ロボットたちの冬

 広場。

 タックは、なにかを作っていた。

 それがなんだかは、自分でもわからない。

 なにかの部品みたいだな。不思議なもんだなぁ。全くでたらめなモノを作ろうとしてるのに、どことなく意味ありげなものに仕上がっていく。

 タックはロボット。正確には、タック四型10885。家事専門だった。

 隣ではコウ二型が、やはりわけのわからないものを作ろうとしている。コウだけじゃない。すべてのロボットが、今、全く意味のないものを作ろうとして頑張ってる。

 やけに冷たい風が、吹き抜けていく。まだ秋の初めだというのに。

 しかし、地球は今、氷河期に向かっている。冷たくて当然。

 もちろんロボットが寒いと感じるわけではない。寒いと思う者は、もう地球上には存在しない。生命は死に絶えてしまったのだから……


 一週間前。

 高層マンションの一室。

「おーい、タック。花に水、やっといてくれよぅ」

 と、だんなさん。

「はい」

 バルコニーの花に、水をやりながら、タックはちょっと寂しくなる。なんだか今年はやけに育ちが悪いなぁ。なんでもここ数年、段々気温が下がってきてるらしい。きっとそのせいなんだろうけど。

 そういえば、奥さん、このところ「うーっ、さむい寒い。あたし冷え性なのよねぇ。ねえェタック。いい装置ないかしらね」って、口癖になってる。

 でもやだな。うまく育たなくて、ろくな花がつかなかったら、みんながっかり。困ったな。なんとかならないものかなぁ。

 陽の光も、去年より弱いみたいだ。なんとか輝きを取り戻してほしいんだけど……

 と、その時。

 閃光に街が包まれた。すべてを焼きつくす、光の本流。

 何。どうしたんだ。

 続けて、二度、三度と閃光が。

 街は急に騒然となった。叫び。車の激突。爆発。遠くで、建物が崩れる音。様々な音の大洪水。

 でも、それもわずかな間だけだった。

 あとはただ、静寂……

 車の音も、人の声も。何も聞こえない。何も。

 タックはふり向いた。

 さっきまで、車のおもちゃで遊んでいた坊やも、楽しげに語りあっていた若い旦那さんも奥さんも、その場に突っ伏していた。

 まさか……。タックは坊やの手をとる。

「生きてない……」

 三人ともだった。一瞬のうちに、みんな死んでしまった。なんということ。タックは呆然となる。

 口数は少ないけど、思いやりのあるだんなさん。ちょっと怒りっぽいところがタマにキズの陽気な奥さん。いたずらをしてみたくってしょうがない、やんちゃな坊ちゃん。つい今まで、タックは家族の一員だった。みんなが可愛がってくれた。

 タックも、みんなのために一所懸命働いた。働くことで、みんなが少しでも喜んでくれれば、それが無上の喜び。みんなが満足してくれることが、最高の満足。

 ぼくは、この人たちのために存在してるんだ。そう思うたびに、充実感でいっぱいだった。生きがいって、こういうことなんだろうな。

 でも、みんなもう死んでしまった……

 タックは、自分という存在が、崩壊していくのを感じていた。

 これからどうすればいいのか、全く思い浮かばなかった。いや、タックにとって、すべきことなど、もう存在しないのだ。

 タックはただ、立ちつくすだけ。

 部屋には何ひとつ動くものはない。外界の静寂が、この部屋にも押し寄せてくる。

 や、そうでもないぞ。

「大変だ。たいへんだぁっ」

 下の階で大声。マック一型だな。やつは、ひとり暮らしの老人のための型。下のおじいさん、耳が遠いもんで、マックもやたら声が大きくなってる。うるさくてしょうがない。

 マック一型は変わったロボットで、少々主人に突っかかったり、あれをしてくれとねだったりするらしい。タックにはとても信じられないが、ひとり暮らしの老人には、少しくらい反抗してくれた方が、息子でもいるような気になって、いいのかもしれない。

 あの様子だと、あのおじいさんも。こういう時は、仲間と一緒の方が気が楽だな。タックは下の階へ降りていった。

 と、そこには、隣の部屋のコウ二型もいた。いや、あっちの部屋からも、こっちからも続々と出てきて、大騒ぎ。みんな、どうしたらいいのか、途方に暮れている。

 わいわいやっているうちに、広場でロボットが集まっているらしいと聞き、わっと外に出た。いるわいるわ。身動きもろくにできないほど。

 みんな、口々に不安や疑問を発して。

 あの光は何だったんだろう。中性子爆弾とかいうやつじゃないか?いや、最近すごいのができたってうちの息子さんが云ってた。それだろう。意見が入り乱れる。

 なんせ、軍事関係の知識のあるロボットなど、ここにはいない。家庭用だけ。

 軍事用にしても、産業用でも、人間ではできない過酷な動作をするロボットはあっても、人工知能を必要とするものはほとんどない。頭の中身などろくにいらない。感情なんかいらない、コンピュータにつなげておけばいいのだ。

 あの光は、すべての国の軍事、行政、産業地区の上空で爆発したらしい。主だったサーバーほか、すべての施設と連絡ができなくなっている。警察などのロボットも機能停止。どうやら動くものは、家庭用……人間の友達としてのロボットしかいないようだ。

 もう、誰にも真相はわからない。残っているのは結果だけ。居住地区の建物の被害はわりと少ないが、かけがえのないものが、失われてしまった。人間をはじめ、犬や猫、鳥や魚、すべての生命が死に絶えてしまった。木や草でさえ。

 異変の原因については、みんなでとやかくやっているうちに、タックにも段々分かってきた。戦争だ。

 地球の寒冷化のおかげで、ここ数年、ひどい不作。いかに大国といえ、自然には勝てない。人口太陽での栽培量など、たかが知れてる。このまま温度が下がれば、ほとんどの人が飢え時ぬ。南の国や穀倉地帯を武力で占領するしかない。

 すべての国が、生死を賭けてにらみ合っていた。

 氷河期の地球が養っていける人間の数などごくわずか。どこかの国が暴挙に出、あっという間に皆殺し全面戦争になってしまったのだろう。

 が、いまとなっては、原因などどうでもいい。

「問題は、これからどうするか、だ」

 誰かがつぶやく。タックには、もうすべてがどうでもいいことのような気がするが。

 いずれにしろ、自分の判断で何かしたことなどない連中ばかり。とりたてて意見が出るはずもなく、みんな黙り込む。

 しばらくして、どこからか小さな声。

「墓はどうでしょう」

 はか……そうか、そうなんだ。なにはともあれ、まず、墓を作らなくちゃならなかったんだ。それが人間にしてあげられる、最期の事なんだ。ロボットの盲点。

 さあ、墓を作ろう。主人たちの墓を。

 異変以来、はじめて目的を得た彼らは、生き返ったように働きだした。地面の舗装をはがし、穴を掘り、石を切り出し……

 そして、四日後。すべての埋葬を終えた。仕事を成し遂げた満足感より、虚しさの方が大きかった。

 もう、地上には人間の姿すら消え失せてしまったのだ。すべては地下に。

 これから、どうしよう。またそのささやきが、あちこちで洩れる。どうしようったって……

 すると、マックの声。階下のおじいさんのところにいた、あの声の大きなロボット。

「どうしようったって、決まってるじゃないか。もう人間はいない。ぼくらが地球の主人になったんだ。今こそ、自由に行動する時じゃないか」

 その声の大きさが、万座を圧する。なんとなく、正統な意見のような気がする。でも

「でも、行動するって、何をすりゃいいんだ」

「なんでもいい、なにかを創り出すんだ。自分たちに役に立つものならなんでも。それができなきゃ、全く意味のないものでもいい。とにかく、自分で何かを産み出すんだ。

 一見意味のないものでも、創ることは大きな意味を持ってる。それは、ぼくらが人間の支配から解放された証拠なんだ。

 そして、そこからぼくらの未来は始まるんだ」

 正論のような。どうせこのままでは、なにもすることがない。ひとつ乗ってみよう。みんながそう思った。

 そして。すべてのロボットが、手の動くまま、気のままに何かを創りはじめた。


 タックは自分の創りあげたものを、首をひねって眺める。なにかの部品のようにしか見えないなあ。でたらめのはずなのに。その割に、何らかの信念が潜んでいるような気がする。

 ふと横を見ると、コウが、やはり部品のようなものを完成し、首を傾げている。

「ちょっとそれ、貸して」

 タックは二つを見比べ、そして、くっつけてみた。

 カチッ。二つの部品は、あらかじめそう設計してあったかのように、ぴたりと結合した。

 まわりもびっくり。どういうことなんだ。

 次々に、自分の創ったものにそれをつけてみる。どれもぴったり合って、無駄なものはひとつもない。

 やがて。すべての部品は結合し、巨大な機械が出現した。それがなんであるか、タックたちにはすぐ判った。

 ロボットたちの冬眠装置だった。ドームの中にこれを設置し、ロボットたちが自分のスイッチを切って横たわる。すると、この機械は、何億年でも何百億年でもロボットたちが故障したり風化するのを防いでくれるのだ。

 なんでこんなものをぼくらは作ったのか。その自問には、すぐ答えられる。

 地球上の微生物まですべてが死に絶えたわけではない。いずれはそれが繁殖し、進化していき、やがては動物、そして人間にまで到達するのではないだろうか。

 ぼくらは、冬眠をし、人間の現れる時まで待つのだ。たとえ何億、何百億年かかろうと。

 はは……。ぼくら、結局人間との絆を、断ち切れなかったなぁ。

 しかし、タックにはそれがとても誇らしい事のように思えるのだった。

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