第4話 外と坂と幽霊と散歩



 ―――美空と花火大会に行く約束をした僕は、また美空の思い出の男を探すフリをすると。美空はニコニコしながら足元からスーッと消えていった。


 僕は、この複雑な気持ちになりながらも美空が消えてしまった事に少し物足りなさを感じて


「なあ。一緒に少し歩かないか?」


そう見えない美空が居るはずのこの部屋で訊ねてみた。美空はまた僕の前に顔だけを出して


「歩くって言うか一緒にお外に出る感じですか?」


「そうか。美空は歩かずにスーッと移動する感じだもんね。あっ!?それとも太陽とかダメだった?」


「あたしドラキュラじゃないんで太陽とか大丈夫ですよー。因みにニンニクも十字架も大丈夫ですよー。」


「いや。ニンニクや十字架の心配はしていなかったけど。そうだ他に何か外に出た時に注意するようなダメなものってある?」


「それあたしも考えたんですけど。あたし達幽霊って。結局は心を持った空気みたいな『もの』で苦手って言うのも特に無いし。逆に得意な物も特に無いんですよね。敢えて言うなら心は有るんで苦手と思ってた物も有るし。コーヒーみたいに好きだった物も有ります。」


「そうか!じゃあ、外へ出て色んな物を見たら好きな物や、嫌いな物も解って。美空の記憶も戻るかも知れないな。」


僕はどうにか少しでも美空に楽しい気持ちになって貰いたくて、適当に話を合わせて外へ連れだそうとした。正直、あんな辛い思いをした過去なんて思い出さなくていいよ。と思いながら。


 そんな僕の気持ちとは裏腹に美空は嬉しそうに


「あたしは地縛霊って言って。幽霊の中でも基本的に移動出来なくて、誰かに取り憑いて付いて行かないと移動出来ないんですよ。久しぶりのお外に寝間着のままじゃ寂しいので、着替えて来ますね。」


そう言うと美空はまた消えた。僕は風呂場の洗面台で歯を磨き顔を洗い着替えて外出の準備をして部屋へと戻った。そしてエリが食事を作ってくれているのを思い出し冷蔵庫を開けると中には二日間家を空ける分の食事が入っていた。


 エリは無口ではあるが愛情の無い人間ではなくて、気持ちを言葉に乗せるのが苦手だけどいつも僕の食事や着替えをきちんと準備してくれていて。その事には僕も気付いてはいるけれど、何だか当たり前になってしまい「ありがとう」なんて言葉も言ったことは無かった。


 僕は2個並んだおにぎりを取り出し。一個食べて間に置かれた沢庵を摘み、もう一つのおにぎりも食べ。愛用のボディバッグを肩にかけ...ようとしたが、僕の愛用のボディバッグはいつも置かれている位置には無くて。部屋の中の何処にも無かった。


「何処にやったんだろう?まあ、幽霊と散歩するのに特に必要では無いからいいや。エリが帰ってきたら聞いてみよう。」


そう呟いて僕は美空に声をかけて美空と出掛ける事にした。美空は着替えを終えて僕の前に現れた


「マサトさん変じゃ無いですか?」


美空はショートボブの短い横髪を耳に掛けながら照れ臭そうに微笑んだ。美空は黄色のチェック柄のワンピース姿で


「良いんじゃない。似合うと思うよ。」


「あたしこんな格好してみたかったんです。多分生きていたら恥ずかしくて出来なかったけど。今なら誰にも見えないし。」


正直に言うと僕は女性のオシャレなんてものが良くわからないし。美空の柔らかく優しい顔立ちに黄色と、ふうわりとしたワンピースは似合っていると思いながら。


「じゃあ、行こうか。」


そう言うと僕は美空と二人でアパートの外へ出た。



―――僕の住んでいる部屋は3階建ての2階で、建物の端に階段が在りそこから僕と美空は降りて外へと向かった。初夏の濃い青空が少し眩しくて目を細めながら。



「眩しい...」



美空は僕の背中でそう囁いた。一応、取り憑いている間は体の一部に触れていないといけないらしく。美空は僕の首にしがみつく感じで体は宙にふわふわと浮かんでいた。重さは無いが美空が触れている部分にはしっかりと感触は有った。


 僕は美空の事を考えたが、後ろを振り向けば美空の顔が間近に在り照れ臭いので振り向かなかったが実に楽しそうにしていて。その美空の姿にホッとしながら歩いていた。


 アパートを出て坂を下った。坂は300m程有りそれを下ると県道に突き当り、その県道を東に向かうと幅50m程の川が有りその川でこの街は初夏に花火大会が有る。地元では恋人と二人で花火を見ると別れる。や、二人で幸せを願うと結婚できる何て迷信が囁かれて家族連れやカップルでごった返す。


「美空も昔、この景色を見ていたの?」


僕の首に伝わる美空の感触は震えていた。何か話したいけれど言葉がつっかえている様で、横目でチラリと見たが、美空は泣いていた。僕は心が苦しくなった。その苦しみから自分を傷付けたくないので黙って歩いた。


幽霊だって泣くんだ。


そこから少し歩いた公園で僕はベンチに座った。美空は僕の体に触れたまま、そっと隣に座った。僕等の座ったベンチの近くで子供達がボールを蹴って遊んでいる。ブランコには小さな女の子が。


 僕は恐る恐る美空の顔をチラッと見たが、美空はこちらを向いてニコニコと笑顔に戻っていた。


「マサトさん気付いたでしょ?あたしが泣いているの。」


「ああ。」


「やっぱり優しいんですね。」


「そんな事ないよ。人を傷付けたかもしれない。そう思うことが恐いだけの臆病者だ。」


そう言うと僕は所在無い足で足元の小石を蹴った。するとボール遊びをしていた子供のボールが足元に転がって来たので僕は子供へ蹴り返した。ボールを受け取った子供は頭も下げずに何処かへ行ってしまった。


 美空は少し黙った後で上を向いて


「あたし、外が眩しくて。何だか嬉しくて涙が出てきたんで。マサトさんにめっちゃ感謝しています。あたしが見ていた景色がこれなんだ。あたしにもちゃんと生きていた時があったんだ。って。」


「それなら良かった。」


僕は内心、美空が杉井純平の事を思い出しでもしたのかと少し不安になっていた心が払拭されてホッとして笑顔が溢れた。


「あたしも、この公園に来ていたんでしょうね。あまりピンと来ないけど...あっ!あたしあの桜の木覚えています!」


それは公園で1番川に近い位置に一本だけ立っている桜の木で桜の花が咲いている時は、とても華やかにこの川沿いの景色を彩ってくれる桜の木だった。




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