1-30:行商人リック

 ――そして時は経ち。

 私は今、馬車で揺れている。

 腰が痛くなりそうなくらいにがたがたとうるさい馬車は、戦いのあった方向とは違う方角、それも舗装がされていないくらいに遠方に来ていることをひしひしと感じさせた。

 同乗者はおらず、積み荷の上に腰掛けている状態だ。


 というのも、遠方だからだろう、人を運ぶ馬車すら通っていないようだったので、フィリア村を定期的に回っているという行商人に乗せてもらう形で移動をしている。


 行く道さえわかれば走っていったものだが、場所が分からないところに走って向かうことの無謀さは分かっていた。窓の外を見れば、それが正しかったことを証明するように木々が立ち並んでいた。


 魔物こそ出ないものの、動物の気配がちらほらと感じられた。猪や蛇なども出るのだろう。けれど、馬車に近寄ってくることはない。人間を恐れている、というより下手に干渉しなければ害は加えられないと分かっているような動きだ。


「ねぇ、魔物も動物も来ないのはどうして?」

「いやぁ、最初はちょっかいばかりかけられましたが、一度威圧の使える冒険者を雇いまして。それ以来、安全に行商をさせてもらってますよ」


 一度脅した、ということだろう。まぁそれが互いに良い状態なのだから悪いとは言えない。字面は悪いが。

 それで安全に移動している、ということは、定期的に行っている人なんだろう。


「それより、貴方はどうしてフィリア村を目指すのですか? あの村、言っては何ですが、何もめぼしいものはないですよ」

「えぇ……ちょっと、ここを目指せと言われたものですから。私も行くのは初めてなのですよ」

「そうなんですか。ま、村の方々は優しい方ばかりですから。居心地は悪くないと思います。よろしければ村長の所まで一緒に行きましょうか」

「いえ、長く滞在するつもりは……いや、お願いします」


 長く滞在するつもりこそなかったが、よく考えれば帰り道も良く分からない場所だ。この行商人と一緒に行った方が楽だろう。時間こそかかるだろうけど、闇雲に走り回るよりは確実だ。次にどこに迎えとか言われた時にでも、この人なら場所を知っていそうだ。


「分かりました。私のことはリックと呼んでください」

「えぇ、分かりました。私は……」


 言葉に詰まった。

 これまで、光っちだの、光のだのと、得意分野で呼び合っていた弊害だ。名前を持たない私は、どう呼んでとも言えなかった。

 安直に光、とでも呼んでもらうか。

 そう思っていた。


「……それでしたら、騎士さんと呼ばせていただきますね」


 リックさんがニッと笑った。


「分かりました。よろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそ」


 ガタガタと揺れる馬車。あまり乗り心地は良くないはずなのに、何故かこの時間が続けば良いのに、と感じていた。

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