第3話






ひどく寒い



暗くて寒い



いやだ


誰か


誰かここはいやだ暗い………寒い




誰か……助けてくれ





手を伸ばす 暗闇の中で

空っぽの闇は暗くて寒い

手は何も掴めずただ虚しく足掻く



「頼む、……助けてくれ」


そう思った時温かいものに触れた気がした

驚いた俺は咄嗟に掴もうと両手を伸ばし全身で掴もうとする

それは柔らかな光だった




……………グヘッ!?




頭に鋭い痛みが走る

「い、いってぇ、何がうぅ、全身が痛ゴホッグッ……」

目を開けたが目が痛むし霞む

痛みが意識を覚醒させるが喉もやられている様だ


「ぐぅ……な、なんなんだぁ」

ようやく目が慣れると眼前に鼻が触れそうな距離に

顔があった


!?!


声にならない叫びが出た

それと同時に驚く事に

とても美しい金色の瞳に心を奪われた



そして見惚れていると相手は浅いため息を吐くと


「…おはよう、はじめまして」



とても綺麗な笑顔でそう言われた


「お、おはようございます。はじめまして」

まだ脳が処理しきれてはないが挨拶は大事だ

ちゃんと返そう



「………それで君、」


「は、はい」



「いい加減離してくれないかな?苦しいんだが」


「え!?」

苦しいだとそれはいけない!!何がこの人を苦しませているんだ!

そう思って見るとその張本人は俺だった

寝転んでいる俺が腰と肩を抱き寄せピッタリと体にくっつけてさせていた

そのせいで相手は覆い被さる様な体勢を余儀なくされたようだ

し、しかも俺裸だし!?





「す、すすすすすまない!!?!」

勢いよく解放する

その瞬間また痛みが走るが気にしてはいれない

自分でも顔が熱くなるのがわかる。俺はひどく動揺していた


「いや、かまわんよ。君は魘されてたようだし気にしないさ。ほら、これを飲みなさい」

そう言って美人な人は木の器に入った水をくれた

「あ、ありがとう」

その水はちょうどよく冷えていて喉を潤してくれる

一気に飲みをしてしまった

「よく冷えて美味しいだろう。朝汲んだ水だ。うん、水がそんなに飲めるなら大丈夫そうだな。朝食の前に薬と包帯をつけ直すから服を着て待ってなよ」

離れてしまう姿に一抹の寂しさを感じる

俺は何を思ってるんだ

ベッドの隣に綺麗に畳まれた服が置いてある

それを急いで背を向けて着た

み、見られたのか……




淡い緑の鞄から薬の瓶と包帯、当て布を出し処置を施した

「うーん、まぁだいぶ良くはなってきたな。まだ痛むだろうが我慢してくれ」


「すまない、とても助かるよいててッ」

俺の反応に相手が僅かに笑う

か、かわいい



「額の傷はほぼ治っているな湿布にしとこう。腕と脚、腹は出血は治っているがまだ安静にした方がいい。これなら数日で普段通りになるだろう」

テキパキと処置をしてくれる


「………君はすごいな。手際がいいし医術士なのか」


「そんな大層なものじゃないさ。ちょっとばかし薬学と怪我の処置ができるだけさ。あとは道具のおかげ。商売人が扱えなきゃ客が困るだろうしね」


「商売人?商人なのかあなたは。その若さですごいな。若いのに立派じゃないか」


「おだてても何も出ないよ。それにそんなに若くもない」


「え!?失礼を承知で……あ、俺は十八だ」


「へぇー、一緒だな」

クルクルと包帯を巻き終え片付けながら言った

「えぇ!?同い年!」


ギロッと睨まれる

「お子様にでも見えたのかね。確かに君よりはだいぶ背は小さいが」


「い、いやそんなつもりは。ごめん不躾だった」


「ふふっ気にしてないさ慣れてる。真面目なんだな君は」



また笑った………可憐だ

「ん、顔が赤いなぁ。熱は二日前にだいぶ下がったはずだが……」


「んんなななな!?だ、大丈夫だ!年若い女性がそ、そんなに気軽に触れてはいけない!もちろん嫌とかじゃなくて!!医療行為なのはわかるがお、俺も騎士だが男だ、そんな美しい顔を近づけてはならな、いや嫌とかじゃなくて!!ま、ままだお付き合いもしてないのに俺は誠実なお付き合いから」


俺の両頬に柔らかく熱った顔を冷やす温もりの両手で支えられ、額同士を合わせてきた

その際微かに鼻先が触れ陽に煌めく髪が揺れた

どこか眠たそうな目に金色の瞳が美しく引き込まれた


「?……何を言ってるんだ落ち着きなよ。ただ熱を測っただけじゃないか。君がロマンチストなのは分かったから、ふふ。それに、……いや、褒めているのかわからないが俺は男だ」



「え?」


おとこ?おとこのこ?

男でこんなに美しいのか……

兄様や騎士貴族には美男美男子は多くいたが

こんな可憐で麗しい人は初めてだった

そして慌てて情けない俺にたいして、どこかおかしそうに落ち着いた様子で笑みを浮かべる

その様子に胸が高鳴った


「さて、お腹が空いただろう今用意するよ。そこで待っていたまへ」

部屋の調理場へ向かうのだろう

後ろ姿も青い外套から見ても線が細く

後ろに結ってある髪が光に反射して青白く光る

……………綺麗だ





ヴァルツ・ゼンクォルツ十八歳

初恋を自覚した朝である





ん?二日?



「俺に何があったんだ!?」


その大声にチラリと調理場から彼が見たが

視線を戻し野菜か何かを切る音がした








「簡単なものだが、どうぞ召し上がれー」

気の抜けた声で食事を用意してくれた


食卓には柔らかく赤ワインで煮た干し肉と、乾物とソーセージと煮たスープ。そして赤いトマトが入ったナッツ入りドレッシングがかかったサラダと冷えたハーブティー

そしてパンと俺には麦をミルクで煮たものが並べられていた


「美味しそうだ!」

その瞬間腹の音が鳴り恥ずかしくなる

彼はそれには反応せずお手拭きを渡してくれた

「口に合えばいいが、よかったら食べてくれたまへ。胃が弱ってるからゆっくり食べなよ」


「モグモグッ!?うまい!!ゲホッ!」

口に広がる旨味に感動し勢いよく咀嚼したが咽せってしまった

彼は呆れている

お茶を手渡された

「す、すまないとても美味しくて。君の手料理はとてつもなく美味しいよ!!絶品だ!毎日食べたい!」

朝から恥ずかしい姿しか見せてないな

つい本心だが褒めちぎる


「あっそうかい。ただ切って煮込んで千切っただけなんだけどね。君は体が大きいし騎士なんだろう?大きく育つためにたくさん、焦らずゆっくり食べてくれ」


モグモグ……ゴクン


「本当に美味しいよ。それとよければあなたの名前を教えてはくれないか?命の恩人のようだし、俺はヴァルツ……ヴァルツと呼んでくれ」

ついフルネームを告げるのをやめた

命の恩人だが相手の素性はわからない

善人なのは明らかだが

それより身分を明かして彼には色眼鏡で見られたくはなかった

「僕はスノー、旅商人のスノーだ」


スノーか、なんて響きが良くお似合いの名だ


「旅をしながら商売をしているって言ってたな。それは大変だったろうな。スノー一人で旅をしているのか?」


「そりゃ大変だよ。山を越え谷を越え、野獣に魔獣に盗賊に異文化の地元民だ。前なんか村に寄ったら山神の巫女だとかで囲われたから急いで逃げたんだ。その前も薬草を集めていたら魔猪の群れに出会って逃げた先にブタモグラの巣で酷い目にあった」


「それは大変だったようだね。怪我とかはしなかったのか?その時そばにいれたら守れたのに」


「旅に危険はつきものさ。君に守られなくても自分の身ぐらいは守れるさ」

パンをちぎりながらそう言った


「そうか。スノーは同い年ですごいしっかり者で凄いな!」


「そんなことはないさ。君だって手の皮はしっかりしてるし体も大きく綺麗に筋肉がついている、日々鍛錬してるのだろう?」

そういえば裸を見られていたのか

やはり男同士であってもスノー相手だと恥ずかしく感じる



「鍛錬はこなしているよ。騎士としてより高みへ望み国と民のために尽力できるよう頑張りたいんだ」


「へぇー、志が高いんだね。君こそ人助けをして勇む精神は誇れるものだ。あまり自分をいじめないよう休む事を、するんだよ」


「あ、ああ。ありがとうその言葉を嬉しく思う」

自分を知っているものたちにお前は頑張りすぎだと力を抜けと声をかけられるが

俺の素性も知らず心配りをしてくれて褒めて心配してくれる真摯な言葉に心が温かくなる



「ふふ、騎士様お口が緩んでおりますよ」

揶揄うような声音で近づき

親指のはらで俺の口端についたミルク麦粥の汁を拭う


「あ、ありがとう」

自分でも顔が赤くなっているのがわかる

それにもスノーは意に介さず告げる


「それでご自分の状況、気になってたんじゃないのかな?」



そうだ!つい衝撃の連続と素敵な人物との出会い

そして幸せな朝食を堪能してて忘れていた


「そ、そうだったな!お礼が遅れていたすまない。スノーが助けてくれたんだろ。心から感謝するよ。それで教えてくれないか?」


「いいとも、それじゃあテーブルを片付けてお茶を淹れようかな」

何か手伝おうと立ち上がろうとしたが、手で制された

なんてできた嫁だ

あ、違った




白く青い植物が描かれた綺麗なティーカップにガラスのポットからお茶を注いでくれる

中には茶葉と花だろうか白い花びらが入っている

それと果物が入った小さなパンとドライフルーツが並べられていた


「いただきます。…!!このお茶はなんだ!凄くいい香りがするな」


「とっておきのお茶だよ。中の白い花が香り付けしているんだ。短い時期しか取れない花でこの地域の特産品さ」

スノーは自分の分のお茶を淹れ香りを楽しんでいる

ずっと眠たそうな目をしていたが香りが好きらしくほころんでいた


その顔を目に焼き付けるように見つめてしまう


「それで話だったね。ヴァルツ、君は三日間寝込んでいた。俺が山中からこの山小屋まで向かう途中川に寄ったんだが、川中で涼んでいたら君が流れてきたんだ。ふふあの時はとても驚いたよ」


「み、三日もか。それで川から流れてきた俺を見つけて運んでくれたんだな。本当に君は命の恩人じゃないか。大変だったろう」

そんなに寝込んでいたのか

騎士団の仲間はどうなっただろうか

竜はあの時死滅しただろうがあの爆発で味方の安否が気になる


「まぁね。身体中怪我しているし、ひどく冷えていたから心配で…君は運が良かったようだね。重かったが相棒に任せて運んだよ。君の荷物は一応まとめておいたから確認しておくれ」


「ああとても助かる。戻ったらぜひお礼をさせてくれむしろしたいんだ!えっと相棒?スノー、君は一人旅だと聞いた気が……」

なぜか相棒という言葉に胸がざわつく


「後で感謝して褒めてやってくれ。ひどく拗ねて怒っていて面倒だったよ」


「そ、それは手間をかけさせてしまった。それでその彼はどこに?」


「んー?外の小屋で草を齧っているよ。怪我がもっと良くなったらブラッシングしてやってくれたまえ」


草?ブラッシング?

その時小窓から白い動物が見えた

白馬か

なんだかとても安心した


「ああぜひともやらせてくれ!!何万回だって磨くとも!!」


「……はげてしまうからそんなにはやめてあげてくれ」


つい力んで言ってしまった


「それでここに運んでから脱がして治療して温めて寝た。起きないからたまに水を飲ませて拭いたり貼り替えたり温めたり脱がしたりかな。あとは雑事だ」


えぇ!?

「えぇ!?ぬ、ぬ脱がすの多くないか?いやスノーになら全然構わないが迷惑をかけたみたいだな。温めるって?」



菓子パンをモグモグとしながらスノーはなんてないという感じで言う

「あーそれねー。服は濡れてたし布しかなかったから、失血しているし、体を温めないと危険だからね。眠かったし。だから添い寝したよ。ヴァルツずっと離してくれないから朝が大変だったよこの三日間」

なんてことない風にいうスノー

お茶を品良く溜飲する


「そっ、そ、それは申し訳ないことをしたのです!恐縮しております!」

驚愕の事実に言葉がおかしくなる

俺には刺激が強い


それからは簡単な起きた出来事と他愛無い雑談をした

スノーは片付けと馬の世話、近場の探索をするといい

ついて行きたい何かできることはないかと迫ったが

怪我人は休めと怒られた

なんてできた人なんだと感動する

世話になりっぱなしで申し訳なくなる



スノーが留守中ベッドを軽く掃除し俺の所持品を確認する

鎧は傷が目立つが無事だ

剣は………流されてしまったのかわからないが無い

そういえばネックレスが首に下がっていた

これは神聖なもので神に祝福されているという

ファルセ魔鉱石を加工し魔力を込め加護を込めた有逸無二の首飾りだ

石が魔力を失い透明だ

普段は自分の魔力で瑠璃色だがあの時効力を発揮して力を失ったのだろう

また込めなければな


国は、仲間たちはどうしているだろうか

兄と父上たちがいる国は滞りがないだろう

竜は討伐できたのだから後始末さえすれば平和なはずだ

あとはロイたち部下の安否が気になる

自分は恵まれていて一命を取り留めスノーと出会えた

自分の人生になかった心穏やかで温かい時間を過ごせた

だが早く国に戻り立て直さなければ

きっと主力の騎士団も戻っているだろうし

俺の騎士団も無事であってほしい

ロイたちなら大丈夫だとおもうが…


スノーはこれからどうするのだろうか

ぜひともこのお礼を全身全霊で返したい

なによりこの出逢えた奇跡を失いたくない

商人と言っていたな…

なら我が国に来てくれば貢献できるだろう

身分はバレてしまうかもしれないが

それを利用して長く滞在していってもらいたい

俺の人生に人並みの楽しみができた

ああ、これが人生の春というやつか!!

見ていてくれロイ!兄様!ヴァルツはいま春を謳歌しております!


と内心一人で盛り上がっていたところを

小窓から白馬が軽蔑した目で見下ろしていた











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