第32話  重ねゆく日常を


 調理を終えると、私は平皿へハンバーグをよそいブラックペッパーを振り掛けて。キャベツの千切りとニンジングラッセを横に盛り付けた。そして、きんぴらごぼうとキャベツとベーコンと玉ねぎのコンソメスープ。レンジで温めたご飯。


 私とマサトは二人で座卓を囲んで夕食を取り始めた。


「いただきます。」


マサトは手を合わせて、そう言うと。まずはハンバーグから食べ初めて。ハンバーグを口に入れると


「うんまっ!エリのハンバーグ超うまいよ!」


そう言いながらご飯を掻き込み、それからきんぴらごぼうを口にして。実に美味しそうに食べるマサトを見て私は嬉しい気持ちと一緒にきんぴらごぼうから食べ始めて、いつもよりそれは美味しく感じて私は自然と顔が綻び小学生の頃にマサトと初めて話した日の事を思い出した。


 美味しいけれど口数の少ない夕食に、私はあの時の様に少しだけ勇気を出してマサトへ尋ねた。


「ねえ。マサトの書いてた小説って。文体や漢字の使い方から見て、ライトノベルっぽいけれど。あれは児童書よね?」


「ああ、そうだよ。何か変だった?」


「いや、読者ターゲットが何で子供なんだろうって。」


「そりゃあれだよ。子供の時に本を読んでいないと大人になっても読まないだろ。」


「大人になっても読み出す人だって居るよ。」


「そうなの?」


マサトは会話の途中でハンバーグを口に入れ、ご飯を食べてコンソメスープを飲み。飲み込むと


「で。どうだった?僕の小説は。」


「私に訊いたって無駄よ。私はマサトが好きだから、あなたがやる事は何でも素晴らしく見えちゃうもの。」


そう答えると、マサトは頬を赤くしながら


「何だよそれ。」


と照れ臭そうにご飯を食べ始めた。私はそんなマサトの空いたグラスへ麦茶を注いだ。そして小説への質問を繰り返した。


「タイトルが『エリカと空の世界』だったじゃない?もしかして私から名前を取ったの?」


マサトは私のその質問を聞くとコンソメスープを吹き出した。そして慌ててタオルを取りに行き、直ぐに私の顔を拭きながら


「ごめん。ごめん。ごめん。」


と何度も謝った。そして、次にテーブルを拭くマサトへ私はニヤケながら


「図星だったんだ。」


と言うと。マサトは更に照れ臭そうに。


「良いじゃないか。自分が一番伝えたい作品に一番好きな人の名前を使ったって。」


そんな事を言い出すマサトが、私の中で途轍も無く可愛く、愛しくて、私は胸の内が熱く溶けそうな気持ちになりながらも


「嬉しいわ。それに主人公が空の世界の色んな空の国を助けるって発想が、まるで星の王子さまを多角的に見て表現している様で私は好きだったわ。」


私のその言葉で恥ずかしくて潰れてしまいそうな顔をしていたマサトの表情は一気に明るく嬉しそうになった。私はマサトは本当は自分が書いた物語が好きなのだと思い、また愛しさを増して思った。


 私とマサトは夕食を食べ終わり、私が食器を片付け様とするとマサトが


「エリが料理作ってくれたから、片付けは僕がやるよ。エリはゆっくりしててよ。」


そう言うなりマサトは直ぐに立ち上り食器を片付けて、流し台で洗い始めた。私は、マサトのそんな後姿をチラチラと見ながら。私が片付けをしている方が落ち着くと思いながらも、マサトの好意を受け止めなくては。とウズウズしながら私はマサトを見ていた。



 ―――私達は、そんなありふれた日常を幸せや、苛立ちを感じたりしながらも少しずつ重ねて行き。




 私達の大学生活が終わると、マサトはいつの間にか私達の育った、私達の出会った。あの川の流れる街へと居を移し、アパートを借りて一人暮しを始めていた。私はマサトへ


『何で私に言わずに、勝手にアパートを借りて引っ越したのか?』


と訊いた処。


『エリは実家が在るし。そっちに住むんでしょ?』


との事であった。私は勝手にその様な事を一人で決めて行った事に少し腹が立ちそれを知ったの日に自分のアパートの解約手続きを始めて。荷物をまとめて、マサトの引っ越したアパートへと転がり込んだのである。


 田舎町のアルバイトだけで、そんなに暮らしていける筈も無いので。私は働いてマサトの小説家への道を支えて行こうと充分に決意をしてマサトのアパートへと転がり込んだ。


 それから私とマサトの毎日一緒に暮らす生活が始まった。毎日居ると、互いの事をよく知って行くが。それは毎日話の内容を削られて行く様で。疑問も質問も段々と減って行き、次第に私達の口数は減って行った。私は働いてマサトの生活を助けているつもりでは有ったが、仕事が終わるとマサトの居るアパートへ帰る事が嬉しかったし。仕事で嫌な事が有っても、マサトを支えて行かないと。と言うそんな気持ちに逆に支えられたりもした。


 口数は少なくなって行ったものの。私はマサトを愛しているし、幸せなのだなと思い知らされたものだ。



―――私はマサトとのそんな大学時代の思い出を振り返りながら、いつの間にか眠りについていた。




―――そして、次の日の朝となり私は自分の住むアパートへ帰る準備をした。



 朝8:05の便で帰れば充分に昼までに帰り着くと計算して。私は6:30に目を覚まして、歯磨きと洗顔を済ませるとメイクを始めた。家の時とは違いビジネスホテルでは大きい鏡でメイクを出来る事に少し喜びを感じた。


 今日のホテルは駅から徒歩5分の所に在り、時間に余裕が有った。私は6:50にメイクを終えて、着替えながら荷物を纏めて7:10には部屋から出てホテルの朝食を取った。朝食は簡易的なバイキング形式で、私は親指程の小さな鯖の切り身と玉子焼き、ウィンナー、高菜漬け、昆布の佃煮を少しずつ取ってお皿に乗せると、それをお盆に乗せて。ご飯とお味噌汁を茶碗の半分ずつよそった。そして温かい緑茶を湯呑みへ注ぎお盆に乗せてテーブルへと移動した。


 朝食を食べ終わると私は食器を返却し、スタッフの方に『ごちそうさまでした。』と一礼をして、フロントへキーの返却をし会計を済ませるとそのまま駅へと向かった。私は駅へ7:55に到着すると、乗車券を購入した後に8:05出発の特急電車に乗り込んで。9:20に目的の駅へ到着すると、それからは高速バスへと乗り換えて私は自分の街へと向かった。


 バスの中は早い時間の下り便の為に、乗客は殆ど居らず。私はウトウトとして帰りの二時間は寝て過ごす事にして目を閉じた。眠りに着いて曖昧な記憶の中で


「キキーーーーッ!!!」


と、激しいブレーキ音がして。その後に体を揺さぶられたが、夢なのか現実なのか判らない内に私はまた目蓋を閉じた。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る