第81話 貧乏子爵家次男は瞳を探す3
*
早朝のヘカタイは冒険者と商人の街だ。
魔石の輸出が最大の産業であるヘカタイではどの馬車も必ずと言って良いほど魔石を積んでいる。
その護衛の依頼を受けた冒険者達と出発前の準備に余念の無い商人達で、街道に繋がるメインストリートは混み合っていた。
それを避けて近距離の村から野菜なんかが運ばれてくるのは昼ぐらいからなので、新鮮な野菜が食べたい時は昼時を少し超えた所で食堂を使うのがオススメだ。
ちなみにヘカタイで育てられている野菜は殆どがお高い店が独占してるので、恐ろしい値段の冷蔵の魔道具で何時でも美味しく頂ける。
そして俺は二重結界のその最端、第一結界の内側で出発の準備を進めるかなり立派な馬車の一団に近づく。
明らかに普通の馬車ではなく、客車でもない。
つまりはこの馬車は恐ろしい値段の冷蔵魔道具付きの馬車という事だ。
仮面など着けているから、という自覚があったので護衛であろう冒険者達が身構えるのは気にならなかった。
ちなみに俺が相手の立場だったら、近づいてくる仮面の男をとりあえず殴ってから
街中で仮面とか頭おかしいだろ、俺か。
冒険者達のリーダーとおぼしき立派な顎髭の男だけが身構える事無く俺をじっと見ている。
他の冒険者がランク3、4程度の、自分の身体強化でウッカリ死ななくなったぐらいという中で明らかに強い。
純戦闘系でランク6ぐらいはありそうだ。
つまりコイツらの雇い主はメルセジャクラスを雇えるだけの人間という事だ。
「よぉ先輩殿」
片手を上げて挨拶。
「追加の護衛はいかが?」
*
嫌な歩き方しやがる。
ジョン・パルクールは近づく仮面の男を見てそう思った。
ジョンは国を跨いで活動する商隊に付いて活動している冒険者であるため、各国の冒険者ギルドで登録しており決まったランクという物は無いが。
“
南方系の戦士の歩行。
クソ!嫌な奴を思い出させる。
ジョンは魔物相手に斬った張ったで金を稼ぐより、商人の護衛という安定した収入を選んだ男である。
単純な実入りという話なら強い魔物を狩る方が良かったが、あんなもん頭のオカシイ奴らにやらせておけば良いというのがジョンの結論だった。
仮面の男はジョンにその頭のオカシイ奴らの筆頭を否応なしに思い出させた。
ファルタールから他国へと行く馬車の護衛を受け持った時の事である。
運悪く当時のパーティーでは何人かの死人を覚悟しなければならない魔物に遭遇したのだ。
ゴールデンオーガ六体を前にジョンは仲間の誰を犠牲にするか? まで考えていた。
そこに現れたのが奴だった。
“親切なバルバラ”、ジョンが知る中で人類最強の冒険者だ。
そいつはジョンに「困っているなら助けたいのが人情、助けて“やろう”、なに礼など要らぬ」等と言ってそれをやってみせた。
暴力の極地は嵐のようであり、人の形をした自然災害のようだった。
自身の死すら勘定に入れた決死の覚悟の身体強化であってすら何が起こったのか殆ど分からなかった。
分かったのは六体のゴールデンオーガが魔石すら残すことなく消え去ったというだけだった。
“親切なバルバラ”は宣言通りに礼の言葉すら求めず、もっとハッキリと表現するならジョン達を
後に残されたのは命拾いしたジョン達冒険者と、どれだけ誇張しても足りないほど穴だらけになった街道で立ち往生する商隊だった。
ジョン達は何故か都合良く後から現れた巡回の騎士に事情を説明する為に足止めをくらい。
商隊は運んでいた荷物の事情で大きな損害を受け、当時雇われていた商家との契約の関係上ジョン達は報酬無しとなってしまったのである。
命は助かったが財布的には大打撃だった。
「よぉ先輩殿」
仮面の男は雰囲気とは不釣り合いな若い声で言った。
「追加の護衛はいかが?」
コイツはたぶん、オカシイ奴らの一種だな。
ジョンはそう思った。
*
冒険者が商人の馬車を護衛する替わりに足にするというのは良くある話だ。
見ず知らずの他人を護衛に加える、というのは商人にしては迂闊すぎるのではないかと思うかもしれないが、その程度の信用はギルド証が保証してくれる。
なので俺は今回もすんなり話が通ると思っていた。
最近はすっかり忘れていた冒険者の
後はファルタールの街門前で良く見た、冒険者同士が拳をガツンとさせて「頼むぜ
と思っていたのだが、護衛を受け持っている冒険者パーティーのリーダー、ジョンが難色を示したのだった。
仮面が悪いのだろうか?
まぁ悪いのだろう。
だがそこに救いの手が入った。
「シンさん? ですか?」
いいえー違いますよー、他人です。
仮面の下でそんな顔をしながら振り返ると、そこには昨日助けた若い冒険者の顔があった。
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