スクラップ・スクワッド

squad

『オーダー。S3LH、左舷よりハイウェイを抜け、対象を追跡せよ』

了解アイ・コピー。対象を追跡します!」


 フルフェイス・ヘルムに響く司令の声をノイズひとつ聞き漏らさず脳内で反芻し、電磁浮遊バイクユニットを加速させる。周囲を囲む同型のユニットが統率された同じ行動を取るのを電子視界で感じ、僕はオートメーション走行に切り替えることで対象の追跡に集中する。

 数百メートル先、暴走する輸送用トラックの上で腕組みをするのは、討伐対象イレギュラーである〈アシッド〉だ。ビビットカラーのコートに身を包み、逆立てた髪は自らの体質によってマゼンタに染まっている。灰色のビル群を駆けるネオンライトめいた残影をしっかりと網膜へ焼き付け、僕はバイクユニットに内蔵された機銃を展開した。


 “イレギュラー”は、秩序の破壊者だ。突如社会に現れた強大な力を持つ者たちは、古代から群れる生物だった人間に対して己の個を強固に主張する新人類だった。奴らはその能力で暴れ回り、秩序やルールをハックする。中には他人を害するような連中もいて、そのような存在への対処に市民は苦慮していた。

 そのために結成されたのが、僕が所属する公権力直属の治安維持部隊〈PHALANX〉だ。B級市民以上の精鋭が選ばれる兵士の軍であり、イレギュラーや不法市民などの犯罪者を“群”の力で制圧する。軍隊アリが集団で大型の獣を喰い殺すように、人海戦術と物量で強者を狩るのだ。

 僕は選抜され、組織の手足となって動ける喜びを常々感じていた。秩序を守る集団の一員であるという自負と正義を胸に、隊員の共通装備である流線形のフルフェイス・ヘルムを身に付けている。額に輝く金属意匠を証として、組織という巨大な生命体の細胞の一部になっているのだ。


 舗装されているはずのアスファルトが不自然に腐食し、隆起している。激しく燃えて停車している一般車両を躱しながら、僕の所属する一団は暴走トラックを物理視界でも捉えることに成功する!

 前衛の部隊がスピードを上げ、包囲の準備を始める。機銃を用いて、トラックを足止めするのだ。僕は中段でその様子を確認し、同時にイレギュラーの方を伺った。その瞬間である!

 爆発音が響き、前衛部隊の信号が消滅した。奴が仕込んでいたトラップが発動したようだ。


『S7EC、限界です……!! 離脱不可能! 離脱不可……うわァァァ!?』

『S1GJ、サイドから対象を狙撃……不可能!! 腕が、腕が融けていきますッッッ!!』


 巻き上がる酸性の水柱に囚われ、もがいている前衛の姿を追い越し、僕は精神を集中する。想像の範囲内だ。数人が犠牲になろうとも、最終的にイレギュラーを刺し違えてでも討伐すればいい。組織からは、そう教わってきたのだ。

 左隣を走行していた仲間の肌が焼け、バイクから振り落とされるようにアスファルトを跳ねながら転がる。関係ない。前を走る仲間の胸に酸性の液体がレーザー光じみて炸裂し、内臓を貫く。関係ない。切断された誰かの腕が物理視界を遮る。関係ない!!

 前を塞いでいた一団が崩れ落ち、僕が最前線に躍り出る。既にバイクは速度が十全に乗り、機銃は変わらぬ精度で暴走トラックの機関部を撃ち続けている。僕はその様子を確認して運転モードを切り替え、アクセルを握る。腐食によって生まれた歪なスロープが車体を無理やり浮かせ、僕は数メートル上空から対象を狙う!


「PHALANXの名の下に殲滅権を行使する! 秩序を乱すイレギュラーに裁きを!」


 プロトコルに従い、声の限り叫ぶ。地の利を生かし、空中から急襲するのだ。僕は眼下目掛け、機銃の銃口を向けた。そのまま対象を直視する。いや、


「……塵芥ちりあくたが、群れるか。群れるは、弱者か」


 フルフェイス・ヘルム越しの視界でも捉えられる明確な覇気は、周辺の空気を一変させるほどだ。荷台の上で仁王立ちするアシッドと視線が交錯し、僕は全身が硬直していくのを感じる。これは、恐怖だ。

 口元を歪め、アシッドは不敵に笑う。無数の弾丸が飛び交う中、標的はそれが日常かのように平然と僕を睨み付ける。


「惰弱だな、お前も」

「………ッ!?」

「俺を止めてみせる強者はいない、か……」


 瞬間、標的の足場が揺れる。アシッドが周囲に酸を撒き散らして舗装道路に大穴を開け、トラックの暴走が止まったのだ。着地目標を見誤った僕のバイクはそのまま落下し、ハイウェイ下の海へ向かって投げ出される。必死に車体を掴むが、落下は止まらない!

 位置的な優位は逆転した。僕を見下ろすアシッドは手からマシンガンめいて分泌液の雫を連射し、哄笑する。それによって僕の電子視界はブラックアウトし、隊員の証であるフルフェイス・ヘルムは徐々に腐食していく!


「や、やめろ……! これにだけは、触るな……!!」


 これは僕の所属を現す象徴だ。僕が選ばれたことを示す、存在証明だ。その連帯を壊されるくらいなら、死んだ方がずっとマシなのに。

 僕を嘲笑うかのように、PHALANXのエンブレム付きの金属意匠が崩れていく。ヘルムの融けた金属片が顔を焼きそうになり、僕は苦痛に顔を歪める。数秒の出来事だった。

 重力に従うように、落ちていく。自分の身体が落下する感覚を味わうのは初めてだった。身が竦み、全身の筋肉が強張るのを感じる。

 肌に残る冷たい感覚を感じた頃には、僕の身体は水中へ深く沈んでいた。

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