第104話 貧乏子爵家次男は瞳を追う5
*
ギルド長カルバヌスがそう叫んだ後に、口を開いたのはジョンだった。
ちなみに俺はカルバヌスを無視して動き出そうとしていた。
「丁度良いじゃないかギルド長」
エルザ以外の全員の視線がジョンに集中する。
「割と使える冒険者が勝手に足止めを志願してくれてると思えば、別に難しい話じゃないだろ」
ジョンの言うことをまとめるとこうなる。
カルバヌスは現在、ヘカタイの街へと
報せを受けた辺境伯は辺境伯領の騎士団を動かすだろうが、如何に魔境の最前線であっても動くには時間が掛かる。
それまでの時間を勝手に稼いでくれるというのなら反対する理由はないだろう。
「それに勝てないとなっても、情報ぐらいは持って帰ってこれるだろう冒険者だ」
損はあるまい?
そう締めくくった最後が疑問形だったのは、半ば俺に対しての言葉だったからだろう。
俺がジュエルヘッドドラゴンを狩るのにギルドの許可など必要ないので、これは軽い挑発みたいな物だろう。
つまりは勝てなかったとしても生きて情報ぐらいは持ち帰ってこいよ、という事だ。勝つけど。
そんなジョンの言葉にギルド長カルバヌスは難しい顔をして唸った。
「だが彼はまだ年若い前途明るい冒険者だぞ?」
一年限定で眩いばかりに明るい未来だが、いやその先は考えるな俺。
カルバヌスが息を吸い込む。
「そんな若者に死地に行けと? どの口で言えというのか!?」
ソファから半ば腰を浮かし、カルバヌスがそう叫びながらテーブルに自分の拳を打ち据えた。
カルバヌスの激高に部屋が一瞬沈黙する。
おぉー。
期せず全員の声が重なり拍手が鳴る。
俺も思わず拍手してしまう。
拍手してないのはカルバヌスとジョンとエルザだけである。
カルバヌスはポカンとした顔をし、ジョンは頭痛を堪えるような顔、エルザは無表情だ。
「いやいやギルド長、すまんアンタ熱いな、俺はてっきり役人根性の偉そうなだけの奴だとばっかり思ってたぜ」
ディグリスが本気の賞賛を送る。
「元冒険者でもない冒険者ギルドの長などと思っていた事、気合いが足りなかった」
続いてホウランが……謝罪してんのか?それ。
「いや、格好いいなぁギルド長、格好いい、本当に」
とドリムが言った所でマリシアがハッとした顔で「思わず拍手してしまったが、これでは私まで馬鹿の仲間みたいじゃないか」と拍手を止める。
テーブルに拳を振り下ろした体勢のままで固まるカルバヌスに俺は言う。
「ギルド長、アンタ良い人だな」
魔境と対峙するマキコマルクロー辺境伯領にとって、若い冒険者というのは貴重な人材だ。
そういった理由があるにしろ、若いから、という理由だけで死地に向かわせられないと言う、その真っ当な“大人さ”が気に入った。
まるで自分が許可しなければ行かない、と思っているような節は冒険者としては鼻につくが。
常識的な大人であろうとする冒険者ギルドの長など、他で探そうとするとなかなか大変だろう。
ホウランの
まぁ単に常識的な恥の概念を知っているだけかもしれないが。
それでも俺達が何の為に戦っているのかを考えると、なかなか担ぎがいのある
つまり明日食べる飯と寝床の為であり、そしてたまには真っ当で常識的な人の為に戦うのだ。
俺の言葉に何故かカルバヌスが怯む。
「でも行くよ、許可がなくてもな。冒険者だからな」
でもまぁ……。
思わず言葉を続けてしまったのは、単なるちょっとした
「その言葉には礼を言うよ」
何かを噛み砕くように奥歯を噛みしめるその顔は、親父殿に少し似ていた。
*
思わずノリで、冒険者だからな、等と言ったがよく考えたら徹頭徹尾エリカの為である。
目の前で
まぁ良いか。
場に飲まれたという事にしておこう。
俺はジュエルヘッドドラゴンが北、つまりはヘカタイの方角であり魔境へと向かっているようだという事を教えられる。
更には手の平に乗る程度の平たく丸い魔道具を手渡される。
視線で問うと、ギルド長が説明してくれた。
冒険者ギルドは既に幾人かの冒険者を偵察に出しており、その一組がジュエルヘッドドラゴンを補足し追跡しているのだそうだ。
この丸い魔道具はその竜を追跡している冒険者の方へと導いてくれる物なのだそうだ。
なるほど、この魔力が向かう先にいるのかと、本来の使い方ではない方法で動作を確認する。
最後に確認するが。
カルバヌスが言う。
「どうしても行くのかね?」
それに肩だけすくめて応えると俺は冒険者ギルドを後にした。
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