第2話



一日前の話






「ヴァルツ!ヴァルツ待ちなさい!」

明るい日差しが照らす豪奢な廊下で普段は穏やかな諭すような声音で話す男性が声に焦ったような声音で名の主を呼び止める


「ヴァージル兄様、止めないでください。騎士として行かねばならないのです」


「だがお前はこの国の王子だろう。普段の任務ならわかるが、此度は竜討伐。あまりに危険だ」


「王子であろうと国のため民のため、身を捧げ戦うのが騎士です。任務を選ぶなどできません。何より民が苦しんでいるのです!」


「わかっているとも。だが先の国境防衛で主力が少ない。竜となれば上級騎士と魔術師の団で準備をして討伐に赴くものだ。それをいくら天才児のお前でも…、城から出せる人員だけではあまりにも危険なのだ。それにお前は王子なのだ。お前の身に何かあったら…」


「……無謀な賭けなのは理解しております。だが今も国民が苦しんでいる。騎士ならば助けにゆかねばなりません!そして、そこに身分は関係ないと…第一王子であられるヴァージル兄様がいれば国は大丈夫です」


「そんなことを言ってはダメだ!ヴァルツお前は何を焦っているんだ。身分だけではなく努力して己の才を磨き。その歳で精鋭騎士までなったんだ。いつかは己の団だけではなく全ての騎士団を率いることになるだろう。だから今は焦らなくとも」


「焦ってなどおりません!兄様のお言葉は嬉しく思います。ですがだからこそ近世の状況もあり他国に示さねばなりせん。我が国は弱ってはいないと竜ごとき倒せると……では失礼致します兄様」


「ヴァルツ!!」


呼び声も虚しく

名を呼ばれたこの国の第二王子ヴァルツ・ゼンクォルツは

振り返らず戦場へと赴いたのであった



国境を抜け早馬で駆ける

一日かけて近隣の町近くの竜が出たという山に向かったのだ


「全隊休め!半刻のうちに地理の確認と作戦の確認をする!各自装備の再確認と回復薬の受け取りを忘れるな!」


ハイッ!

一同が声を発する

全員で十二人程だ

自分と同じ同輩で切磋琢磨した仲間だ

身分差で差別するわけでもなく共に学び友好関係を築いてきた

死地になるかもしれないのに、一声かけたら着いてきてくれた


「ヴァルツ騎士団長、準備整いました。竜はこの先で今は進行せず止まっている様子です。その過程で、一村が壊滅しました。村民は半数が避難しており街へ向かったそうです」


「そうか。これ以上被害を増やしてなるものか……。では向かおう。対象を見つけたら作戦通り精鋭騎士が前衛で他各名が支援及び遊撃をする」

鎧を着た馬に乗り山道を駆ける

「了解しました」


……

「どうした?まだ何かあるかのかロイ」


「いえいえ王子、初の大物で緊張してるんですよ。だって新設された我らの初仕事が竜討伐ですよ?滾るものですね」


「そうだな。……お前たちを巻き込んでしまって、すまないと思っているよ。いや、騎士としてはするべきことなのだがな、それでも大役だ。とても危険なことをさせてしまっている」


「……ヴァルツ、そう自分を責めるな。皆分かってついてきている。信頼しているだお前を」


「そうか、なら嬉しいな。仲間の命を背負う覚悟はしているつもりだ。だがこれが正しい事だとしても、失う怖さは拭えないな」


「命を失うことの恐れはある。誰だってそうだ。俺らだって人間なんだ。精鋭騎士である俺らが今頑張るしかないだろう。お前の兄さんだってちゃんとわかってくれるさ」


「わ、わかっているさ!そうじゃないんだ。俺自身の問題だ。知恵と権謀で国を支える兄様と並ぶには武勇で示すしかない。それは俺の問題だ。だから、お前たちに俺の道連れにはしたくないんだ」


「ヴァルツ、お前は十分すごいじゃないか。齢十八で騎士団団長を任されたんだ実力で、それに俺らは好きでお前に着いてきたんだ」


「それでもまだ何も成していない。しかも初戦が国の主戦力でも被害が大きい竜。それを十二人で討伐だ」


「危険なのは百も承知だ。それに今回は国宝の剣と鎧がある!それを身に備えた我が団長殿は天下無双だ!」


「ははっ、ロイは煽てるのが上手いな。これらに見合うかまだわからないが、全力で挑むよ国のため、着いてきてくれた皆のために」


「その調子だな!俺たちだって選ばれた精鋭騎士団だ任せろ」


「ああ、頼んだよロイ。交戦時指示は任せる俺は竜に集中したいからな」

「了解しました隊長!」


「いい幼馴染を持ったものだな、死ぬなよロイ」


「……お前もだヴァルツ、俺たちはこれからなんだ」


返答はしなかった

馬がかける音が響く道中、皆これから死地に向かうのだ

張り詰めた表情で目先を睨む





それは大きな竜だった

幼体から成長したばかりなのだろうか艶やかな鱗に

赤い色が映えている

金色の瞳がこちらに気付き鋭く睨みつけてきた


「作戦を開始する!全隊各自行動にうつれ!!」

ヴァルツの声に早く部隊が動く

先陣に立ち真っ直ぐに竜へと突き進んだ

その後ろにロイが追従し他四人が僅か後方に付き従う

さらに半数は後方支援として武器や道具を構える


竜はヴァルツたち騎士に轟く声をあげると

赤い翼で風をおこし叩きつけるように羽ばたく

前衛は腰を低くし飛ばされないように耐える

後衛は魔法の詠唱で待機し、その半数は爆薬がつけられた矢を放つ

それが着弾しあたりは爆炎に包まれた

グゥルルグガァアア!!

雄叫びと共に辺りの空気が吹き飛ばされる

「くっ、やはりダメージは少ないか。後衛詠唱以外は発動まで耐えろ!他は俺に続け!」

竜が素早く近づいてくるヴァルツに気付き掠るだけで致命傷の爪を眼前まで突きつけた

ハァッ!

鞘から抜いた剣から眩い光を放つ

それを竜の爪ごと手を切り裂く

ギャアアォオ!!

竜は驚きと痛みに叫びながら下がる

そして声を発するのをやめ、口から魔法陣が現れた

「総員警戒!防御態勢!」

ヴァルツの怒声に各員が態勢をとる

一面が灼熱の赤に染まった

竜が発動した上位生命体ができるという種族魔法…

それが火炎ブレスとなり一瞬であたりを焼き尽くした

だがヴァルツの判断と日々鍛錬に励んでいる彼らは速やかに反応し防御魔術を展開した

装備品の一つ火除けの加護の魔石飾りが役にも立っている


「ヴァルツ団長!!大丈夫か!こちらは影響なし!」


「無事だ!次までは発動時間がかかるだろう。畳み掛ける援護を!」


「わかった!拘束、支援魔法同時展開せよ!前衛は隊長の援護だ!」

ロイの指示により部隊が動く

竜の足元に魔法陣が浮かびそこから光を帯びた木が竜にまとわりつく

ヴァルツにも支援魔法により耐性と肉体強化で動きが俊敏になった

竜の尾が大木のような太さで暴れる

前衛の隊員が数人掛かりで対応する

ヴァルツは仲間たちの奮闘に応えようと

聖剣に魔力と祈りを捧げた

「我が祈りを力とし道を切り開く!聖剣よこたえよ!」

光が収束し剣が輝きを増す

竜は生存本能なのかより暴れだした

「もって三分です!!」

詠唱し魔術を発動している隊員が苦しそうに告げる

本来魔術を専門にしている魔術師部隊ではないのだ

相当な負担を課している


竜は翼を動かし近づいてきたヴァルツを噛み砕こうとする

後方から光が衝突し怯む竜

それは馬に乗ったロイが魔法を付加した矢で攻撃したからだった

「竜よ!トドメだ!」

聖剣を竜の腹に突き立てる

声にならない叫びを出し竜は倒れた


やったぞぉ!!さすが騎士団長だ!!

倒したことにより部下たちが喝采を上げる

「やったなヴァルツ団長!ほんとに倒せるとは、まさに英雄じゃないか」


「やめてくれロイ。騎士たち全員の手柄だ。さっきの矢は助かったよ。さて被害状況の確認だ」

最前線で戦っていたヴァルツは周りを見渡す

あたりは薙ぎ倒された木や岩があり地面は黒く焦げている

前衛の隊員はそれぞれ大小なり怪我をしている

支援魔法や装備品による防御がなければ死んでいただろう

後衛は魔術維持により疲弊し何名かは倒れている

魔術を使っていなかったものも王都から持ってきた様々な物資を使い頑張っていた様子だ

「みな、よく頑張ってくれた!誰一人欠けず竜を討伐できたのは全員が全力で戦ってくれたからだ!国の精鋭騎士として一国民としても誇らしく思う」

この言葉を聞きみな涙を浮かべたり嬉しさを滲ませている様子だった

「もちろん団長こそ立役者ですよ!一番危険な最前線で竜相手に一歩も引いてませんでしたよね!凄すぎる」

「ほんとだよな!いくら聖剣があるからってあの動きは神業だったな」

「くそぉ!国の最優騎士じゃなかったら扱えないもんなぁ聖剣。使ってみてぇ」

「おいおい、不純な動機だなぁお前。ヴァルツ団長みたいに文武両道才色兼備じゃなければな聖剣もお断りじゃねぇか?」

「う、うるせぇな!夢みるぐらい、いいだろうが!」

「おう、はやく夢から覚めるといいな」

あはははっ

笑い声が響く

死線をぬけてみな安心した様子だ

そりゃそうだろう全滅の方が明らかに現実的な結末だった

戦闘が始まってすでに五時間…

着くまで半日はかかっている


「各自半刻ほど休んだのち国へ戻る!撤収準備もしとくように」

「ハイッ!」

各々が動き出す

ヴァルツは今し方倒した竜の元に近寄った

……

「国に帰ったら祭り騒ぎだろうなヴァルツ。はやく美味い飯と暖かいベッドで眠りたいぜ」

後ろから近付いてきたロイが声をかける

「そうだな、最近は近隣国とのいざこざでどこか張り詰めていたし、すこしでも貢献できたらいいな」

王都ゼンクォルツは大国だ。その分近隣諸国と諍いが多く小国同士の争いや政治事に巻き込まれる

王である父上や兄様は国のため活躍している

俺も役立つため今まで努力を重ね研鑽してきた

だが、やはり民から賢人と謳われる兄と違い

武力でしか貢献できない今の俺ではまだまだ兄様の右腕になるには先が遠かった

異母兄弟の兄は美しい金色の髪と王家代々の血筋に出る

エメラルドの様な瞳の色をしている

自分は赤みがかったブロンドで瞳は暗い青だ

別に見目には気にしてはいないがやはり兄たちの隣に立つのなら見た目で偏見を持たれたくはない


「戻ったら報告書作んなきゃなー、せめて期限延ばしてほしいぜ。今夜は国一番の店で宴だないいだろ団長殿」

肩に腕を乗せながらロイが言う

きっと気を遣っているのだろう身分を介せず対等に接してくれるお調子者なところのある親友だ

「仕方ないなぁロイ。代わりに期限一秒でも過ぎたら一ヶ月トイレ掃除だからな。皆頑張ってくれたから今夜は奢ってやるとも」

おぉ!まじですか王子殿下!

などと軽口をいうこんな時だけ王子扱いだ

つい笑みを浮かべ気を緩める


それが致命的だった




グァアアアアアァァアアッ!!!



ッ!?

咄嗟に肩を組まれていたロイを突き飛ばす

「全員離れろ!!」

すぐさま指示を出し剣を構える

一同気を緩めいたところに緊急の命令

すぐさま武器を取り距離を離す団員達

近付いてはかえって主力のヴァルツの邪魔にしかならない

「気をつけろヴァルツ!!」

「わかっている!ッ!?防御陣営!!」

血を轟かす咆哮のあと辺りが赤く染まる

それは一面が魔法陣に囲まれるほど巨大な魔法

こいつ、怒りで我を忘れている!

自滅しても全てを焼き払う気か!


くッ……

このままでは全滅だ、この魔法陣の規模だと辺りの街まで被害が及ぶ

全魔力を込め聖剣をかざす

「頼む聖剣よ!!威光を示し我らに天の加護を与えん」

聖剣を介した魔術を発動させる

正直一か八かだ。この魔法は使ったことがなく全魔力を引き換えに広範囲を守護する結界魔法を発動させる…

だが俺はまだ未熟で聖剣を使いこなせていない

だが甘えたことは言ってられない。

やらなければ

全てが灰燼とかす

ここで死ぬかもしれないが……守れるなら


聖剣から発せられた光が、竜が自滅するほどの爆炎を包む


あたりは光に包まれた





光が収まり激しい音も収まった

「うぅっ、…………なにが」

あたりはひどい有様だった

爆心地には今も煙に包まれているが地面は抉られまだ赤く熱を持っているのか熱気を感じられた

巻き込まれた馬が一瞬で黒焦げになったのが先程うかがえた


「ヴァルツ!ヴァルツ!!大丈夫なのか返事をしてくれ!」

返答はなかった

クソッ!!

ロイは省略詠唱で風魔法で辺りの煙を払う



「ヴァルツ!!……ッ返事をしてくれ!!」




そこには丸く抉られた地面の中央に

刺さった聖剣だけが残されていた





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