1-27:武器を一つ

 馬車に乗ってからは早かった。敵という敵がおらず、弊害という弊害が存在しない。

 私も馬車で揺られるそのほとんどを寝転んで過ごしていた。

 まれに馬車は食料調達をするためだけに都市に停泊し、また出発を繰り返した。

 それを数えるのも面倒なほど繰り返しているうちに、やがて私たちの生まれ育った教会へと戻ってきた。

 馬車は私たちが最後だったようで、目の前には馬が外された箱の部分だけが人数分残されていた。他の方向へと行っていた皆は既に帰っていたようだ。

 唯一、念の人の姿が見えない。話を聞いてやろうと思っていたけれど、そうもいかないらしい。


「ただいま」

「おかえり、元気してた? ちょっと、情報あるんだけど、買ってかない?」

「……買い物の楽しさを覚えちゃったね」


 風の人が手を擦りながら近づいてくる。金欠ってことはそういうことだ。

 アハハ、ばれちゃったと頭を掻く彼女は、以前よりどこかしおらしい。


「そっちは、何かあった?」

「いや、旅自体は何もなかったけどね……面倒なことが起きてるから」


 どうやらまた何か、変なことを掴んだらしい。

 そして金がないと話さない、と。


「ほら、話して」

「うっひょ、まいど。ま、皆に話すつもりではあったんだけど」


 渡した金を返せと思ったが返すつもりはないようで、手を伸ばすと「シャー!」と威嚇してくる。

 私も買い物したかったんだけどな。


「王城に武装した兵士が集まってる。ここで私たちが待機してる。最悪の状況はそこまで、可能性の話じゃないと思うんだなーこれが」


 軽い口調で言っているがそれは。


「王国が、私たちを殺すの?」


 少し大きくなってしまった声に、皆が反応してしまった。

 時間の問題ではあったものの、その動揺を与えてしまったことに少し罪悪感を覚えた。

 しかし、確かにやりかねないとすら思う。

 思えば、出発前の念の人、確か声が冷徹じゃなく、まるで――何かに怯えるような。

 考えれば考えるほど、現実味を帯びてきた。


「ま、そういうこった。皆王城に召集されたら、隠して武器の一つ、持って行くことをおすすめする」


 当然、王様に会うなんてことになれば見え見えの武器は没収されるだろう。

 そう思いながら自室へ向かい、タンスを探す。


「これで良いか」


 取ったのは裁縫針。力づくで曲げようとしたけどびくともしなかった曲者だ。いや曲がってないから正直者?

 一度力を込めてみるも、やはり曲がらない。この強度なら聖剣くらい打てるだろう。とはいえ元の大きさが大きさだから、そこまで破壊力を出せそうにはない。

 光も通常通りに、いや剣よりも小さい分少ない魔力で纏わせることが出来た。その分制御が難しいけれど。


 どこに隠すか少し悩み、履いていた下着に対して蛇腹に刺すことで固定した。取り出しに難はあるもののばれない自信がある。


「勇者様方!」

「どうしたの」


 服を着なおして下へ降りてみると、兵士の人が何やら挙動不審のまま、私たちを呼んでいた。

 氷の人が近かったため、その兵士の元へと歩いていった。


「国王から、王城へと来るように、と」

「……そう、分かったわ。これからで良いのかしら?」

「えぇ、すぐにでもと」


 一瞬、顔がこわばった。

 いつかやるだろうという話だったのに、こんなすぐに来ることがあるのか。

 ――いや、そうなっているのだから、ないことなんてないのかもしれない。


「あぁ、それと。念の勇者様は既に王城で待たれているようです」

「――そう、ありがとう。もう行って良いわよ」

「はっ」


 氷の人はそう言って兵士を帰らさせた。

 念の人がそこにいる。それだけで国王が限りなく黒く見えている。最初から念の人は、王国に囚われているのではないか。そう思えて仕方がない。

 もし勇者に、私たちの家族に手を出したなら――死では許さない。


「さて、行きましょうか。最後の戦いへ」


 考えが漏れていたのだろうか。

 国王は馬鹿なことをした、という意味だろうか。その声は氷の人には珍しい、呆れるようなため息の後に発された。

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