第96話 貧乏子爵家次男は瞳を探す18


 *


 目の前からドリムの身体が消える。


 身体の半分を削られ吹き飛ばされるドリムを見て、マリシアは顔を歪め、俺は辛うじて胴体と下半身が繋がっているドリムを空中で背後から受け止めた。

 あまりに唐突で何の前兆も無かった。


 ただそれは羽虫を払うがごとく腕を払い、ドリムの腹から上の大半を挽肉に変え、結晶の下から脱皮するかのごとく現れた黒い宝石で覆われた体躯を震わせて吠えたのだ。

 黒化、狂化、皮肉を込めて“大当たりジャックポッド”、呼び方は様々だが冒険者にとってはこの一言に尽きる。


「ツイてないにも程がある」


 産まれて初めてをここで引くのかと――、糞ウサギが『巫女の瞳』を落とす確率よりも恐ろしく低い確率を――さんざんっぱら糞ウサギで外れを引きまくった後で引くのかと。

 皮肉が効きすぎた自分の運を呪う。


 いやそれを恨むのは後だ、髭だ髭面だ。

 空中で髭面を捕まえた俺は全力で回復魔法をかける。


 魔法が下手な自分を呪いながらも間に合ってくれと願う。

 諦めるなと回復魔法に集中しながらも心中でドリムに語りかける。


 回復魔法は万能ではない。

 下半身が吹っ飛ぼうが熟練の回復魔法の使い手がいれば完全に回復できる。


 ただしかけられる本人が諦めていなければだ。

 死を受け入れたらそこで終了だ、身体は元に戻ったとしても死ぬ。


 諦めてくれるなよ髭っち。

 冒険者俺達は生き汚いのが売りだろ?


 そんな俺達に憧れて大工を止めたんだろ?

 だったら諦めてくれるな。


 驚いた顔でもなく、痛みに歪む顔でもない。

 どこか遠くを見ているような顔をしているドリムに心の中でそう語りかけた。


 回復魔法に意識を集中させたせいで身体強化の強度が下がるのを自覚する。

 だがその代価は十分だった。


 ドリムの身体が急速に回復していく。

 繋がった、少なくとも身体側が原因で死ぬことはない。


 自分史上最速で最大の効果を出せたと思う。


「目覚めるまで名前を呼び続けろ!」


 俺はそう叫ぶと落下を始めた身体を捻ってドリムの身体をマリシアへと投げつける。

 畜生。


 投げた結果を見届けずに更に身体を捻る。

 回復魔法を他人にかけるという苦手な事を無理押ししたせいか、魔力の圧が戻らない。


 畜生。

 二者択一――俺は覚悟を決めた。


 飛び上がったジュエルヘッドドラゴンが――、いやもう黒化したのだからジュエルヘッドドラゴンノワールとか?が叩きつけるように振り下ろした爪が俺を打った。


 叩きつけられた先に誰もいなかったのは幸運だった。

 まあ、背骨が枯れ木のように折れる感触を味わっていたのでそこまで気が回らなかったが。


「賭けに勝ったぞ」


 痛みに我を忘れまいと言葉を吐く。

 二割ほどは強がりだが残りは本音だ。


 身体強化の強度を必要な強度まで引き上げるのが間に合わないと悟った俺は、着ている装備に対しての身体強化の強度を上げる事を優先したのだ。

 オーガナイトの拳ですら耐えてくれたのだ、生身の身体を強化するよりかはダメージを減らせるはずだと俺は覚悟を決めたのだ。


 賭けは勝ったぞ畜生、本当に痛い。

 俺は動く両手で地面を殴るように跳ねる。


 背骨とちょっと細々とした骨折で済んだのなら、覚悟した想定以下だ。

 こちとら上半身がペシャンまで覚悟したのだ。


 この程度で殺せると思うなよ?

 跳ねた先に着地するまでに背骨を繋ぎ治し。


 腹に刺さった肋骨の痛みは奥歯で噛み殺す、動けるようになるのが先だ畜生痛ぇ。

 周辺の冒険者達が混乱しているのが分かるがそれは無視する。


 というより気を回す余裕がない。

 黒化してもその性質は変わらないらしい。

 ジュエルヘッドドラゴンは最も糞ウサギを狩った俺に憎しみを向けてくる。


 ヌラっとした濡れたような艶のある黒い宝石に覆われた顎が俺に迫る。

 速い――というよりこの魔力は魔法か!?


 オーガナイト達、魔物の王と同じようにその動作に魔法的補助が入ったのか?

 ほぼ気合いで避けつつやっとで身体強化の強度を上げる。


 効果は無いと分かりつつもジュエルヘッドドラゴンの横っ面を蹴り、その反動で五足分の距離を稼ぐ。

 鞘から抜いた剣が一瞬だけ剣身から蒼い炎を吹くが無視する、斬れるなら問題ない。


 折れた肋骨が有るべき場所に戻るのを感じるのと同時に背後の気配にゾッとする。


 名前も知らない冒険者が唖然とした顔のままで固まっている。

 ついで俺に突き刺さる濃い魔力の線に、思いつく限りの罵詈雑言を心中で吐きまくる。


 何をしているのかと、冷静な俺が笑う。

 何故なぜ避けないのかと、冷笑する。

 名も知らない冒険者だぞ? 見捨てて何か問題があるのか?と俺を笑う。


 おいおい俺、俺よ。

 そういう事はそんな“やってやる”みたいな顔をして言う事じゃないだろ?

 俺の理論エリカはそんな事を肯定しない。


 身体強化のせいで狂う時間感覚の中。

 俺は剣を上段に構えて笑う。


 一度やれたのだから、二度目もやってやれ、だ。

 俺は致死を感じさせる魔力の線へと剣を振り下ろした。

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