第16話 妖精の女王
アオイ達が予想より大分早く帰ってきたので、一先ず皆で夕食を食べることにした。
皆、リビングに集まり椅子に腰をかけている。
「アオイや、ワシ達は昼食に肉まんとあんまんを食べたでの。夜は米が食べたいのう。」
ワシはアオイにそう要求した。
本来、今晩食べる予定だったのはピザまんとカレーまんじゃった。
まあ別にそれでもよかったのじゃが、折角アオイが帰ってきたことじゃし、今食べたいものを要求しても構わんじゃろ。
ピザまんカレーまんは時間停止の異空間収納に入れてあるから後で食べられるし、無駄にならんからの。
「わかりましたぁ。お任せくださいぃ。
ワシの指示を聞き、アオイが出したのはこれまた見たことのない料理じゃった。
これは・・・たっぷりの具材にトロトロの餡を絡ませ、ご飯の上にかけたものかのう。
「これはぁ中華丼って言いますぅ。熱々なのでぇ、火傷しないように気をつけて食べてくださいねぇ。」
注意事項を述べた後、アオイは早速両手を合わせた。
「ではぁ、いただきますぅ!」
『いただきます!』
アオイの挨拶に続き、キサラムキロイも同時に挨拶をする。
ミドリコはその挨拶が終わった後、我先にと中華丼に食い付いた。
「ピィーー!」
途端に声を上げるミドリコ。
「こらぁ、だから熱いって言ったじゃないぃ。よくフーフーしてから食べなさいぃ。」
アオイの忠告を軽く見ていたミドリコは手痛い目にあったようじゃ。
しかし・・・なるほどの。
少し冷ましながら食べるとよいのか。
なのでワシはアオイの言ったことを守ってスプーンですくった分に息を吹き掛け、それか口に運ぼうとした。
すると・・・
「主様ぁ、私がフーフーしてあげますかぁ。あぁ、後ぉ、私の中華丼をフーフーしてもらえますぅ?」
アオイはうっとりした顔でワシにそう提案してきた。
全く毎度毎度こやつは・・・
「そんな気遣いはせんでいい!それからワシにそんなことをさせるな!」
ワシはアオイを叱りつける。
こやつは未だに自分の立場を勘違いしておるようじゃな。
フーフーするならともかく、主であるワシにフーフーさせるな!
「ううぅ・・・ごめんなさいぃ。」
ワシの剣幕に慌てて謝罪を述べるアオイ。
フゥ・・・
わかればよいのじゃ。
・・・
じゃがしかし、ちょっと言い過ぎてしまったかの。
「まあ、そなたがワシの中華丼を冷ますことに関してはやぶさかではない。ほれ、アオイや。これを冷ましてくれんか。」
ワシは先程すくったスプーンをアオイの前にやった。
「はいぃ!喜んでぇ!」
嬉しそうにワシのスプーンに乗った中華丼に息を吹き掛けるアオイ。
ふむ、これはこれで助かるのう。
ワシは食べる速度が遅いから5口目位には冷まさなくてもよいくらいになっておるじゃろうが、それまではアオイにこれをやってもらおう。
「主様ぁ、もういいと思いますよぉ。」
アオイのフーフーが済んだようじゃ。
ではどれ、食べようかの。
パクッ
モグモグ・・・
おお!
これは凄いぞ!
トロ~リ餡に包まれたご飯とこの世界には無い野菜。
そしてこれは海の生き物の味かの。
全てがこの餡で一体となり、それぞれの味の主張しすぎを良い意味で抑えておる。
野菜のこの歯応え、デビルシュリンプに似たこの海の生き物のプリプリ食感。
旨い・・・
旨すぎるぞ!
ワシは二口目もアオイに冷ましてもらい、早速口に運ぶ。
これは止まらんな。
冷ます時間が勿体無いくらい、早く次のものを口に入れたいの。
「主様ぁどうですかぁ。美味しいですかぁ?」
アオイはワシの顔を見てそう尋ねてくる。
当然じゃろう。
ワシのこの顔を見てわからんもんかの。
しかしアオイが聞きたかったのはそう言うことではなかった。
「私のぉ息の吹きかかったご飯は美味しいですかぁ?」
「ブフゥ!」
ワシは口に入っていた中華丼を少しだけ、アオイの顔めがけて吹き出してしまった。
何を言っておるんじゃこやつは。
見てみい。
キサラムもキロイもミドリコも凄い目でこっちを見ておるぞ。
「あららぁ。主様ぁ、ごちそうさまですぅ🖤」
アオイはワシが吹き出して顔に付けてしまった複数のご飯粒や野菜を、次々に指で取って口に運んだ。
ぞわわっ・・・
何じゃこの不快感は!
キサラム達もドン引きしておるぞ。
・・・
フゥ・・・
どこまでもどこまでもこやつは・・・
一先ずワシは、いや、ワシ達は残りの中華丼に集中し、よく味わって食べることにした。
こんな旨いものを食べているのにアオイの奇行にばかり構っておれんからな。
・・・
因みにいつの間にか中華丼を食べ終えていたアオイはワシらが食べ終えるまでの間、顔に付いたご飯粒ひとつひとつを恍惚とした顔でじっくり味わって食べておった・・・
・・・
実に気分が悪いのう・・・
・・・
「どれ、じゃあ説明してもらおうかの。先ずは一番気になるのは置いておいて、アオイや、ようやくヒーラーになれたか。頑張ったのう。偉いぞ。」
食事を終えた後、ワシは一番気になることは後回しにし、取り敢えず先にアオイを褒めてやることにした。
実際、ワシの予定より早くヒーラーになれたのじゃ。
余程努力したのじゃろう。
「えへへぇ。主様に誉められましたぁ。凄く凄く嬉しいですぅ🖤」
とろけるような顔をして嬉しさを噛み締めるアオイ。
うむうむ。
これからもそうやって精進してもらいたいものじゃ。
「しかし喜んでばかりはおれんぞ。そなたには更に上位の職を目指してもらいたいからの。明日からもまた散歩に励むのじゃぞ。」
「はいぃ!勿論ですぅ!主様に見合う妻になれるよう頑張りますぅ!」
俄然やる気が出たアオイはいい返事をする。
じゃが・・・
「妻にはならんでいい!」
全く油断も隙もないわい。
しれっと言うもんじゃから最初気づかんかったわ。
頑張るのは構わんが、高位職を目指すためだけにせい!
・・・まあそれはともかく。
いよいよ本題に入るとするかの。
「では・・・キサラムや。今の状況を説明せい。」
ワシは異空間収納から扇子を一本取り出し広げてから、見た目が明らかに変わってしまったキサラムにそう説明を求める。
今のキサラムは、とても神秘的な姿になっておるからの。
「はい・・・この姿に変わったのはダンジョンの3層目でした。そこで思いもよらない強敵が現れ、私はその魔物に心臓を貫かれてしまったのです。」
当時を思い出してか、少し苦しそうに胸に手を当てながら言うキサラム。
なんと・・・
あのダンジョンにこのメンバーを追い込む魔物などおったかの?
あそこの魔物程度なら、キサラムが致命傷を負う前にミドリコが何とか出来そうじゃがのう。
ワシの疑問を察したのか、キサラムは話を続ける。
「どうやらその魔物はあのダンジョンの魔物ではなかったらしく、アオイさんに確認してもらったステータスではミドリコさんより少し高いレベルだったのです。従って苦戦は必死。アオイさんが攻撃に回ればもしかすると楽に勝てたんでしょうが・・・混戦のあの状態では私達にも攻撃が当たってしまう恐れがあった為、アオイさんには回復担当のみに徹してもらったのです。私は何度も傷付き、その度に治療をしてもらい、そして8回ほど治してもらったところでアオイさんはヒーラーになったのです。」
アオイがヒーラーになった経緯まで話してくれたキサラム。
そして改めて照れ笑いするアオイ。
なるほどの・・・
キサラムがこの姿になった取っ掛かりは、そのレベルの高い魔物に急所を傷つけられたことによるものじゃというわけか。
「話は戻りますが、急所を傷つけられた私は薄れいく意識の中、崩れ落ちながらアオイさんが駆け寄ってくる姿を見ました。恐らくこの傷はアオイさんでも治せるかどうか。転移の指輪で魔女様の元に帰り、治療してもらえたとしても間に合わなかったかもしれないでしょう。半ば諦め、そのまま地面に体が叩きつけられる直前、魔女様にかけて頂いていた魔法が発動されたのです。」
キサラムは立ち上がり、ワシにキラキラした視線を送ってくる。
ああ・・・
あれじゃな。
光魔法『リザサライブ』。
この魔法をかけられたものは一度だけ死の淵から戻ってくることが出来るのじゃ。
そうか・・・
ということはつまり・・・
かなり痛い思いをしたのじゃな。
可哀想なことになったのじゃのう。
「そしてそれと同時に、死を回避した私の頭の中には様々な情報が入ってきました。それは・・・前世の記憶だったのです。私は、私の前世は、妖精の女王でした。」
キサラムは前世を思い返してか、少し恥ずかしそうにそう告白した。
まあそれは魂鑑定で見てわかっておったよ。
種族が『フェアリークイーン』になっておったからの。
しかし前世の記憶か。
そしてどうやらその頃の力も戻っているようじゃな。
先程こっそりステータスを確認したところレベルも1200を越えておるし、使える魔法もスキルも大幅に増えておる。
「赤みがかった肌が真っ白になったりぃ、茶色い髪が金色になったりぃ、この姿になった後のぉキサラムさんの活躍は凄かったんですよぉ。ミドリコの苦戦していた相手、確か『トリックスター』っていうのを圧倒してぇ、私とミドリコを浮かせてぇ、そのままダンジョンの最深部まで一気に行ってぇ、あっという間にボスを倒しちゃったんですよぉ。」
アオイは身ぶり手振りでキサラムの活躍を説明する。
ほう、それは凄いの。
力が戻ったばかりで、もう直ぐに使いこなすことが出来るとは。
「しかしすみません。あの魔物『トリックスター』は逃がしてしまいました。もしかするとまた別のダンジョンに潜んで他の冒険者達を餌食にするかもしれません。やはりあれはあの場で葬っておくべきでした。」
キサラムは悔しそうな顔をし、取り逃がした魔物が今後起こすであろう惨劇に心を痛めていた。
「よいよい。そなたがそこまで考えることではないからの。そのトリックスターという魔物は別名『ダンジョン荒らし』と呼ばれていてな。自分よりレベルの低いダンジョンに潜んではレベルの低い冒険者を獲物にしてる魔物なのじゃ。奴と出会うことは不運ではあるが、あくまでそれも試練の一つ。じゃから命があっただけ良しとするのが暗黙の了解となっておるのじゃ。」
そう、トリックスターは2000年前位から存在し、その頃からダンジョンに潜んでおった。
奴の生存本能なのじゃろう。
決して自分よりレベルの高い相手には戦いを挑まず、勝てる相手しか獲物に選ばず生きてきたのじゃ。
じゃから2000年生きているのにも関わらず、レベルはミドリコ並みしかない。
「そう・・・ですか。それを聞いて少し悩みが軽くなりました。」
安堵の表情を浮かべるキサラム。
もしかしたら自分のせいで被害者が出てしまうのではないかと考えてしまっていたらしい。
真面目なのは良いが、過ぎるのは良くないのう。
「まあ話はわかった。アオイはヒーラーになり、キサラムは新たなる力、いや、力を取り戻して帰ってきたという訳じゃな。実に結構!」
ワシはパチンっと扇子を閉じてご機嫌にそう言った。
そしてずっと気になっていることを口にする。
「時にキロイや。何故そなたはずっとキサラムに張り付いておる?」
食事が終わって以降、ずっとキサラムの腕に引っ付いているキロイに疑問を投げ付けた。
「だって・・・お姉ちゃんスッゴク綺麗になって帰ってくるんだもん。前のお姉ちゃんの姿も勿論綺麗だったけど、この姿のお姉ちゃんは誰かに取られちゃいそうで・・・不安になっちゃったから。くっついていないとどっかいっちゃいそうで・・・」
言っていた通り、凄く不安そうな顔を見せるキロイ。
ふむ、どうやら魂魄連動魔装兵器としての、そして妹としての感が働いておるようじゃな。
「キサラムや。そなたはこれからどうする?前世の記憶も戻ったことじゃし、妖精の国に戻るか?」
ワシはわかりきった答えが返ってくる質問をキサラムにした。
しかしキロイは不安気に姉の顔を見ている。
もしかしたら自分を置いて妖精の国に帰ってしまうかもしれないと思っておるからじゃろう。
「私は勿論、魔女様の森の守衛を続けるつもりです。キロイと一緒にあの家で暮らしていきます。」
予想通りの答えを返してくれるキサラム。
うむうむ♪
良い心掛けじゃな。
それに、姉の意思をはっきり聞いたキロイもすっかり安堵した表情になっておるぞ。
「よろしい。ではこれからも引き続き守衛に勤めるが良い。まあ、それでじゃ・・・どうじゃ、キサラム。キロイはワシのことをお母さんと呼ぶでの。そなたもワシのことを母と呼んでくれて構わんぞ。」
妹がワシのことを母親じゃと思っておるんなら、その姉のキサラムがいつまでも魔女様呼びではおかしいからの。
少し恥ずかしいが、まあキサラムになら母と呼ばれても良いと思っておる。
「え?」
驚いた声をあげるキサラム。
まあそうじゃな。
突然そんなことを言われても困るというものか。
「いや、すまんすまん。忘れてくれ。ただ言ってみただけじゃし・・・」
「よいのですか?」
「ん?」
「貴女様を・・・母とお呼びして宜しいのですか?」
キサラムは信じられないと言った面持ちでワシを見ている。
おっ、意外と乗り気なのか?
「よいよい。ほれ、好きな呼び方でワシのことを呼んでみぃ。」
ワシはキサラムにそう催促した。
別に意地悪とかではないぞ。
ただワシが呼んでほしいのじゃ。
「おかあ・・・様。」
照れ臭そうにそう言うキサラム。
ウム!
何かいい感じじゃ!
「うむうむ、これからはそう呼ぶが良い。どうじゃ?アオイもワシのことを母と呼ぶか?一向に構わんぞ?」
ワシは次いでアオイに声をかけた。
このまま除け者ではへそを曲げるやもしれんし、それに母と呼ばれた方が今後何かと都合が良いからのう。
「いえぇ、遠慮しておきますぅ。」
笑顔で断ってくるアオイ。
おっと、これは予想外じゃの。
てっきり『お母様ぁ~』とかいって抱き付いてくるとばかり思っておったのじゃが。
「ん?何故じゃ」
「えぇ~、だってぇ私はぁ主様のぉ・・・」
『奥さんだからですぅ。』
アオイの台詞にキサラムとキロイの声が重なる。
どうやらもうこのアオイの決まり文句はこの二人にも浸透してしまったらしいの。
キサラムとキロイはそう言った後、アオイを見ながらクスクスと笑っている。
「えへへぇ、そうですよぉ。だからぁ、主様は主様なのでぇお母さんじゃないんですぅ。ごめんなさいぃ。」
顔の前で両手を合わせ、必死に謝ってくるアオイ。
ん?
何かワシ、フラれたみたいになっておらんか?
・・・
・・・まあよいか。
永いこと一人じゃったしの。
急に賑やかになったものじゃからワシも浮かれておったのかもしれんな。
これから先、もしかしたら更に賑やかになるかもしれんしの。
今はこの雰囲気になれていくことに専念しようではないか。
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