玄武の少年
バクチ
序章
第一話「はじまり」
2023年 4月
新入社員の荒亀健司は仕事に追われていた。
慣れないパソコンのキーボードで、人差し指を使い必死でタイピングをする。
健司が中学のころくらいからスマートフォンが普及しはじめた。
昔から健司は新しいものに疎く、というか、アナログなものが好きだった。
3文字打っては1文字消す。それを繰り返している健司にしびれを切らした部長が話しかけてきた。
「君さあ、オフィスワーク向いてないんじゃない?」
部長は申し訳なさそうにしているが、容赦はなかった。
「すいません。慣れなくて…」
まだぺこぺこ頭を下げるのにも慣れていない。
健司の携帯からメールの音がする。
「ほら、携帯もなってる。まさそれくらいはいいけどさ…。 てか君、まだガラケーなの?」
健司の携帯は高校一年のころから変わらずガラケーである。大学四年間も友人からぶつくさ言われながらもスマホには変えなかった。
健司は頭を下げてばかりの生活に飽きてきていた。逃げ出したいと思っていた。
ふいに頭痛がした。思い出したのは高校時代のあの記憶だった。
昼休み、朝届いたメールの差出人は懐かしい人物だった。
「鶴島霧男…。ツルオか…」
From:鶴島霧男
Dear:荒亀健司
題:ちょっとした頼みがある
本文:よう、健司。元気してるか? 突然で悪いんだけど、今週の日曜空いてる? すこし相談と頼み事があるんだが…。 返信よろしく」
ツルオは高校の同級生で、同じグループに属していた。
仲は良かったが、親友というほどではなかった。
(なにか売りつけられるやつか……?)
健司は何かの悪徳商法だと思った。だが、このまま無視するわけにもいかない。予定も空いていたので、空いている。と返信した。
健司はこういうメールも無視できない性分であった。
4日後
高校の友達に会うというのに、健司はまったく楽しみじゃなかった。
その理由はわかっていたが、わかっていないふりをした。
ツルオは先にカフェにいた。
「ひさしぶり、元気だったか? 健司。」
ツルオはメールと全く同じ当たり障りのない挨拶をしてきた。
「ああ、まあな。それより相談ってなんだ?」
早く帰りたい健司は要件を早く済ましたかった。
しかし、ツルオの目から涙がこぼれた。
「俺さ…、一億借金してんだ…」
突然の告白に、一瞬唖然とした。その後すぐ冷静になったが、すぐにその発言を信じることは出来なかった。
「1億?」
「ああ」
「まさか金貸せっていうわけじゃないだろうな? 大体そんな借金どこで作った」
ツルオは涙をだらだら流しながら話し始めた。
「騙されたんだよお…。詐欺だ、詐欺」
「詐欺? 詐欺なら警察に連絡すりゃ何とかなんねえのか?」
「それがなんねえんだ、詐欺グループがヤッチャンとつながってるみたいでよお…」
「それで? 俺はなんもできねえぞ。金なんか一人暮らしで精一杯だ。お前は高校卒業してそのまま起業したんだったか? 1億くらいないのか?」
ツルオはさっきよりも勢いをあげて泣き出す。
「1億なんてあるわけないし……。妻と子どもがさらわれたんだ…」
ツルオは18で結婚し、2歳の子供がいた。半信半疑だったが、今のツルオの眼は嘘をついているようには見えない。
そもそもツルオは良い性格はしていなかったが、嘘は下手だ。詐欺とかにもまさかに引っかかりそうな感じだ。
「本当に警察は動いてくれないのか?」
「うんともすんともだ…。俺も寝る間を惜しんで仕事しても、払える金額じゃねえ…」
とはいえ、健司がなにかしたところで解決する話ではなさそうだった。
「…何とかしてやりてえが、俺にはなにもできねえよ」
ツルオはティッシュで涙を拭き始める。
「そこで…頼みがあるんだ…」
「だから金は貸せねえぞ」
「お前にヤクザをつぶしてほしい…」
「…は? 何言ってんだよ、お前」
ツルオは至って真面目だった。
「お前、喧嘩強かったし…。」
「そりゃ相手が喧嘩もまともにやったことねえアマちゃんばっかだったからだよ! 俺が百人いても無理な話だ、そりゃ」
健司はあまりにも現実味のない話をされ少し腹が立った。コーヒーの代金だけ机の上に置き、外へ出て行った。
「まってくれよ、健司ー!」
叫ぶツルオの声と周囲の視線が背中に刺さった。だが歯を食いしばりながらカフェの扉を開けた。扉にかかっている鈴が虚しく響いた。
次の日の帰りだった。
残業でもう夜遅いが、似たような境遇らしき人がちらほら同じ道を歩いていた。
向かいから来る人はなぜか眉をしかめ、少しだけ早く歩いていた。
なにか違和感を覚えたが、特に深く考えずただ歩いた。
そこから角を曲がると、公園で大男数人に殴られている人物を見つけた。
その人は小太りで、うずくまっている。それを集団で大男が蹴ったり、殴ったりをしている。
悪い予感は的中した。
殴られている相手はツルオだった。
ツルオはなにか言っているが、男たちは何も聞かず怒鳴りつけ、殴っていた。
健司は腹が立った……のかもしれない。
何を思ったのか知らないが、男たちに向かって叫んでいた。
「こらああああ!! 俺の友達じゃあああ!!!!」
ヤクザは全くひるまなかった。
そのときのヤクザの表情は、おもちゃを見つけた少年のようだった。
「あんちゃん、殺されてえみたいだな」
彼らはじりじりと健司に迫ってきた。それはまるで雪山でクマの大群に遭遇したような気持ちにさせた。
すぐに重い一撃を喰らい、意識がもうろうとしてきた。だがヤクザはツルオにやったように、健司にも容赦はなかった。
何発殴られたかはもうわからなかった。
体の感覚がなくなってきたころ、知らない声が聞こえた。
「やめてもらって…いいかな?」
ヤクザの雰囲気が一瞬で変わる。
健司は最後の力を振り絞り、男の姿をみた。
(…!?)
男はスーツを着て、顔には黒いビニール袋をかぶっていた。
健司の記憶はそこで消えた。
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