名前なんて知らなくても

第121話 捨てられた者のオープニングモノローグ・捨てぬ者のオープニングモノローグ


 絶望できる者が妬ましい。

 絶たれるまでは望みがあったのだから。


 恐れる者が羨ましい。

 平穏を知っているのだから。


 死者に憧れる。

 生きていたのだから。


 捨てられた、全て捨てられた。

 たった一つの願いの為に全てを捨てられた。


 捨てられる側の事など何一つかえりみない純粋な優しさによって。

 優しさの被害者は何を恨めば良い?


 世界か?

 それとも優しさそのものか?


 いや違う。

 優しさに救われた者を恨めばいいのだ。


 だからつまり、そうであるから私は君達の敵なのだ。


 *


 まずい、非常にまずい。

 エリカ・ソルンツァリは悩んでいた。


 全力で目を背けていたが、自室で一人になるとそれも限界だった。

 いやが上にも頭に浮かぶし、目を背けられない。


 彼女が来てしまう、光の巫女が、親友が、シン・ロングダガーの想い人が。

 この街へ、ヘカタイに来てしまう。


 いや、来ること自体は問題ないのだ、何一つ無いのだ。

 むしろ会えると言うなら嬉しいのだ。


 ただし。


「それはわたくしだけの話でしょう」


 エリカは自分がどんな顔をしているのか分からず頬を触って確かめてみる。


 何の感情も浮かべていない事にエリカは安堵した。

 これで笑顔でも浮かべていたら自分を許せない所であった。


 このままではシンが会ってしまうのだ。

 シンの想い人である光の巫女と、シンが会ってしまうのだ。


 エリカ・ソルンツァリの夫として。

 これはシンとしては最も避けたい事であるはずだ。

 一年の時間を捧げ、貴族としての真っ当な未来を捨て、それでもなお知己ちきを得る、ただそれだけを望んだ彼が。

 友人の夫として会う事になってしまう。


 光の巫女がヘカタイへ来る、その事を知っても態度が何一つ変わらなかったシンの心中を思うと、エリカは胸が痛んだ。

 理不尽を呪ったはずだ。


 シンであるならば――エリカは疑わなかった――、輝かしい未来が幾らでも手にできただろうシンが、それら全てを手放してでも得たかった物が、全く望まぬ形で手に入ってしまうのだ。

 いっそ全てを彼女に打ち明けてしまおうか?


 エリカは真剣にそれを検討したが、侯爵家の人間として受けた教育がそれを否定する。

 幾ら何でも問題が多すぎた。


 それでも何かしなければ、シンの為に何かしてあげたいと。

 エリカは背を上る正体不明の焦りにそう思う。


 そうでなければ、わたくしの好きな人が余りにも不憫ではないか。

 今の自分に出来ることなど非常に少ない事を理解しつつも、それでもエリカはそう決意した。


 手始めに指輪を諦める事になるだろう。

 仕方ない、仕方の無い事だ。


 シンの気持ちを知っている自分が、彼女の前にシンに贈られた指輪を手に会うなど。

 到底許される事ではない。


 エリカは再び自分の頬に手を伸ばした。

 頬には何の感情も浮かんでいない。


 よし、大丈夫だ。

 明日もこの顔だ。


 エリカ・ソルンツァリはキュッと唇を固く閉じた。 溜息一つすら許すつもりは無かった。


*****あとがき*****

大変お待たせしております。

週二回投稿できれば良いなぁと思います。

割とストックはあるので、大丈夫だとは思いますが

連載が途切れたらお察しください。

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