第26話 輝きの影に物語
―――「それでは第60回の河川奉納花火大会を開催いたします。一番、吉崎産業の提供でございます。」
そんな素っ気ないアナウンスから花火大会は始まった。
ボスッ、ボスッ、と音が鳴り。1~2秒後にドーン、ドーン、と激しい音が鳴ると青く燃える炎の花が2つパッと開いた。その光りで街や川や観客は青く照らされ、美空の頬も青く照らされ。
「わー。始まった。始まった。観れたよ花火。」
美空は無邪気に悦びの声を上げて、拍手を送った。
「マサトさんはあたしをしっかり掴んでいてくださいね。あたしきっと何回も拍手して離れてしまうかも知れないから。」
「ああ、しっかり掴んでいるから、好きなだけ拍手していいよ。」
「ありがとう。やっぱりマサトさんに出会えて良かった。」
そう言っている間にも数発の花火が夜空に開いて、僕達に音の衝撃を与え青や黄色の光りで照らして包んだ。それでも僕の腕に時折冷たい物が落ちてきた感触が有った。
「あたしが...あたしが消えてしまわない様にしっかりと...お願いします。」
美空のその言葉に僕は黙って応えた。この儚い存在をこぼれ落とさない様にしっかりと抱き締めた。そんな僕達を待たずに花火は次々と轟音と輝きを繰り返し、僕と美空はキラキラと星屑が落ちて来るような色とりどりの彩りの艶やかな光りの粒を浴びながら、虹彩のシャワーの渦に巻かれた。
頬を抜ける風、滑らかに輝き続ける水面。心なしか透き通る様に映る美空を透かして開き続ける火の華に。腕に落ちる冷たい雫。そんな僕の縮こまった心を動かす様に叩き続ける衝撃音は皮膚をビリビリとさせた。そして、花火が止まりアナウスがこだまするが。花火の音に耳が馴れたせいかあまりよく聞こえずに、スポンサー名等を読んで居るのだろうと感じる程度であった。
美空はこの花火の隙間を狙ったかの様なタイミングで、後ろを振り返り僕に微笑み
「空には星がたくさん有って、その下で花火がたくさん上がって、後ろにはマサトさんが居てくれる。贅沢ですね。」
「僕も星空の下で美空の後で花火を観るなんて贅沢だよ。」
そんな美空の言葉にそう返すと。美空は
「やっぱり消えない事は無理みたいですね。」
そう言うと、美空は残った左足を指差したので。そっちの方を見ると美空の左足はパラパラと砂粒に為り崩れ落ちて地面にぶつかるとパーッとバラけて散らばった。美空は覚悟を決めたのか
「あたし、消えてしまったとしても。この星空と花火に『マサトさんとエリさんの子供に生まれ変われます様に。』ってお願いしています。そうすれば、美空は消えたとしても。『あたし』は残ります。」
「奇遇だな。僕は『僕とエリが結婚して、その間に可愛い女の子出来ます様に。』ってお願いしていたところだよ。」
そう空元気な事を言うと、美空は微笑んで僕の唇に唇をチュッっと当てて前を向き直し。首に巻いた僕の腕に手を当ててソッと撫でていた。
ボスッボスッボスッっと低く素っ気ない音が鳴り、まあるく大きい球状に広がるオレンジ色の花火が暗闇の開くとドーンッ!と衝撃が肌に伝わりその瞬間に球状の花火に輪をかける様な花火が広がり、美空は僕を振り返り
「マサトさん!土星ですよ!土星!」
と興奮して僕にそう言ってきた。僕はそんな美空が愛らしく愛しく頭を撫でて、本当に美空が僕とエリの間に生まれ変わってきたら楽しいだろうな。と心から思った。そしてそんな思いに更ける僕を待たずに次々と夜空を彩りの輝く火の華に、激しく音律リズムを刻む衝撃音。そして何かを模した形状は夜空を幕としたオペラの様で、静かに見入った。
美空は心に焼き付けようと真剣に花火を観ているのだが、忘れてしまうのに。何処まで記憶に残す事が出来るのだろうか?この今の記憶も消えてしまうのであろうか?
何いずれ美空の記憶も消えて。
何れ僕は死んでしまって。
何れ美空は消えてしまって。
何れ僕の記憶も消えてしまって。
何れエリも死んでしまって。
何れ僕も消えてしまって。
何れエリも消えてしまって。
何れ
全て消えてしまい。
全て消えてしまう事を僕達は無意識に知っているから残したがるのかも知れない。何れ消えてしまうと言う心の穴を埋めるために、色んな物を胸の穴に詰め込もうとして。記念日を作ったり、記念碑を作ったり、想い出を作ったり、夢を追いかける振りをしたり、悲しむ振りをしたり。本当は何も無かったから、僕達は有る様に振る舞って居るのかも知れない。
全てが見せ掛けで何も無かったとしたら。僕の腕の中に在るものは何だろう。
僕の胸の中に在るものは何だろう。このポッカリと空いてしまった感覚はなんだろう。
いや、僕はハッキリとここに居るだろう。美空もここに居るだろう。そんな事まで嘘なのだろうか?なんだよ。それならなんで僕達は生まれてきたのだ。それならばなんで存在するのだ。何れ消えてしまうのに。虚しい。この感覚ですら嘘なのだろうか。
美空が消えてしまいそうで僕にしがみついて居るのか。美空が消えてしまいそうで寂しくて、僕が美空にしがみついて居るのだろうか。それは、もう誰にも判らない程に僕達は寂しいものなのだ。
なんだよ。それって。
そんな虚ろな僕の気持ちを笑うように夜空をクッキリと彩り輝き放つ花火のラインダンス。結局何だ?と言われればそう言った物だとしか言えないもので。花火も幽霊も僕もそう言ったものなのだ。
納得出来なかったとしても、納得して。納得出来なかった振りをして生きて行かなければいけないのだ。
3番目の花火が始まり出した。3番目の花火は仕掛け花火で引っ張り上げられたクレーンのワイヤーを伝い仕掛けられた花火に火が点いて。まるで滝のようにキラキラとした火の粒が川へと落ちていき。それは桜の花びらが散るような儚さと川一面に広がる明瞭な存在感を僕達に示した。
そんな花火を見て美空は何かを感じたのであろう。美空はこんな事を言い出した。
「マサトさん。あたしが消える事が寂しいですか?」
「そりゃ寂しいよ。きっとこれが『心に穴が空いた。』って状態だと思う。」
「ありがとうございます。でも、マサトさんはあたしが消えてしまって。寂しかったとしてもやらなければいけない事が有る事を忘れないでくださいね。あなたは、消えてしまう幽霊のあたしじゃなくて、ずっとあなたの傍でハッキリと居るエリさんを大切にして。エリさんを幸せにしなくちゃダメなんですからね。」
美空は僕の方を振り向いて。今までに無く力強い笑顔で僕を説き伏せた。花火の音と、夜の風が僕の背中を叩いた。
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