舞踏会へ

王生らてぃ

本文

 仮面は下着だ。肌にぴったりとくっつくものだから、だからデザインはもちろんだけど、つけ心地にも拘りたい。



「仮面舞踏会に?」



 木と松脂の匂いが立ち込める工房の中で、シズはぼんやりと言った。



「そう。忍びこむの」

「どうして?」

「会いたい人がいるのよ」



 それは、わたしが小さい頃になんども遊んでいた公爵家の長男、ピエールだ。

 わたしは単なる農民の娘、相手は未来の公爵。とても釣り合わないけれど、わたしは彼のことが好きだった。

 ピエールはいつも屋敷を抜け出して町へと遊びに来ていて、わたしたちのリーダー的な存在だった。わたしは、みんなの先頭に立って、町中でサッカーをしたり、馬を駆ったりする彼を見た。はじめはガキ大将みたいでうまく好きになれなかったけど、そのうちにだんだん彼のことが気になっていった。

 一緒に馬に乗せてもらったこともあったし、将来は僕の奥さんにしてあげる、と、冗談まじりに言ったこともある。

 だけど、わたしたちは互いに成長して、もう子どもではなくなってしまった。

 ピエールは公爵家の公務で忙しくしているし、わたしは平民の娘だから、とても会うことなんてかなわない。

 そんなとき、仮面舞踏会が開かれるという噂が舞い込んできた。



「舞踏会って、偉い人のパーティーなんじゃないの? 大丈夫なの?」



 シズは木を削りながらわたしに尋ねた。



「大丈夫。仮面をつけて、武器を持ってなければ、誰でも参加できるの」

「じゃあ、公爵にも気付いてもらえないんじゃない?」

「小さい頃の、わたしたちの合言葉があるの。運よく近づいたら、それでお互いに気付くわ」

「ふぅ〜ん」

「だから、あなたにはわたしの仮面を作って欲しいの」

「仮面なんて作ったことないよ」



 シズは楽器職人だ。

 遠い東の果ての島国から、商人の船に乗ってやってきた大工の娘で、こっちで手先の器用さを見込まれて職人の修行をしている。木を削って加工するのは、かなり得意だろうと思って声をかけた。



「お願い! お金ははずむから、ね?」

「はいはい、分かったよ」

「やったあ」

「その、舞踏会はいつなの?」

「二週間後」

「え、二週間……そうかあ、うーん。わかった、何とかするよ」

「ありがとう、シズ! さすがわたしの大親友ね!」

「シンディの頼みじゃ断れないよ。でも、親方には内緒ね」








 その日からシズの仮面作りが始まった。

 まずはわたしの顔の、目の位置や鼻の高さ、形を細かく採寸して、それに合わせて木を削っていく。たったの三日で、大まかな形はもう出来上がっていた。



「ピエールさんだっけ。彼のどこが好きなの?」



 ある日、シズはわたしに聞いた。



「どこって……」

「ここ最近、ずーっとその話ばっかりなんだもん。気になっちゃうよ」

「好きなものは好き。理由なんてないよ」

「そういうもの?」

「うん。それに、向こうはわたしのこと、好きじゃないかもしれないし……」

「そうかもね。小さい頃のことなんでしょ?」

「うん……」

「公爵様は、政略結婚とかもするだろうし」

「うん」

「それに、仕事も忙しそうだし……」

「わかってるよ!」



 お互いに小さい頃のことだし、相手は公爵家。わたしのことなんか、たくさんの遊び相手のひとり、くらいにしか、思われていないかもしれない。

 でも、また会いたい。

 わたしの気持ちに答えてくれなくてもいいから、もう一度会いたい。



 急に大声を出してしまったので、シズはびっくりして、悲しそうな顔をしていた。



「ご、ごめん……」

「ううん。こっちこそ」



 シズは作りかけの木の仮面を手につぶやいた。



「ねえ。色とか、デザインとかって、どうする?」

「おまかせ」

「おまかせって……」

「わたしに似合うものなら何でもいいわ」









 そして舞踏会の前日……



「はい、これでどう?」



 シズはわたしのための仮面を差し出した。

 白く塗られた仮面。周囲には、わたしの家の近くでとれる花やハーブが飾り付けられていた。それらは肌に当たらないようにうまく付けられていて、つけ心地も悪くない。何より、わたしの顔にぴったりだ。



「ありがとう!」

「ううん。きっとよく似合うと思う」

「そうだ、お礼しないと……」

「いいよ、お礼なんて」

「え?」

「わたしは、シンディのためにやったんだから。わたしもあなたが好きだから、それを作ったの。だから、お礼はいらない」

「でも……」

「いいから、いいから。それつけて、公爵様に会ってきなよ」

「これを……」



 覚えている。

 この花は、わたしの家の近くにたくさん生えている。ピエールと何度もその花を見て、花占いをしたり、押し花を作ったりして遊んだ。

 きっとこれを見たら、ピエールはすぐにわたしだと気付いてくれるだろう。



「ありがとう……!」



 シズはにこにこ笑っていた。

 そして、黒い布のようなものをわたしに手渡した。それは仮面と全く同じ形に切り取ってあって、すこし湿っているような手触りがした。



「じゃあ、顔と画面の間にこれをつけてね。息苦しくならないように」

「ね、今つけていい?」

「ううん、帰ってから」

「どうして? 早くつけてみたい」

「だめ。とにかく」



 けっこう強めの口調で言われたので少し驚いてしまった。

 シズはわたしのことをじっと見つめている。わたしは、なんだか気圧されそうになりながらも、シズにお礼を言った。



「ありがとう、シズ。大好きよ」

「わたしも。……いってらっしゃい」








 家に帰ってから、わたしは精いっぱいのおめかしをして、最後の最後に仮面をつけた。



「ん?」



 シズに言われた通りに、黒い布を、顔と仮面の間に噛ませる。ひやっとして、アロエみたいにぬるぬるしている。だけど、顔がすごく軽くて、まるで仮面をつけていないみたいだ。

 わたしは仮面をローブで隠して、舞踏会の開かれる会場へと向かった。

 ピエールに会える。

 そしたらこっそり仮面を取って、彼に思い切って言ってみよう。わたしは今もあなたが好きだって。

 彼、いったいどんな顔をするかな。

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舞踏会へ 王生らてぃ @lathi_ikurumi

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