第13話 この世界の日本の歴史2

1925年 アメリカ経済が吹っ飛び、アメリカ政府は日本政府に対してアメリカ領の太平洋地域とハワイ島の売却を提案、アメリカ国内の反発があったが、それを封じ込み、日本は太平洋地域とハワイ島を合法的に獲得した。


大正天皇が退位を宣言、皇太子裕仁親王の即位が決定した。(1926年に大正天皇は上皇陛下になる。亡くなる1年前に退位を宣言したので、上皇陛下は1936年まで生きる)


皇太子裕仁親王の弟、秩父宮雍仁親王がポーランド王国初代国王「ヤスヒト一世」として即位、ラジオ演説でポーランド語を話し、(この時のポーランド国民は驚いたと言う)国民に寄り添う国王をヤスヒト一世は目指した。


1926年 大正天皇が退位、皇太子裕仁親王が昭和天皇として即位した。(国王として即位した秩父宮雍仁親王より1年遅く即位した)


中国の崩壊によりアメリカ合衆国が軍事介入を開始、それにイギリス、ドイツ、日本が追従し、1927年に、日本は満洲地方に「満洲共和国」を建国した。満洲共和国初代首相に張作霖が就任、張作霖の息子「張学良」は満洲共和国国防軍元帥に父から任命された。


1927年 満洲共和国が建国されて、多くの朝鮮人が移住していった。(民族大移動並に移動して朝鮮半島にいた朝鮮民族はほとんど居なくなった)


満洲共和国の国力と諸々の説明(1931年当時)


首都 奉天

国家元首 張作霖大統領

首相 張作霖

政体 権威民主主義(事実上の独裁体制)

経済状態 好景気

国民感情 満洲民族、ロシア民族、朝鮮民族と漢民族の熾烈な戦い

民族 満洲民族 朝鮮民族(民族大移動並に移動してほとんどの朝鮮民族は満洲に移住した)ロシア民族(極東に移住したロシア人と亡命ロシア人からなる)漢民族(前の説明で話したとおり上に満洲とロシア、中に朝鮮、そして下に漢民族と満洲共和国では圧倒的に社会的地位は断然低い)(日本ではむしろ中国からの移民は禁止)

言語 満洲語(満洲共和国国内)英語(世界共通語)ロシア語やウクライナ語、中国語など

宗教 仏教、ロシア正教会、神道

人口 6000万人

人口の内訳 満洲人3000万人 朝鮮人2000万人 中国人900万人(現在進行形で増加中)ロシア人とウクライナ人などのスラブ系民族で100万人

常備軍 30万人

限界動員数 200万人


ポーランド第ニ王国の国力と諸々の説明(1931年当時)


首都 ワルシャワ

国家元首 ヤスヒト一世(秩父宮雍仁親王)

ポーランドでの名前「ヤスヒト一世・チチノブミヤ」

首相 ユゼフ・クレメンス・ピウスツキ

副首相 ヴワディスワフ・エウゲニウシュ・シコルスキ

(ユゼフとヴワディスワフは思想が違う為に対立関係だがヤスヒト一世が「仲良くしろ」と強引な方法で和解させられた。現在の関係は微妙で、仲良くしろて言われて仲良くしてるがあんまり進展はない。だが対立から微妙な関係になってるだけ史実よりはマシな方である)

政体 権威民主主義(立憲君主制)

経済状態 好景気

国民感情 国王陛下万歳(/・ω・)/

民族 ポーランド民族、少数民族(ドイツ、ロシアなど)

言語 ポーランド語(国内)英語(世界共通語)

宗教 カトリック、神道(ヤスヒト一世の影響で)

人口 3000万人(好景気の影響で人口爆発)

常備軍 25万人

限界動員数 100万人

(史実では生まれなかったヤスヒト一世の息子が1930年に誕生、名前は「テルヒト・チチノブミヤ」日本名では「秩父宮照仁」と呼ばれた)(次男も1934年に生まれて名前は「テルヒコ・チチノブミヤ」「秩父宮輝彦」と呼ばれた)

(ヤスヒト一世の病気は早期発見で早期治療したため、史実より50年長く生きた)


1928年 階差機関と解析機関の完成でぶっ飛んだ科学技術、工業力を手に入れ、日本の経済はどんどん好景気を飛び越えて加速的な好景気になった。


1929年 大改革を主張した日本新生民主党の党首「尾崎行雄」が当選、首相になり1930年に大改革をするとした。


1930年 「昭和の大改革」を行い、政治、農林水産、軍事、教育などの改革を行った。(昭和の大改革の内容は後々に出すので見てね!)


         

          尾崎行雄内閣


内閣総理大臣 尾崎行雄(71歳)

財務大臣・副総理 高橋是清(続投)(75歳)

外務大臣 松岡洋右(49歳)

環境大臣 松田治五郎(まつだじごろう)(オリジナル)(39歳)

総務大臣 小泉又次郎(64歳)

国土交通大臣 加江田仙次郎(かえだせんじろう)(オリジナル)(44歳)

文部科学大臣 眞田平郷(さなだへんごう)(オリジナル)(46歳)

経済産業大臣 青木一男 (40歳)

農林水産大臣 平沼騏一郎 (62歳)

厚生労働大臣 木戸幸一 (40歳)

法務大臣 荒木貞夫 (52歳)

国防大臣 小磯國昭 (49歳)

国家公安大臣 初鳥忍二郎(はっとりにんじろう)(オリジナル)(34歳)


  荒木貞夫と小磯國昭は予備役となり政界に進出

 原因 世界情勢が複雑怪奇になってどんどん悪化していたため二人は「政界に進出して日本を守ろう!」と決意、大正の大改革で予備役になり、新しい政党だった日本新生民主党に入党、持ち前の知識と軍人だった頃の経験も活かし、日本新生民主党でメキメキと出世、大臣となった。

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