1-5:もう一人前
「まぁ、それに文句があるわけじゃないんだけどね……」
念の人の部屋を後にしてから、私は家の外に出ていた。
とはいっても、家の外には隙間なく壁が立っている。
外から建物や人を守るためのものなのか、はたまた――私たちを、ここから逃がさないためか。
まぁ、そんなことを考え調べても、他と違って答えを外の人が知っているわけがなかった。
一応、逃げ出そうと思えば逃げ出せる高さではある。思いっきりジャンプをすれば超えられる、はずだった。
ある日、一人の家族が、喧嘩をした時に居心地が悪くなり、家の外へと逃げようとした。
けれど、見えない壁に阻まれて、跳ね返されてしまった。
それ以来、私たちは家の外に出ようとはしない。家の外に出る必要がなければ、わざわざリスクを犯す必要もない。
一人、この家を囲うように建つ高い壁の外を眺める。
眺める、とはいっても十五になった私たちよりも高く、壁の側だと人どころか家の屋根すら見えはしない。辛うじて高い煙突が二、三本、空に向かって息を吐くだけ。
と、隣でハァ、と息を吹く音がした。
一つ、間近から煙が立ち上っていた。
隣を見れば、葉巻から口を離した火の人が。
「未成年だからするなって言われてたでしょ……」
「やだよ、アタシがどうして言うことを聞かないといけないのさ」
それに、もう成年だし。と、階段に灰を乱雑に落とす。
そしてまた、葉巻を口にくわえた。
そして慣れた風にあたりの草だけを燃やすと、そのまま腰を下ろし、空を見上げた。
「そこまで外に固執してるの、あなたくらいよ」
「……そうかもな」
少し悲壮な雰囲気になるほど、外に何か思いがあるのだろうか。
正直、見たこともない景色に、見たこともない人に何か思いを抱く、ということ自体が理解できていない。
見えない壁に跳ね返され痛い目を見た張本人が、その時と同じところを未だに眺めている。
「お前に、夢はないのかよ」
「……夢、ですか」
逆に火の人が問いかけてくる。
それが今日見た、いわゆる寝ている間に見る夢でないことは、文脈から理解が出来ている。
と、そう一呼吸置いている時点で、私の中の回答はもう分かっていた。
「ないね」
「……随分と、きっぱりできるもんだな」
火の人は苛立ちを隠すこともせず、私の言葉に棘のある視線で返した。
私としてはどうしてそんなものにこだわるのか、ということに違和感を覚えているものの、それを追及したところでどうせ平行線のものということが分かっているから、口を開きはしなかった。
「まぁ、みんなの希望になりたい、って人はいないんじゃないかな、口に出しはしなくても」
正直、どうでも良い。
それは未来を考える余裕がないというよりは、人生に意味ができるならそれで良い、と考えているからだろうか。必ずしも皆同じ意見、というわけではないだろうけど、その一点だけは同じだと思う。
「きっと、時間が経ったら火の人もわかると思うよ、私たちの気持ち」
「分かりたくもないね、そんな諦めの言葉なんて」
火の人は髪をぐしゃぐしゃと搔きながら立ち上がり、駆け足で建物の方へと戻って行った。
その後ろ姿は、やはりどこか子供っぽい、という印象が抜けない、小さな背中だった。
「……諦めの言葉かぁ」
ため息交じりに吐いた言葉は、誰に聞かれることもなく、煙のように。
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