第7話





「無様に廻れ!無鋲なる骸骨 嘲笑う愚者 滴る汚濁!死は歓喜なる救済なりて我らを導かん!ーーー泣き喚けシャーデンフロイデの罪人ども!」


辺りが一瞬暗くなりそこから闇が侵食し始めた

黒い煙が地面から現れそこから人の形のようなものが悶えながら現れ濁流のように高い波となって迫った

まるで苦悶する罪人の塊のようだ

邪悪さで気分が悪くなる



闇を裂く光が差した


「世界に蔓延る闇を祓いたまえ その聖槍は慈悲なき裁き ーーー穿て断罪白花」


フワリと幻想の花が咲く

青い光の中白い花弁が優雅に舞い

それらを貫く発光が迸った


先生とやらが召喚した武装人形が凄まじい槍の一撃を放つ

その一撃は大軍攻撃のように戦場を分割するほど凄まじい光線で恐ろしい破壊力だった


余波で当たりのものが吹っ飛ぶ

俺も吹っ飛ばされないよう剣を地面に突き立てて耐えた



光と闇が衝突し無音となる

そして煙が消えるとそこには先生のみが立っていた

勝ったのか?



「黒い荊は血を啜る!ブラッドレディ!」

アルムという少年ともう一つ愉快そうに笑う声が重なっていた声が空から聞こえた

見ると空中に奴は立っていた


ドゴッ!!


地面から音を立てて黒い薔薇が現れた

凄まじい速さで先生を武装人形ごと縛る

見るからに薔薇自体に呪いがふんだんに染み込んでいた

そして黒い人の形をした者たちが現れそれぞれ槍や剣、斧などを持って振りかぶろうとしていた




「穢れなき夢の星 我が魂は何者にも侵されない」

見えないくらい荊に縛られた中で静かな声が聞こえる


「我らは何者だ」


『遠き理想の夢の跡 孤独の中を歩む者』


武装人形が主人の問いに答えるように答える


「我らはなぜ戦う」


『蛮勇は死に絶え 祈る者は現世を棄てた 故に宿願を果たす為剣を握る』


「我らは何処へ征く」


『世界の宿痾を切除し 万感を抱き宙を越えよう 双翼が闇を祓い 白き夢へと至る』


「『極光 アレススフィア!』」



黒い荊が一瞬で溶けた

俺にはそう見えるほどの光だった

中からは白刃の槍を掲げ青紫のマントとオーラを輝かせた人形が現れた

その中で更に、先生が空に翳すように片手を伸ばしている

その景色の神々しい有様に心が震えた

まるで、神話の時代のようだったからだ


「なっ!?ぎゃっ!!」

邪悪なオーラに取り憑かれたアルムが光に驚きその後、浄化する広範囲の光に照射されて吹っ飛んだ

周りにいた禍々しい人型も同時に消える

美しい光が当たりを支配した


怪我が治っている?

自分の体についた切り傷や裂傷がフワリと発光して消えた

仲間を治療する効果もあるのか

対魔の光だけではなくまるで先陣に立ち仲間を奮起させる

聖人のようだった



「今、助けますからね」

一言呟いて武装人形が槍を再度構える

地面に転がって苦しむアルムに追撃するようだ


「行け」

命令すると人形が動きアルムに迫る


「クソッ!?化け物め!」

片目を抑えてそう吠える

奴は人形を数体召喚し壁にしたが、一払いで倒される

爆発したが槍の余波で外側に爆発した

アルムの眼前に迫る人形

隠された仮面の目は青白く光っている


「こ、殺さないで!!お母さん!!」

子供の声で悲痛な声を発した

「下手な真似をやめたまえ。実に不快だ」

「ヒィ………なぁんてな!」

パチンと音がした

見ると歪んだ笑みが先生を捉えている


「危ない!」

俺が見たものは一人立っている先生の周りに倒れていた人形が立ち上がり不気味な音を立てて突進していた

あの距離で爆発したらひとたまりもない


「些事です」

地面から魔法陣が発光して近づいた不気味なぬいぐるみたちが魔法で形作られた槍に串刺しになる

ちゃんと術者の自衛も考えているようだ

召喚士やビーストマスターなどは術者が無防備となるのでそれを補完するためにそれぞれ考える必要がある


「小さいと侮っていると、傷い目を見ますよ?」

笑いながらアルムの中の人物が言う


「ッ!」

「隊長!!」

スイウンの叫び声が響いた

ぬいぐるみは普通に爆発はしなかった

破裂すると中から黒い液体を撒き散らしたようだ

それは無差別で広範囲らしく

周りで見つめていた俺たちにも被害が出そうだったが

素早く白い鳥たちが眼前にやってきて自身を糧にして魔術を発動して結界を発動させた

そのお陰でこちらの被害はなかった


「おい!クソ邪魔だ!」

スイウンが結界を切り裂いた

そして走る

見ると黒い液塗れになって蹲る先生の姿が見えた


「まさか、俺たちを守って…」

驚いた顔でフォルテが呟く

「助けに行こう」

セウスが結界に触れながら言った

「うん。俺たちも守られてばかりじゃいられないよねー。……教授はきっと、大丈夫だよ。すぐに穢れを祓わないと」

ケイが杖を背中から取り出して言う



「隊長!ご無事ですか?!」

「………」

「クッ……。待っててください絶対助けますから!」

スイウンは先生を腕に抱きしめ振り返る

「おいスノー!頼む!この人を助けてくれ!」

いつもの飄々とした雰囲気は一切なく必死な形相でそう言った

離れていた場所にいたスノーが駆け出す

結界は解かれていたようだ

俺もそばに寄るため動き出す

なんとか結界を壊した

そういえばあいつは…

走りながら見ると武装人形は固まっている




「見せてください」

「頼む。どうか、助けてくれ」

弱々しくスイウンが助けを乞う

「…任せてください。スイさん」

微かに震えているスイウンの肩に触れたスノー

それに気付きスイウンは顔をあげる

そして頷いた


「…暗黒魔術だね。…この水に複数、いや数十以上の呪いが込められているみたい」

「呪殺するために重ねてんのか。本当に性格が捻じ曲がってる奴だ。どうだ?解呪できるか?俺はこの系統の呪いは解呪できねぇ。補助はできる」

悔しそうに呟いた

「……ううん。時間はかかるかもだけど一つずつ解いていこう。幸い即死の呪いは防がれているようだから、すごいね隊長さん」

そう言ってスノーは微笑む

わざとだろうがスイウンはその言葉に小さく微笑む

「……そうなんだよ。すげぇんだこの人は」

スイウンは大切そうに肩を支えて抱きしめている先生をみてそういった


スノーがゆっくりと手を伸ばし魔力を帯びた手を伸ばした

「ッ!」

「…….うぅ」

「隊長!」

伸ばした手を掴まれた

その手は今呪いの汚濁に塗れた先生の手だった

「……あなたは…」

液体のかかっていないフェイスベール奥の片目からスノーを見た

見える肌は変色して黒く変化している

「…苦しいですよね。今助けますから」

だが掴まれた手は離されず掴まれたままだった

弱々しい力なのにスノーは振り払えず

不思議と何が感じるものがあった

「……君は、そうか。………変わら……、魂は、きっと、……ぐっ………はぁ……やっと」

スノーの腕を離し改めて手を握った

「喋らないで。今も呪いが侵攻しているから。早くしないと」

「そうです隊長!お願いですから解呪されてください!」

二人がそう諭そうとするが、構わず薄い布の奥から呪いに侵されても見つめている

「………こうやって、直接見て話すのは、久しぶりですね」

「え?」

その言葉にスノーは動揺した

顔はまだわからないがこの人から神気が放たれている

それだけで印象深いはずだ

なのに記憶にまったくなかった

この面紗をとれば……

そう思って見つめると目があった気がした

「力を……….使ってはダメ、………君は、いや、貴方は………に見つかって」

声がだんだん弱くなって意識を失った様だ

「何を言って……でも、クソ!どうすりゃいいんだよ!?」

スイウンが苛立ちを隠さず髪を掻き毟る

力を使わなくては助けるとこはできないのに…

再度手を伸ばした


「気をつけろ!!」

ヴァルツの焦った様な声が背中に届いた

振り返るとそこには斬られて二分割された人形がいた


ギィ……ギィヒャヒャヒャヒャ!?!?!?


狂った笑い声を放った後

爆発した


「うわっ!?」

「チッ!スノーちゃん離れるな!」

「う、うん!」

凄まじい勢いで煙幕が広がった

以前の様な殺傷性のある爆発や呪いの拡散ではない様で少しだけ安心した

だが何も見えない

隣にいたスイウン達ですら見えなかった

煙の中頼りげなく手を伸ばす


!?


手を掴まれた

そして引っ張られる様に走り出す


だ、誰だろう!?

次第に煙から離れる様子で僅かに相手の後ろ姿が見えた


「ヴァルツ?」

目の前にいるのは黄金色の短い髪をフワリと揺らした

体格の良い青年だった

「スノー無事か?このままじゃ危険だから離れよう」

そう言って振り返らず進む

広場は広く中心部が濃い煙幕に包まれている様だった

あの二人は無事だろうか…


「ねぇみんなは?」

「…大丈夫だ。爆発したと同時にみんな退避した。後はスノーたちだけだから俺が助けに来たんだ」

「そっか。ありがとうヴァルツ」

後ろ姿を見つめる

「……ねぇ」

「なんだ?」

もうすぐ広場から離れられることができる通路へたどり着く

「あの二人は?」

「…あいつか?大丈夫だろ?」

「あの先生さんは重症だったんだ。はやく呪いを解かないと」

「…そうだな。後で安全なところで処置すればいい。あれぐらいではすぐ死なないはずだ」

はぁ………ッ!!

ガシッ

「クッ!」

「何をするんだ?スノー?」


ヴァルツの背中に魔力を塊である光弾を放とうとしたが、その腕を掴まれた

ギシリと骨が軋むほど強い力だった


「お前は、ヴァルツじゃない!!」

悔しげに大声を上げた

それを聞いてヴァルツ…は酷く歪んだ笑みを浮かべた


「キヒヒッ!よくわかったねぇ~」

猫撫で声の様な嘲笑う声で本性を表した

「スノーを離せ!!!」

ザシュッ!!

煙の壁から光が差し込んだ

姿を現したのは本物のヴァルツだった

「ヴァルツ!!」

見上げる先に剣を振りかぶったヴァルツが迫る


「闇に潜む影 望まぬ太陽 引き千切れ咎人!」

偽物のヴァルツが笑みを浮かべ手を伸ばすと

影から黒い闇が人の形となり襲い掛かる

「邪魔だぁ!!」

光り輝く剣で切り裂く

それでも現れる闇が多すぎてだんだんと二人の距離が開く


「我が身光となり!悪しき闇を祓わん!」

神気を纏い更に勢いを増して攻撃を加える

敵を切り捨てるたびに叫び声が響く

それを無視して前を見据える

目指すはスノーのもとにまっすぐ駆け抜ける



目の前の敵を切り捨てると変化があった

目の前の二人が広場から抜けた先の開いた門の前で立ち止まった

よくわからないが好機だ

「貫け!光槍!《ホーリーランス》」

魔術を展開させ遠距離攻撃を放つ

六つの槍が形を成して偽物へと突撃した

奴はそれを見て笑みを深めた

泥人形フェイクドール

闇が人型となって立ち塞がり、吸い込まれる様に人形に突き刺さって共に消えた


「闇の扉よ 開け」

本来は国が襲撃された際の防御機構である門が黒く染まり

謎の空間と繋がれた

見えるのは怪しい光のみだ

まさか!

抵抗虚しく引っ張られるスノーがこちらを見る

互いの視線が交錯した

「その手を離せ!!」

剣に魔力を込めて斬撃を放つ

凄まじい光と魔力で当たりの煙と闇が吹き飛ぶ

だがそれでも、届かない

焦りで強く歯噛みする



「舞踏会には遅刻ですね王子様」

嘲る様に自身と同じ姿で奴が言う

歪んだ笑みを浮かべスノーを腕で拘束しそのまま闇の空間に飲み込まれていく

「黙れ!いいからスノーを離せ!!」

怒声が響き渡るがそれすら可笑しそうに笑う

スノーの揺れる瞳がヴァルツを映した


奴の付近から常に現れる闇のしもべ達が波の様に襲ってくる

それをいくら切り払っても距離はなかなか縮まない


「それではさらなる舞台をご用意しますのでしばしのお別れを」

「勝手に消えろ!スノーを離せと言っている!!」

放った光刃が奴の眼前で盾がわりにされた召喚物に突き刺さる

光が霧散していった


「ッハ!…ヴァルツ!!」

腕から少しだけ逃れてスノーが名を呼んだ

「今、助けに!!」

手を伸ばした瞬間後ろに引っ張られる

「なっ!?」

見ると険しい顔をしたアベルがそこにいた

すぐに目の前で闇の召喚物達が俺のいた場所を飲み込んだ

スノーに注力していたせいで注意が疎かになっていた様だ


「卑劣な奴め!臆病者が正々堂々戦うことを恐れているのか!」


「クヒヒ…あなた達愚鈍な騎士の皆様と同じではございませんのでご容赦を」


煽っても奴は意に介さず笑う

前進しようとすると力強くアベルに止められた

離せと顔を見るが真剣な眼差しのまま前を見据えている


「今飛び込んでも奴の思うがままだから、ヴァルツ耐えて」

「だがっ!」

既に奴とスノーの半身が闇の空間に飲み込まれている


「ふむ。あの白い人形の結界のせいで随分と遅いですが、まぁ問題はないようです」

「やぁ久しぶりだね。こんな形では会いたくなかったけど。お願いだからスノーを返してくれないかな?」

アベルが拳を握りしめて言った

「はてさて?白々しい聖者の皮を被った偽善者など、私知りませんが」


ブンッ!

迫ってきた敵を分厚い黒い本で一掃したアベル

「君が覚えていなくても僕は覚えているよ。また一緒に人形劇をやろうよ。ご主人様には僕も一緒に謝るからさ」

場にそぐわない

朗らかで慈愛に満ちた笑みだった


………

苦々しく奴は言い放つ

「…お前のその光が、闇に潜むしかない者にとってどれだけ苦痛で屈辱かを知らなければ分かりあうことはできませんね」

それは、今まで狂った様な笑みを浮かべていた奴が

みせた酢の様な感じがした

「お兄様にもそう言われたよ。でもね。僕には僕の考えがあって、心があるんだ」

足元に湧いた敵を踏み潰す

「光がとか闇だとか。きっとそれは表裏一体で必ずどちらだけってことはないと思うんだ」

真摯に見つめるアベル

奴は笑うのはやめて見つめている

「………もう全ての歯車は動き出している。もう遅い」

「そんな事はないよ!大丈夫、人は過ちを犯すもの。だからどうこれからを生きるかが大切なんだよ」

本をしまい手を伸ばした

それを見遣る奴は吐き捨てる様に言う

「……私を人と呼ぶのは君だけだよ。アベル」

「待って!」

闇が蠢いた


「では今度こそ。さようなら」

「させるか!!」

全力で突進した

頬が裂けて血が流れる

己の魔力を全身に込める

痛みと無理な負担に体が軋んだが止まる気は、ない!!

眼前にいる二体の敵を斬る

また一歩跳ねる様に飛ぶ

体を包む黄金の光が迸る

「ハァッ!!」

首を切り落とし両腕を刎ね胸を突き刺す

あと、少し!

戦いながらも眼はスノーを見つめる

手を伸ばした

スノーの伸ばされた腕が俺に向けられる

手が、触れそうだ

あと少し、届かなかった

地面から黒い骨の手が俺の体を掴んだからだ


くそっ!!あと少し、あと少しで届くのに!

悲痛な面立ちで見つめ合う


…ッ!


「必ず!!必ず俺が助けに行くから!!待っててくれスノー!」


「……うん。信じてる」

悲しげな顔だったがその目に光が宿る

刹那の約束

二人は届かなかった手を伸ばしたまま

心は繋がりを確かに感じていた








「我が主人様。罪ある者に救いの痛みを」

後方からアベルの詠唱と共に攻撃が迫り拘束を解いてくれた

だが既に、スノーとあの道化師の様な敵の姿は消えていた


「………………」



「……ヴァルツ…」

アベルの伸ばしかけた手が止まる

その顔は哀しみの色に染まっていた

彼の悲しみが手に取るようにわかってしまうから



「……………ッーー!!!」


天を仰ぎ拳を握りしめて咆哮をあげたヴァルツ

その悲痛な叫びは暗闇へと消えた










「ねぁヴァルツ?ねぇ」




「………………」

軽く顔を上げて前髪の隙間から見えたのは心配そうな顔をしたセウスだった


「……………なんだ?」

なんとか返答をしたが覇気なく意気消沈しているのは誰が見てもわかる



「えっと……その」

オロオロと慌てた様子のセウスが口を開く

「お、落ち込まないでよ。無責任に聞こえるかもしれないけど僕も君の仲間は無事だと思うし」

「無責任だと思うなら、軽々しく言わないでくれ」

「ッ!…ごめん」

重苦しい空気が広がる

明らかな八つ当たりだ

わかっているのに情けなさと憤りで堪らなくなる



「ほぅ。犬の死骸かと思ったら小僧ではないか」


偉そうな口調でそう揶揄された

「誰?」

横を向いたセウスがそう問う

見ると黒い襟の大きなマントを羽織ったカインだった

前より少し成長している気がした

大体十五、六才に見えた


「こんなところで何をしている」

セウスを無視し遠くの方を見ながらそう尋ねられた

何をしているか………何をしているんだろうな

自分でもわからない



「今ヴァルツは仲間の、綺麗な人が敵に捕まって傷ついているんだ。誰かは知らないけど今はそっとしておいて「なぜだ?」」

間をおかず再度尋ねられる


「貴様は何を腑抜けておる」


「………また、守れなかった」

この度で何度自分の無力を味わったことだろうか

研鑽を積んできた人生で肝心な時に力不足を感じ目の前で大切な人を連れて行かれてしまった

なんと情けなくて無様だと思う

「拗ねているのか。餓鬼め」

馬鹿にした様に笑う

それにすら俺は、言葉を返せない


「そんな言い方….」

「なぜ己で立ち上がることもできぬ愚か者に心を配らなければならぬのだ。実に無駄である。貴様は…特異点か。貴様も難儀な運命を背負っておるものだ」

庇おうとしてくれたセウスがカインの気迫に押された

そしてわからない話をされて困惑している様だった


「さっきから何を言っているんだ!訳のわからない話をして何様だ!それに君は年下だろ?顔色悪いんだからちゃんと寝なさい!身長が伸びなくなるよ!」


「貴様の様な発展する兆しのない小童に言われたくないわ」

「な、何を!!これでも少しは伸びているんだ謝罪を要求する!」

ツンとした態度のカインにセウスは子犬の様にキャンキャンと吠えている


「喧しいわ!」

「うにゃ!?」

カインがデコピンをしたせいでセウスがコロコロと転がっていった


静寂が戻ってくる

まだ先ほどの戦闘の爪痕が街に残っていて

セウスたちの仲間が率先して動き救助や治療をしている様だった


……………………


「哀れだな」

「……」


「……そこで無様を晒して腐っているならいっそ死ね」

「……」


「あの、スノーは孤独ながらも凛として己を持ち生きるまさに月光の下に咲く艶やかな花の様な奴だ」



そんなこと、知っている



「貴様は誓ったのではないか?騎士とはそんな腑抜けた輩の称号なのか。なら負け犬にはお似合いであるな」


「……うるさい」



「良い。許す。力無き者。意志なき者に挑めと言の葉をやるのは酷だ。その剣も誓いも夢も捨て消えろ虫ケラ」


「…黙れ」

唇を強く噛んでしまった様で血の味が広がる

怒りと負の感情を込め、睨みつける


「フハハッ!滑稽。もはや言語を解せぬ畜生と成り果てたか」


「貴様!」

鞘に収まった剣を握る

殺意が抑えられない


「お前は何を見る?何がしたい?そうやって気持ちを他人にぶつけることしかできない子供ではないか?今もスノーは敵の手中で貴様を待っているのかもしれないのに、なんて哀れな花よ。せめて甘き夢を見て散ることを願おう」


ブチッ!


ガンッッ!!!


「「………」」

本気の剣撃をカインは片手で防ぐ

聖属性を纏わせているから触れた指を焼く様に負傷していく

それでも止まれなかった


「安心しろ。貴様を殺してからスノーを見つけ出してやろう。一人現実から逃げ出して死んだと教えてやる」

「さっきからなんなんだ貴様!!俺の、俺の気持ちを知らないで、どんなに苦しくて、悔しいか」

視界が僅かに滲む

だが死んでも流さない


「知るか」

吐き捨てる様に言った

「貴様の事情や心情など興味もない。本来すべき事をせず腐るぐらいなら俺は、自分で死を選ぶ!」

ガンッ!

剣を弾かれた


内心驚いた

いつもの口調ではなくそれは、カイン自身の本心だと感じたからだ


「…俺だって」

わかっている

へこんで落ち込んで、嘆いている場合じゃない

今もスノーがどんなめに遭い辛い思いをしているのか

今すぐ駆け出してスノーを助けにいかなきゃいけない

なのにどこに連れていかれたのかもわからない現状、そして今までの挫折によって堰き止めていたものが瓦解したのだ


睨み合う二人


「ッ!?」

目の前で緑色の光が発生し、強い風に押される様に下がった

今のは…


「そこまでにしろポンコツども」

ダルそうな、苛立ちを滲ませた声を発したのはスイウンだった

俺たちを睨みつけている

その手には何かを抱いている様だった


「こんの忙しい時なにしてんだお前ら。てかセウスなに気絶してんだ?丸まって」

訝しげに転がって丸まったまま気絶したセウスを見てスイウンは言葉を投げかける


「我輩が知るか。下賎なものどもになぜ配慮せねばならんのだ」

腕を組んでプン!とでも言うような態度だ



「そう言わないでくれないかい。カイン」

この場にいる誰でもない声がして俺たちは視線を合わせた



よいしょっと

幼い声でスイウンに抱かれていた人がよろよろと地面に立った

スイウンが慌てて支える様に手を添える

手を繋ぎパンパンと藍色の短パンを小さな手で叩いて

話し出す



「彼、スノーを助ける為に君たちにも力を貸してほしい。ダメかな?」


コテンと首を傾げた姿は愛らしく幼げな、少年だった


「ん?にゃにか?…こほん。何か?」


一度言葉を噛んでしまい咳払いして言い直す

それでも見た目の可愛らしさがその大人の様な物言いを緩和させる

少年は首元の紐を結ぼうと奮闘するが難しい様で、スイウンが後ろで少年の首元の紐を結び直した

ありがとうと可愛らしい声で言ってスイウンが気持ち悪い笑みを浮かべる

年齢は五、六歳ぐらいだろうか



バッ!

一瞬で移動したカインが少年を抱き上げてその胸に抱いた


「ああ!我が月!愛しき一輪の花よ!会いたかったぞ!」

高い高いされて少年は笑っている


「フフッ。わ、たしも、う、れしいよ」

激しい高い高いに言葉が途切れ途切れだ

ゲシッ!

カインがスイウンに蹴っ飛ばされて少年をキャッチする

「馴れ馴れしいんだよ!丁重に扱えゴラ!」

「小煩い小童め!」

二人は睨み合う


ぼうっと見ていると手を掴まれた

ひんやりとした冷たい手だった


「……君は?」

そう尋ねると少年は美しい笑みを浮かべ笑う


「先生と呼ばれる魔術師だよ。何度か会っているでしょう?」

閉じられた目で俺を見ている少年はそう告げた

俺はその言葉に動揺した



この………少年が?

理解できない言葉を咀嚼できないでいると

少年は薄く笑い


「思考処理が遅いなぁ。脳細胞死滅してます?」





子供にきつい事を言われたのだけは、わかった












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白い花が咲く丘で 黒月禊 @arayashiki5522

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