……ツキ

「コン」

 ある旧家の屋敷。突然、ご隠居様がないた。目をつりあげ、四つ足になって、台所に走りだす。そして、アブラアゲにとびつき、ムシャムシャムシャ。

 下男がびっくりして声をかける。

「ご隠居様。いったいどうなされたのです」

 すると、ふりむいて一声。

「コン」

 その顔を見た下男、青くなった。

「た、たいへんだぁ。ご隠居様が、キツネつきになった」

 あわてて外にとびだす。

 すぐさま、住職と神主と医者が呼ばれてきたが……

「とても、手におえません」

 三人とも、同時に言った。こんなひどい状態、見たことがない。完全にキツネが入りこんでしまったよう。なおしようがない。


「ほんとにご隠居様にキツネの奴が入りこんだんなら、ご隠居様の魂はどこいったんだ」

「さあ」

 と、勝手口で下男たちが話していると、花売りがやってきた。

「花はいかがでしょう」

「だめだだめだ。今、うちはたいへんなんだ」

 と、その時、急に相手の態度がかわった。何かにとりつかれたよう。そして、自分の服を見て、

「なんじゃ、このボロは。わしにこんなものを着せる気か。上等な服をもってこい」と、背中をまげて、下男をにらみつける。

「なんだこいつ。ご隠居様そっくりなことを言いおって……な、なに」

 とびあがって、家の中にかけこむ。

「たいへんだあ。花売りにご隠居様が


 大都会の豪華な一室。大会社の社長同士が話しあっていた。

「……という条件で、わが社としては、あなたの会社と契約を結びたいのですが。いかがですかな」

 相手は一瞬、ふらっとする。そして、あわれな声で答えた。

「お花はどこにおきましょうか」


 いなか。悪童たちが盗んできたニワトリを、たき火であぶろうとしている。と、そのニワトリ、急にそっくりかえって、子供たちをにらみつける。

「なにをする、ガキども。わしを誰だと思っとるんだ。わしは……」

 そして、ちょっと首をひねる。


 国会。テレビカメラで議場は全国中継されている。

「大統領」

 との声に、大統領が立つ。

「……その問題につきましては、前向きに善処したいと……。……コケー。クワァ、クワァッ。コケーコッ……」

 突然、大統領は鳴きながら、手をバタバタさせ、議場内をところ狭しとあばれまわりはじめた。


 処刑場。

 十三階段の前で、急に死刑囚は立ちどまった。

「ここは、どこだ。国会ではないぞ。どうなっとるんだ」

 しかし、非情にも無理やり階段を昇らせられてしまう。

「なにをする、殺す気か。ばかな。助けてくれ」

 まわりは苦笑いをするだけ。

「今さら死刑を中止できるか。大統領の恩赦でもあるのならともかく……」


 半年後。

 ジャンボジェット機の中で、アナウンスがあった。

「乗客のみなさま。ただ今、機長がミミズつきになりました。副操縦士はすでにワニつきになっており、操縦は不可能です……」

 客席から、どよめき。

「ブヒー。ブヒー」

「ゴッホ、ゴッホ」

「ケロ、ケケロ、ケロ」

「ヒヒヒーン。ヒヒンヒン」


 精神病院で。

「ケケケケケ」

「ハイル・ヒットラー」

「余はナポレオンであるぞ」

 このようすを、病室の中から見ていた患者たちは、ため息をついて、

「やれやれ。これはなおりそうもない」


 どの国でもこういう状態。この大問題について、各国政府は頭をかかえ、国連総会が開かれた。

「……この現象は、いまだに全地球的な規模で広がっており、各国はパニックにおちいっております……」

 報告がなされている間も、各国代表はおかまいなしに鳴いている。

「ワオーン。ワン。ワワン」

「カァー。カァー。カァー」

「ニャーン、フミャーン。ニャンニャン。ニャーゴ」

「ミーン、ミーン、ミーン」

 ………


 あいかわらず、たまが他の生物にあたり、そのたまがはねとばされて、また別の生物にあたり……という現象は続いている。

「いやあ。お見事」

 サタンは拍手した。神が頭をかく。

「いや、それほどでも。こんなビリヤード、はじめてでして……。

 しかし、おもしろいですねえ、この遊び。こんな楽しいことを知らなかったなんて」

「そう言っていただけると、お教えしたかいがあったというものです。ふふふふ。

 さて、次は私の番だ」

 サタンは、ある人間に棒を向けると、いきおいよくたまをついた……

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