第12話






《スイウンside》



大空の中で揺蕩う朧げな形のない集合体

変容する存在として在る自我はどこにあるのか

本人すらわからなかった

ただ確かなのは 

空の中でしか己は存在することができない

そんな自分が そうありたいと願ったとき

確かなものとなって

雲は空の一部として

世界を飾る誇りと幸福を知った

だから迷いはなかった

愛を知ったときから







二人と道で別れてから二十分ほど歩いたときだった


……


周囲は静かだった

渓谷を渡る橋は木造だが鉄で補強されていて頑丈そうだ

よくこの橋を旅人や商人が通る

広い橋は誰一人いなかった

それが逆に不自然だった

ふー…

矢番え空に向かって放つ

緑に発光して空に向かう姿は花火のようで美しかった

それに周囲の空気が揺らいだ


「でてこねぇーなら俺からやるぜ」

呪符を指に挟み気を高め丹田に力を意識する


「六根清浄急急如律令」

符をくるっと回し放つ

青く燃え始めた符は次第に勢いを増し大火となって周囲を焼いた


ぐぁいああぁぁ!!

あつい!俺の体が燃えちまう!


周囲には何もなかったはずなのに炎の中から人が現れた

六人ほどが炎で体を焼かれ悶えている


「こんなもんか」

片手で一の字を描くように腕を振ると炎が消えた


「死なねぇから安心しな。イテェだけで実害はない。次はちゃんと燃やすから正直に吐け。魔物を使役または出現させている奴はどこにいる」


符を再び構え脅して言う

片方が心配でさっさと終わらしたい心境だった


「クソッ、態勢を整えろ!」

伏していたものや痛みに喘いでいた奴らが武器を構え睨んでくる

「はぁ…手間かけさせんなよ」

ため息を吐きながらいう

初撃をくらっている時点で敵じゃない

こちらはハズレだったと判断した


「頭の命令だ!逆らったら殺す。大人しく捕まるなら今は殺さねぇでやる」

奴らの一人が言った

無様に叫んでいた奴だがもう忘れたのか?


「知るかよ。泣き叫んでたくせに偉そーだな。また焼かれてぇなら燃やしてやるぜ」

気を込めて符に火を灯す

それを見た奴らは後ろに引いた

互いに嫌なのか顔を見合っている


「…どっちみち一人相手に失敗したなんて頭に知られたら殺されんだろ!こっちは数がある」

その声で奴らは俺に襲いかかってきた


「フッ」

一人の腹に掌底する

すかさず全員に掌打した

奴らは地面に伏した


「ぐぅぅ……」


「まったく俺をやりたいなら百倍の戦力揃えてから来いっての。おらさっさと情報吐けよ。無駄に力使いたくねぇんだ」

リーダーらしき男の胸ぐらを掴んで揺さぶりながらいう


「だ、誰が言うか!」

「言え」

揺さぶりを激しくする

「はっ……やめ、…ぐるじぃ」

ぐわんぐわんと頭が揺れている

「言う気になったか?」

顔を青くした男が虚な目をしている

「……は、吐く」

揺さぶりすぎて違うものを吐きそうな顔をした

「悪かったよ、な?大丈夫かお前、ほらさっさと情報吐けば楽になるぜ」

酔っぱらいを慰めるように背をさすりながら言う

「よっと…」

背後から不意打ちをしようとした二人を蹲踞の姿勢から纏めて蹴り飛ばす

そのまま回転して元の姿勢に戻る

リーダーの男は青い顔のまま震えている

「な?無駄な抵抗やめとけって、死にたくねぇだろ?頭ってのがこえーなら手を回して助けてやってもいいぜ」

笑顔だが断る事を許さない圧で話す

リーダーの男は観念したように頷いた

「よし!なら後でしっかり聞くからな。他の奴らはとりあえず拘束しとくか」

立ち上がり早めに終わりこれで彼らと合流しようと考えた

その時だった



「うわっ、なんだこれ!」

リーダーの男が慌てている

腰に下げている物入れから禍々しい気が溢れていた

「チッ!」

物入れを剥ぎ取り遠くに投げた

その空中で止まった

黒い霧のような煙が溢れ

周囲を包んだ


うわぁあぁぁぁ!!


周囲の盗賊たちが苦しみ出した

これは…


「!六根清浄急急如律令」

符を三枚放つ

「払え!」

緑色に輝く水が現れ周囲を囲みスイウンの周囲を包んだ

これで汚染は近づけないはず

そう思ったら事象の中心部に渦ができ、黒い煙が迫ってきた

結界と衝突し激しい衝撃を放ちながらも侵入してきた


「ッ!」

スイウンは咄嗟にリーダーの男と近くにいる二人を抱えて飛び下がった

離れていた三人はそのままだった


「クソッ!」

黒い煙は三人を飲み込んだ

一瞬だけ絶叫が響いたが、すぐに消えた


何が起きている?

あれが今回の原因か?

報告では黒魔術系統の召喚か使役だと推測したが

これはそんなものじゃない

意思と悪意をもって辺りを穢している

救えなかった奴らに内心詫びる

この後現れるだろう現象を片付けることを誓う

あのまま消えるなんてことはないだろう

そして状態が変化した


黒い人形が三体現れた

それらが一塊になりそして収束し黒い塊になった

赤い光を十字に発光し現れる


巨大な牛の頭の魔物

ミノタウロスだった

巨斧をもって牙を見せ赤い血のような色の瞳で怒りを表し息を荒げている

ミノタウロスにしてはデカすぎる

通常の四倍ほどでかい

ミノタウロスの出現で橋が軋む


「おいお前さん、さっさと逃げな」


「えっ、で、でもこいつ、逃げ切れるのか」


「危ねぇからだよ。死にたいならそこにいな。あと」

スイウンは口角を上げ不敵に微笑む

「こいつは俺が殺す」

そう言って構える

また気を高め丹田を意識し拳法の構えをとる

足を開き腕を対極に構え手のひらを敵に向ける


「来来」


くいくいっと手先を動かして煽る

勝つ自信しかこの男にはなかった




グオォオオオオオ!!!


ミノタウロスが応えた訳ではないと思うが

ちょうど同じタイミングで吼えた


巨体を俊敏に動かして一瞬で目の前まで移動し

スイウンの頭上に斧を振り下ろしていた




「よっと…」

瞬時に横にずれ斧の側面に触れ左手で触れ

軽く掌底を打ち込む

その反動を回転力で加速し右足で地面を蹴り上げ飛び上がる

そして左足でミノタウロスの横っ面を蹴り飛ばす

「飛天脚!」

衝撃にミノタウロスは蹴られた方向に倒れる


「……すげぇ、…倒したのか?」

後方に吹っ飛んだリーダーの男が驚いた様子で言った

「まだだ。あんたはもっと下がってな」

ミノタウロスを見据えたまま後方に言う

「…ッ!」

男はミノタウロスに気付き走って逃げた

ミノタウロスは砕けた歯と血を吐きながらも起き上がった

黒い煙を吐きながら唸っている

すると怪我が植物の根のような黒いものが覆い修復された



こいつやっぱただのミノタウロスじゃねぇな…

怪我の修復がはやい

頭砕いて致命傷だと思ったがまだ命には届かなかったか

鈍ってねぇよな最近前線でてねぇし

仲間と違って裏方で働いて数年

役に立っていてなんでもするつもりだが、やはり目立って活躍できる場所に焦がれる気持ちもある

何より隊長の近くにあいつらが俺より近いのがムカつく

総合的能力なら負けない自信があるだけに悔しい

自分の能力が裏方で機能しやすいのは理解している

それぞれ適材適所

任された事を遵守して片付ける

それが俺の仕事で存在意義だ

それが空と在るための誓い

周りの目がない今隠す必要はねぇよな…


姿勢を正し気を高める

胸の前で手の平に拳を当てる

そのまま反対の動作で上下に反らし水平に腕を伸ばす

そのまま動作を続け今度は左手を開き

右手を上から下ろす

胸の前で左手の掌の上に右手の拳が乗る

右足を下げ身を捩りながら、左手を横に向けミノタウロスに構える

右手は腰の位置に置く

大きく息を吸って吐く


「来来!このスイウン様がてめぇに終幕へと導いてやるぜ」



ガアッ!!!

咆哮と共にミノタウロスは大木のような腕と肩で突進してきた

城壁でも砕けそうな迫力だ


しんと静まる

音が一瞬消えた

スゥ………

スイウンの深く静かな呼吸が聞こえた

目は閉じられている

湖畔の朝の静けさのような静寂が辺りを支配した

朝霧の中 一羽の鳥が羽ばたいた


「ハッ!」

静から動

対極の存在が反転する

〈震脚〉

刮目し踏み締めた地面が揺れる

その波動にミノタウロスの先ほどの凄まじい勢いは死んだ

〈空牙飛翔!〉

その時一閃の間

ミノタウロスの胴は貫かれていた

声もなく絶命した


前方に目にも止まらない速さで地面を蹴り上げ正拳突きをする構えの技

シンプルだが気を練り全身を巧みに操り

タイミングを合わせることによりバネのように作用して

攻撃する技だ

防いだものは少ない

大抵の者は己が死んだことに気付かず死ぬ

それほど強力な技

初めてあの方に教わった技だ

この技だけは素手なら誰にも負けない自信がある

無我夢中で独学で学んだものを組み上げ使えるものまでにするのはとてつもなく大変だった

師にも心配されたが、周りの強者達に負けない為に全てを賭けて挑んできた

誰にも負けない

人からお前は雑だとか真面目じゃないとか散々揶揄われたが好きなだけ油断していればいい

あの方さえ見てくださればそれでいい

仲間すら殺してみせる

心の奥深くに隠した刃は常に研がれている


久しぶりに技を使ったからつい回想してしまったな

手を払い力を抜く

後ろで動かなくなったミノタウロスを見る


……


さすがに死んだよな?


自分でもフラグ立てちまってね?

と思ったがその通りになった

傷口から黒い煙が溢れ出してミノタウロスを包む

そして暫くするとまた完全復活のミノタウロスがそこにいた


「まじかよー!なんかショックだぜまじ。いや、一回殺したから俺が弱いって訳じゃねぇよなありえないもんな」

一人で言い訳らしき事を呟きながら見ていた


振り返ったミノタウロスが呻き声を出しながら睨んでくる


「お前さん、苦しいのか?」

答えは返ってこない



………


「安心しな。ちゃんと今度こそ殺してやる」

構える

次は形も残さず壊す

殺意と憐憫の気持ちを込めて拳を握る


スゥ………


呼吸を深める

全てを原初に帰す

大全の構え


その場で踊るように回転する

右手は空へ

左手は地へ

右足を伸ばし地面をなぞるように線を引く

左足は中心点として留める

最初の構えと反対の構えをとる

右手は地へ

左手は空へ

右足を中心にし

左足を伸ばし踵を地面につけ敵の前に向ける


「死への手向だ。痛くねぇように頑張ってやるからな」

静の中で慈愛を込めて言う

本心だった

自然と一体化するこの技法は全てを推し量る

黒いミノタウロスは絶望と苦しみと痛み

そして大きな悲しみで出来ている

死を救済なんてくだらないと思うが

今はそれが最善だと思う

俺には他に救える手段がない

すまねぇな

心の中で詫びる

全と一

根本的にどうしようもないのだ

外側はいくらでも繕えるが

中身は一つしか見れない自分に呆れる

だからこそ礼を尽くして対応する

人として生まれ変わったとき俺の世界は

色がついた

この名前と共に




横に薙ぎ払われた巨斧が迫る

それを蹴りで砕いた

その衝撃でミノタウロスはよろめいた

全身が薄い雲のような光に包まれている

姿が消える

一瞬でミノタウロスの眼前に立つ

掲げた両手を静かに下ろし

胸の前で手のひらを合わせる

「全天・八局式=雲外蒼天」

無音の中

ゆっくりとした動作で両手をミノタウロスの腹に当てた


「あの世で安らかに眠り給え」


全身の気を解き放つ

白い光がミノタウロスを消しとばした



……


「ふぅ、倒したな。しんど」


大袈裟な技を使ってしまったが一瞬で消すにはこれが一番痛くないだろうという配慮でもあった





橋はミノタウロスが暴れた所のみ破損していたが

全体的強度には問題がなさそうだ

……先ほどの禍々しい花はなんだ?

呪術的反応は感じたが、意志を持って襲い掛かるなんて聞いたことがない

術式に組み込んであるのかと思ったがあれは触媒に近しいものだ

遠隔操作でも組み込まれていたのか条件下で発動がはわからないがこの異変の原因の一端だとはわかった


「おいあんた、すげぇな。倒しちまうなんて」

逃げていたリーダーの男が戻ってきていた

あのままトンズラするかと思っていたけどそうではないらしい

一応マーキングしていたから後で回収する予定だった

「別に。結局は殺すしかなかったからな」


「いや、俺らはならず者でどこに行ってもよそ者で、そんな俺たちは頭に拾われた。その恩で今まで何とかやってきたが、流石にこれは酷すぎる」

悔しそうに歯噛みしながら言う


「恩があっから何でも言う事を聞くってのはまずいんじゃねーの。お前が決めた事なら責任もお前にある。他人を言い訳にすんな。境遇には同情するがやった事には変わりはねぇ。精々捕まって反省して生きるこったな。行くとこ」ーなら仕事ぐらい紹介してやるよ」

胸ポケットから一枚の紙を取り出し、簡単に文字を書く

それを手渡した


「あ、ありがとう。俺なんかのために、あんたみてぇな人に先に出会えてたらなんてな。へへっ、俺は村の警備隊に行くよ。また会えたら酒でも奢らせてくれ」


「…俺はされた事を返したかっただけさ。出会いは選べねぇがこの先はお前の自由だ。頑張れよ」

そう言って奴の背を叩いた

手を振りながら去っていった


…!




禍々しい気が肌を撫でた

気持ちが悪い気配に身の毛がよだつ


なんだよこの気配?!高位魔族でも召喚しやがったのか?

にしても禍々しい

まるで呪詛だ

呪詛?

先程倒した奴も魔術や召喚というよりは

呪詛の気配が濃かった

同じ呪詛系も会得している俺には感じられた

俺のとこに出たなら、あっち側にも同じ奴が出たのかもしれない

いやそれ以上だなこれは

焦りを感じた

ヴァルツがいてもどうなるかまだわからない

たしかに才能と素質は素晴らしかった

ムカつくが俺よりもな

だが、経験と覚悟そして大切な要因が欠けていた

死ぬかもしれないな

と予測した

ヴァルツなら逃げ切れるかもしれない

だがきっと奴はスノーがいては引かないだろうな

そう確信する

惚れた奴の前では男は背を向けて逃げるなんて死ぬより恥ずかしいこともある

スノーは気にしないだろうが男の意地だ

己の経験が思い出される

師もきっとあの時、こんな気持ちだったのかと考えた


空に強い赤い光が見えた

合図だ

俺は気を練り本気で地を駆けた

雲にだって流されるだけじゃない

空を覆う事だってできるのだから



普段音を殺しながら密かに狩る卓越した技術を持っているスイウンが

己の誓いと使命のため

地面が吹き飛ぶほどの速さでヴァルツ達の元へ走っていった









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