魔女の贄は美味

猫屋 こね

怠惰を求める魔女

第1話 究極のスキル


 ここは魔族と人族が常に争っている世界。


 両者とも引くことはなく、力は拮抗していた。


 魔族が支配する空は暗い雲に覆われ、人族達が制している大地の空は晴れ渡っている。まるで魔族の方が悪だというかのように。


 しかしだからといって魔族が完全に悪者と言うわけではない。人族同様、良いやつもいれば悪いやつもいる。違いは殆ど無いのだ。違うとすればその見た目と魔力の強さ位だろう。話はちゃんと通じるのだ。従って和平する方法はいくらでもあるのだが・・・

 

 つまり人族達もただ領土を広げたいだけ。


 戦争を起こすという行為事態が善ではないのだ。


 そんな世界が千数百年続いている・・・


 この物語は、その動乱の中でただただ暢気に暮らす魔女の話。



 ・・・・・・



 晴天と暗雲の間にある広大な森林。太陽というのは平等なもので、朝ともなると差別なく世界を照らしていく。

「さて、今日は何をしようかねぇ。」

 ワシの名前はクロア。

 数千年の時を生きる魔女じゃ。

 そしてワシが棲みかとしているここは『均衡の森』と呼ばれる魔族と人族の生活圏の丁度中間に位置する場所。その最深部に建てた2階建ての木の家で、ワシはひっそりと暮らしている。

 この一帯には獰猛な魔物が生息しているため、殆どの人族や魔族は踏みいってこない。

 まあ、ワシはこの森の魔物達を手懐けておるため何てこともないのじゃがな。

 しかもじゃ。その中でも希少種とされているモフモフ族を従魔にし、家の中で飼っているのじゃ。あの柔らかさ、肌触り。あれを抱き枕代わりに眠るのじゃから最高の癒しを手に入れていると言えるじゃろう。

 そして誰も立ち入らないここでは果物や野草が取り放題。味はともかく、食べるものにも困らん。

 まさに悠々自適の生活。最高じゃ!

 しかしそんなワシにも微々たるものじゃが悩みがある。

 それは・・・

「お願いしますぅ!ここに置いてくださぁい!もう何日もおふろに入ってないんですぅ!入れてくださぁい!」

 朝からまあ玄関前で五月蝿い奴じゃ。仕方なく玄関の扉を開け、追い返そうとそいつに言葉をぶつける。

「騒々しいわ!何べん来ても同じじゃ!貴様を住まわせてやるつもりはない!帰れ!」

 ここ数日、毎日のようにこの小娘が来るのだ。全く持って鬱陶しい。

「じゃあせめてお風呂だけでも貸してくださいぃ。そしたらもう来ませんのでぇ。」

「今日はじゃなく二度と来るな!風呂も貸さん!」

 そう言ってワシは扉を閉めた。今から大事な大事な朝食の時間なのじゃ。早く準備をしなくては。だが、外の小娘は諦めるということを知らなかった。

「い~れ~て~く~だ~さ~いぃ。入れてくれないとぉ・・・ここでオシッコしますよぉ?」

「やめんか!汚らわしい!」

 急いで再び玄関まで行き扉を開け、小娘を叱りつける。見るともうしゃがんでいて、用を足す気満々だ。

 今までこの小娘がこんなことをしようとしたことはなかった。余程追い詰められているのじゃろう。

「お願いしますぅ・・・もう限界なんですぅ。」

 涙目でワシを見てくる小娘。ワシも女だから気持ちはわからないまでもない。しかしそれなら家に帰ればいいだけじゃ。


 ・・・?


 ワシは完全に見落としていた。この辺りには魔物が蔓延っているのだ。こんな小娘が立ち入って無事でいられるはずがない。しかもこの広大な森じゃ。迷わず出られるとも思えない。

「お主、どこから来たのじゃ?ただの迷子でもなさそうじゃが。」

 防御力が無さそうな、見たこともない服装。なのにその衣服は破れておらず、身体にも傷は無さそうじゃ。魔物に襲われた人間であれば、多少なりともダメージを負っているはず。特にこの森であればこのような小娘、魔物たちの絶好の標的じゃろう。

「実は私、この世界の者じゃないんですぅ。前の世界でガス爆発に巻き込まれてぇ・・・気が付いたら神様の前にいてぇ・・・その後何やかんやあってぇ・・・目が覚めたらこの世界のこの森にいたんですぅ。」

 泣きながら必死に訴えてくる小娘。ワシが信用してくれないと思っているのじゃろう。泣きながらも不安そうな顔をしている。

「ふむ・・・で、その神の名は?」

「・・・慈悲の女神オデッセア様ですぅ。」

「ああ・・・あやつか。」

 慈悲の女神オデッセア。この世界の三大神の一人じゃ。長く生きているだけに、ワシも何度かあったことがある。しかし嘘を言っている可能性もある。

「どんな奴じゃった?」

「とてもおっとりとした優しい方ですぅ。でもその反面で、その・・・服装が・・・大事なところを隠しきれていないような方でもありましたぁ。」

 身振り手振りで着衣の説明をする小娘。

「・・・お主、本当に会ったことがあるのじゃな。」

 あの格好は会った者にしかわからないじゃろう。

 しかし・・・

 ワシはため息をつき、考えた。以前にもこういう輩はこの世界に来たことがある。千数百年前、其奴は破壊の女神カーリアから与えられたスキルを使い、今のこの動乱の世界を作ったのだ。

 全く迷惑な話じゃ。

 つまり、この小娘も何らかのスキルをオデッセアから授かり、世界を変える力を持っていると考えていいじゃろう。

 野放しには出来ない。

 もしかするとオデッセアはワシにこの小娘のお目付け役をさせるつもりでこの森によこしたのかもしれないな。

 ワシはもう一度ため息をつく。

 そして・・・

「わかった。条件付きでお主を我が家に迎えよう。」

 やっと聞けたこの一言がとても嬉しかったのじゃろう。顔を輝かせる小娘。

「やった!ありがとうございますぅ!」

 ピョンピョン跳び跳ねる様子はまあ愛らしいが、こやつ聞いていなかったのか?

「待て待て。条件をまだ聞いておらぬじゃろう。ワシが出す条件は3つ・・・じゃが先ずはお主のスキルを見せてみよ。授かっておるのじゃろう?オデッセアから。」

 もちろん授かっているはずじゃ。あのオデッセアがこんな小娘をそのままこの森に放置するはずがない。

「わかりましたぁ。いきますよぉ。『食料フード』!」

 小娘がそう言うと、その手の中に見たこともない食べ物のようなものが現れた。ホクホクと湯気がたち、香ばしい匂いを辺りに漂わせている。

「これが私のスキルですぅ。私のいた世界の食べ物を自由に何でも何人前でも出現させることが出来るんですぅ。」

 何と・・・

 ワシは驚愕した。

 小娘は簡単に言うが、これはとんでもないスキルだ。これさえあれば食料の備蓄をする必要もないし、世界的な作物不作で飢饉が起こったとしても生き残れる。しかも異世界の美味を味わうことが出来るのだ。

「そのスキルは自分で決めたのか?」

「はいぃ。私、こう見えて結構大食いなものでぇ。空腹に耐えられないんですぅ。なので食べ物に不自由することがないようにこのスキルにしましたぁ。」

 ふむ。

 こんな華奢な女子おなごが大食とな。にわかには信じられんが・・・悪意があってこのスキルを選んだ訳ではなさそうじゃ。しかしこやつがその気でなくとも、このスキルを欲しがる輩はいくらでもいるじゃろう。

 じゃがまだ疑問点がある。

「そなたのスキルはわかった。しかしそんな攻撃性の無いスキルでよくぞこの森で生きてこれたな。まだ何かあるのか?」

 ワシは小娘を追求する。この森で、このスキルだけでは身を守ることなどできるわけがない。

「いやぁ、特にはぁ。あっ、でも何かステータスは少し良くするってオデッセア様はおっしゃってましたぁ。」

 思い出しながら言う小娘。

 フム・・・

 嘘を言っているわけでは無さそうじゃな。しかしステータスを良くするとな・・・実に興味深い。

「・・・よかろう。家の中には入れてやる。だがまだ住ませてやるというわけでは無いぞ。一先ずそなたのステータスを確認してからじゃ。」

 立ち話も何だったので、取り敢えず小娘を我が憩の棲みかに入れてやることにした。

 果たしてこやつのステータスはいかほどなのか。

 実に楽しみじゃ。

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