに、思い出せない。

幽霊の方を見やる。目的は奥の箪笥の方だが。

引き出しを開ける。思った通りの場所に写真があった。載っているのは、背の小さな俺と、包まれて腕に抱えられている妹、まだ若い父親と。

それに、白いワンピースを着て、黒い長い髪の母親だ。とても幸せそうな笑顔を浮かべてこちらを見ている。

思い出した。白いワンピースは母親のお気に入りの服だったはずだ。ことある事にこの服を来ていた記憶がある。

写真の裏を見る。端っこの方に汚い俺の字で、

「未来の俺へ。どうせへっぽこな俺は、大切な家族のことなんか忘れて、仕事で忙しく毎日を過ごしてしまうから、これ見た時ぐらいはちゃんと実家に帰れよ。間違っても、妹に言われて初めて気づくなんてことはないように。」

その横には、8月16日 命日 と書いてあった。

なんて察しのいい俺だ。エスパーだったのだろうか。

1歩下がる。目の前には幽霊がいる。顔にはもう、もやはかかってない。はっきりしている。大切な人の顔だ。

この幽霊の背の高さも、小さい頃の俺が母を見上げたスケール大と同じぐらいなのだろう。

時計を見る。もう家を出ないといけない時間だが、そんなことはどうでもいい。これから、欠勤の連絡を入れるつもりだ。

目の前の幽霊はおそらく、幽霊じゃなくて、俺の幻覚なのだろう。潜在意識が自分に忘れてはいけないことを忘れていると思い出させようとしていたのだと思う。だから、「大切なもの」が入った箪笥の前にいた。それに、そうじゃなきゃこんな時間に現れないだろう。

身支度を済ませ、リビングのドアを開ける。振り返った時にはリビングには俺1人だけだった。

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