脳だけになってもやめない
大水浅葱
脳だけになってもやめない
お金を稼ぐためには何でもする。
私のパパとママはそういう人間だった。
そんなパパとママは、最も効率的なお金の稼ぎ方とやらを実行した。
悲劇は生まれてすぐに始まった。
お金が大好きなパパとママ。赤ん坊が生まれてすぐ、どうしたらこの赤ん坊でお金儲けができるかを考えた。
赤ん坊という状態に価値を見出されたのだ。
パパが赤ん坊の被検体を探している研究所がある……という情報を掴んできた。脳ミソに電極が埋め込まれ、薬を投与される。いわゆる違法な人体実験に参加させられた。
実験は成功した。私は齢数ヶ月にして物心がついた。
後遺症で脳に障害が発生し、足が動かせ無くなった。
お金が手に入った。
少し大きくなった。自分の足で学校に行けないので、電脳空間で自分と瓜二つの3Dアバターを自分の体のように動かせるという装置を付けられ小学校という組織に所属させられた。
ここは軍学校だ。所属するだけでお金が貰える。一般的な小学校に所属する場合はそれだけでお金を取られるというのだからお得だとママが語っていた。
授業内容? 戦闘訓練が主だった。それにしても学校という組織は私にとってあまりにもぬるく感じた。簡単だった。勉強は楽しい。
私の知らないこと。私の知らないこと。
あれも、これも、私の知らないこと。
一番驚いたのは私に話しかけるものがいた事。
「あなたずっと病院生活なんでしょう?」
私は小学校の教室にホログラムで作られた3Dアバターの姿で通っている。触ること、触られることはできない。障害を持つ子供が他の子供と同じように授業へ参加出来るようにする措置だそうな。義務教育期間中の子供は国が全額負担でこの受講形態を取ることができる。
そんな私に話しかけてきた女の子。
癖の強いぼさっとした前髪、三つ編みにした後ろ髪。膝にも肘にもべたべたと可愛い絆創膏が貼られている。
「そうですよ。私に用でしょうか?」
「そう! あなた! あなたは誰?」
小学校に入った初日。大人じゃない人間と話すのは初めてだった。
「私はハコメ三十八号。体は動きませんが、脳は使えます。」
「へー。独特な自己紹介ね。私はネノネ! よろしくね。」
「よろしくお願いします。」
「あなたの好きな物は?」
「砂糖です。私のパパとママがくれます。時々舐めます。あれは美味しいです。」
「砂糖って美味しいの? 私も舐めてみようかな? あ、私はね。カレー! カレーが好きなの! もちろん私は大人だから中辛のカレー! あなた、中辛なんて食べれる?」
「カレー、は食べたことないですすいません。」
「え? そうなの? でも、そのうち食べれるわ! ここの学校は毎週金曜日がカレーだそうなの!」
軍学校に入れられた。
お金が少し手に入った。
少し大きくなった。
私は強くなっていた。
私はいつの間にか兵長と呼ばれるようになっていた。この学校では実力が全てだった。
それを聞いたパパは「脳の活性手術を受けさせたのは間違いじゃなかった。お金もたくさん手に入るから次からもそうしよう」と語っていた。
朝から晩まで戦闘訓練。お前は脳を動かすだけだから、体を動かさなくていいからと起きている間に休みは与えられなかった。睡眠時間は一日八時間。私は無人爆撃機の操縦士としてたった数年で戦果をあげていった。
しかし、なんの面目を保つためなのかこの施設はあくまでも学校のカキュラムとして戦争が行われていた。
「ハコメさん。あなたはいいわよね。基礎体力訓練がないなんて羨ましいわ。」
「あら、ネノネ。おはよう。」
今、私の座る学習机にぐでっと体を預けているネノネさんはどうやら落ちこぼれと言われているらしい。先生に毎日殴られているのを私は知っている。アザができている。負傷をした兵士の動きはある程度能力が落ちるというのになぜ兵士を傷付けるのか、私には分からない。
昔、ネノネさんになぜ殴られているのか聞いたことがある。
「なぜ殴られている?」
「私は落ちこぼれだから。」
「落ちこぼれとは?」
「落ちこぼれってのはね、私のこと。」
わからなかった。
「ねぇハコメさん。あなた兵長だなんて凄いわね。私尊敬するわ。私、お金が無いからこんな学校にしか入れなかったの。」
「奇遇。私の家も。」
私はノータイムで答えた。私のパパとママがなぜ金稼ぎを躍起になってしているのかなんて本当の理由は分からなかった。それでも私はパパとママのために金稼ぎをしているのだと思っている。兵長なんて呼ばれているし、きっと給料も沢山貰っているはずだと信じているが、実際はどうなのだろう。
「戦争なんて無くなればいいのにね。」
私にその言葉の意味はわからなかった。なにか気の効いた返答をしようとした瞬間。
プツリ。接続が切れる。私の意識は病室のベッドの上へと返される。
嗚呼、時間だ。
「おはよう。ハコメ。元気だったかい。」
「はい。」
そこにいたのは見知った顔。パパだ。教室の中に飛んでいた私の脳波は小綺麗な病院の一室に戻ってきた。学業に励んでいようと、戦争中だろうと、パパは私に話しかける。どのような状況でも、パパの話し相手という私の仕事は変わらなかった。
「ハコメ。学校はどうだい? どうだい?」
「楽しいところです。」
そう答えた私を殴りつけるパパ。ゴリッと音がする。歯が取れた。私はもう痛みなんて感じない。勝手に怪我したことがバレないよう乳歯をコロコロと舌で転がす。
「楽しいじゃないよ。お前はさっさとそこらの金持ちに売っぱらう予定だったんだ。無駄に頭なんて良くなりやがって。足が動かなくなりやがって。」
パパは地団駄を踏んで発狂する。私の足に拳を叩きつける。私は相当稼いでいると思っていたのだが、勘違いなのだろうか?
「すいません。」
「すいませんじゃねぇんだ! ハコメが稼がなきゃパパとママが困ることもわかんねぇのか? わかんねぇのか?」
パパはこうやって時々怒る。私は何を改善したらいいのかすら伝えられぬまま一方的に殴られる。私は黙って、その癇癪が終わるのを待つ。おそらくそういう大人な態度すらパパにとっては耐え難いのだろう。
殴る手が止まる。
「あぁ、そうだ。いいこと思いついた。」
パパのそのセリフを聞き、背筋に寒気が刺さった。私はその言葉を知っていた。私の物心が薬と電極による実験によって作られたとき、初めて聞いたのがその言葉。私の足が動かないと知ったパパが私を軍学校に入れた時にも聞いた言葉。
私は病院からの遠隔だからまだマシ。話を聞けば、あの小学校は親がお金を持っていない子供たちを集め兵として育てる機関。
体罰、懲罰、死、重労働。それらがいつも隣に立っている小学校。
この小学校は国営であるにもかかわらず、違法な組織らしい。
「ハコメ、足動かないでしょう? 足が動かないんだろ? だつたらさ。ね。足売らない? 売っちゃわない?」
目が怖い。おそらく拒否はできない。
私は頷いた。
「よろしくお願いします。」
「そう来なくっちゃ。」
両足が無くなった。
お金が手に入った。
少し大きくなった。
私はいつの間にやら小学校を卒業して、中学に進学していた。
まだ義務教育期間だから、病院に設置された3Dアバターへの没入装置はまだ返却せずに済んでいる。
「ハコメさん。初めまして。」
しかし、今日は初めてお見舞いというものを体験することになった。中学生だというのに傷の多い体、短い髪、申し訳程度のセーラー服。
そう、小学校からの友達。ネノネさんである。
「初めまして、ネノネさん。」
彼女は中学生になったので紛争地帯に送られるこもになったらしく、ホンモノの私に挨拶をしに来たというわけだ。
しかし、彼女は驚いた顔のまま私の方に近づいてこない。
「ハコメさん……あなた、思った以上にひどい有様だったのね。」
「そう? 売れそうだから売った話はしたじゃない。」
「でも、私足が無いなんて思わなかった。」
ネノネの言葉を聞いて私はついつい笑いが込み上げてきた。レディに相応しいふふふ、と上品な笑い方。そんな勘違いをされるだなんて何故か滑稽に思えて、笑いが止まらない。
「違いますよ。私がここに寝てる理由は足が無くなったわけじゃない。足が無くなったのは一週間前。私の足は動かなかったから、売っちゃった。」
そんなことをふふふと笑って言う。ネノネはその言葉を聞いて「ああ、なるほど」と納得したような顔をする。
「そういえば最近足を募集してる裏商人多いもんね。えー、でも一週間待って欲しかったなー。私も足のあるハコメさんを見たかったよー。」
「そう? でも、ちょうど一週間に相場より三万ドゥルも高く買い取ってくれる商店を見つけた。仕方ない。」
私はウンウンと頷いて同意を誘う。貧乏人にとってはよくあることなのかもしれない。
「あ、聞いて! 私、軍学校に通った給料を自宅に送ってたんだけどね。一日一色は食べれるぐらいのまともな暮らしができるようになったの!」
ネノネは偉そうな態度で胸を張る。
「すごい! とはいえ私は私の家がどれだけ貧乏なのかわかんないけどね。」
しかし、それのなにが凄いのかがいまいちわかっていない病院暮らしの弊害だ。私は一日三食病院食である。
たあいのない話。たあいのない話。
明日からは戦争で、明日死ぬかもしれなくて、だから今、二人は幸せだった。ただ、幸せだから幸せだった。幸せとはなにか。
幸、幸、辛。それでも二人は元気だ。
「あ、私帰る時間だ。」
そう言い、右腕に着けているひび割れた時計を見るネノネ。
病室からネノネを見送る。見送った。
あまりに一瞬。あまりに物足りない。
十分ぐらいして、入れ替わるようにママが入ってくる。今日は来客が多い。
黒を基調とした艶やかなドレスに身を包み、顔面は見てわかる厚化粧。見せびらかすようにつけた宝石の指輪が薬指でギラギラと光を乱反射させている。
ママは椅子に座って私に話しかけ始めた。
「あらハコメ。久しぶりね。アレってお友達?」
「そう。」
ママはやったぁと喜ぶ。まるで子供のようだ。
「学校に行けるようになった上に友達だってできるようになっただなんて! これは私たちのおかげだと思わない?」
――疑問符が頭に浮かぶ。どういう流れからそうなったのか、理解し難かったが、私の返事すら待たず、構わず会話を進める。
「そういえばハコメ、最近まで兵長とか呼ばれてたらしいね。正直あなたには全く期待していなかったのだけど、結構なお金の量が手元に入ってきたわ。やっぱりあなたが赤ん坊の頃に手術をさせて正解だったわ。そうそう、あの時の……」
いや、それは到底会話とは言えない代物だった。一方的に疑問を投じられ、返事をする前に自分で答える。ママの早口についていけない。二言三言話せば話題が七転八倒。完全に独り言の類だ。
「あー、そうそう。実は私、ちょっと欲しいものができちゃって……ちょっと手伝って欲しいのよ。」
「手伝い? 足なくて大丈夫?」
そんな独り言の大津波の中、突如救助の言葉が投げ込まれる。言葉の切れ目だ。やっとこの思いで返答。しかし、その会話内容は既に不穏さが漂っている。
「足? 足なんてなくても大丈夫よ! 私が欲しいのは目。ほら、あなた脳に直接電極を繋いで脳波で操るなんちゃらかんちゃらって感じの方法で授業受けてるじゃない。だったら最近目なんて使ってなくないかなっておもってさ。」
「確かに。しばらく使ってない。今は使ってるけど。」
「あらやっぱり! じゃあ売っちゃいましょう。私、この鼻をちょっと! ちょぉっと! ちょっとだけ高くしたいのよね。いいかしら?」
……おそらく拒否はできるだろう。しかし、ママの頼みを断ると今度はパパがやってくる。私は負傷することになる。そう考えたら、私にはイエスの選択肢しかないような気がしてきた。
「よろしくお願いします。」
両目がなくなった。
お金が手に入った。
ママの鼻がちょこっと高くなった。
少し大きくなった。
私は軍部で相変わらず戦果を挙げている。特に無人偵察機の操縦士として、だんだんと有名になっていった。目を失ってから現実世界に戻る時間が極端に減った。訓練を続けた。
大隊規模の無人偵察機を丸々一人で動かすのが私の仕事だ。無人偵察機とはいえそこそこの戦闘力がある。偵察、爆撃、なんでもできる万能機。これが量産機として大量に運用できるからこそ私の国は強いと言われているらしい。
とはいえ歩兵部隊はもちろん存在する。私はいつも歩兵部隊を空から見下ろす。銃弾が飛び交う。爆発。血飛沫。機械を使っての戦闘ができるようになっても歩兵がいることは変わらなかった。
なんの意味があるのか、私には分からない。それでも、戦場に出て、死んで、悲しんで、おのれ敵国め! と復讐心をもやす。そんな人たちに「なんで歩兵なんて使用するんですか? 全部機械でよくないですか?」なんて聞いたら失礼だ。
ま、きっと資源の問題とかなのだろう。
あ、あの人はいつも私にセクハラしてくる上司だ。数百メートル下、そんな上司がいた周囲は抉り取られるように爆風で吹き飛ぶ。戦死。怒りはわかなかった。
それでもやれやれと言った気持ちで、その爆弾を投げこんだ歩兵の近くに爆撃を仕掛ける。ピンポイントでその小隊は吹き飛ぶ。仇はとりました。
そんなことはすぐに忘れ、再び歩兵の中から人を探す。いない、いない……いつもならここら辺で元気に銃を撃っているはずなのに。どこ……あ、いた。
ネノネさんだ。
ベージュの服に身を包み、対面にいる歩兵と撃ち合いをしている。負傷した様子はない。よかった。と胸を撫で下ろす。
間髪入れずネノネさんがいる隊が戦っている隊の周辺に見える敵影へ、無人偵察機数機を使い絨毯爆撃を仕掛ける。とはいえ偵察機。武器などある程度しか搭載されていない。でも、このまま敵の隊とぶつかれば明らかに人の数で負けているので、ネノネは死ぬことになるだろう。
ありったけの爆弾を投下する。ある程度人数が減っただろうか? 私は通り過ぎて偵察任務を続ける。
そんなことをしていたら、気配を感じる。パパかママが病室に入ってきた気がする。視力を失ってからというもの、そういう感覚が鋭くなっている気がする。無人偵察機を無駄にしないよう自動操縦に切りかえ、現実世界に戻る準備をする。
プツリ。
接続の切断。もっといい呼び出しがあるというのに、私にも事情があるというのに、任務中だというのに、私を、脳波接続の遮断という形で呼び出す。
「あ、起きた。あなたがハコメ三十八号さんですね。」
どうやらパパとママでは無いようだ。物腰も声も違う。
「はい。」
私の眠るベッドの横にある椅子に座る音。カラカラと椅子を引きずる音。座る衣擦れの音。男性なのか、女性なのかも分からない中性的な声になんだか胡散臭さを感じた。
「私はご両親の紹介でやってきました。単刀直入に言います。あなたの胴パーツは素晴らしい。内蔵以外の胴パーツを売っていただけませんか?」
生まれて初めて聞く単語。胴パーツとはなんなのか? わからなかった。しかし、視力を失い、現実世界に体を持つ意味すら失い始めていた私は……。
拒否する理由がわからなかった。
私は……。私は……。
「よろしくお願いします。」
私の口は考えるより先に了承をしていた。
「待ってください。」
パパの声が聞こえた。目に見えないがパパはもう、目と鼻の先まで近寄ってきている。
「ハコメ。お前は馬鹿なのか? お前がそこまで馬鹿だとは思わなかったぞ。胴パーツが無くなったら腕が付く場所もなくなるんだぞ。そしたら腕が勿体ないじゃないか。そんなことも考えられないのか。」
グチャッと顔を殴られる。グワングワンと脳が揺れ、音が聞き取りずらい。なにやらパパはその人に謝っている。「ごめんなさい、ごめんなさい。腕も買い取っていただけませんか?」と、私の意思そっちのけで交渉を始めている。
「じゃぁ、これぐらいでどうでしょう?」
カタカタと電卓に数字を打つ音。「おぉっ」と感嘆の声をあげるパパ。
両腕を失った。胴パーツを失った。
お金が手に入った。
「なんかペナンガランっぽいな。」
久しぶりにネノネと会うことになった。病室に入ってきたネノネの第一声はそれだった。私は目を売ってしまったので自分の姿を見たことがない。
「ペナンガラン?」
そして、ペナンガランというのがなにかも分からなかった。ネノネは待ってね今画像出す、と言ってスマホをタッチする音を鳴らす。いや、私目ぇ見えんわ!とツッコミを入れ、二人して笑う。
「んとね、ペナンガランっていうのは妖怪の名前。生首から内蔵が垂れてて、空を飛んで移動するの。」
「私は空を飛べない。劣化版のペナンガラン。」
「あはは、確かにそう。」
私はついついおかしくて笑ってしまう。ネノネも笑っている。こうやって対面してみて、ネノネの顔が見えないということに気付く。
ああ、目玉を売らなければよかった。
「もう、ハコメのお父さんもお母さんも酷いよね。ハコメばっかりに体を売らせてさ。」
「パパとママは老いてる。高く買い取ってくれない。」
「それはたしかに。やっぱ若さって貴重よね。私も眼球一個売ろうかな?」
ネノネは私に同情する。でも、パパとママのためでなかったとしても働くのは当然だし、動かない足は売って正解だったと私は今でも思っている。
だから……
「一個ぐらいならいいんじゃない?」
私は言った。
「そのセリフ、ペナンバナンに言われると怖いな!」
私とネノネは大きく笑った。笑った。そしたら涙が出た。なんで? 私は今楽しいのに。
「ハコメ。なんで泣いてるの?」
聞かれてしまった。ネノネといる間は感情が漏れ出すようだ。あれ、私にも感情なんて残っていたのか。
「私頭は残ってる? でも、そのうち喋ることすら許されなくなりそう。顔だけ売られるみたいなことになりそう……」
「ふぅん……」
ネノネはそんな声を出して顔を近付けてくる。何をするつもりだろう? 顔の後ろを両手で持たれ、何かで口が塞がれた。息ができない。だけど、不思議と嫌な気持ちはしなかった。抵抗できないこの体、なぜそのようなことをしたのか。
「じゃあ、なくなる前に私が貰ってあげる。私と一緒に逃げようよ。」
「パパとママはお金でしか動かない。」
「大丈夫、私、お金は沢山持ってるから。」
ネノネはそう言っていた。
「ちょっとまっててね」
言い残したネノネは部屋から出ていく。気配が遠ざかっていく。ドアを閉める音が聞こえる。
一人。不安。帰ってこないネノネ。
しばらくして、ドタドタとパパとママが入ってきた。病院だと言うのに「ハコメ! ハコメ!」とうるさく駆け寄ってくる。段々近づいてくる声。
「ハコメ! なんて優秀な子なんだ! ハコメ三十八! 三十八番目のお前を俺は絶対に忘れない!」
「いい子! 本当にいい子! これまでの三十七人とは比べ物にならないほどの儲けよ!」
二人が泣き泣きわたしにだきついているのがわかる。
私を一体いくらで買ったのだろう。
「二人ともすいません。そしてありがとうございます。」
「いえいえ、こちらこそありがとうございます。私どもは二人の仲を邪魔する気などございませんので……」
パパとママはへこへことネノネに平伏している。何度も頭を下げているのがわかるほど衣擦れの音が聞こえる。私は……この日初めて病院の外へ出ることとなった。
どうやって私は外に出たのか、なぜ私が外に出されたのか、これからどうなるのか、一切の説明がされずネノネに運ばれている。運ばれているらしい。断続的な揺れ、間近で聞くエンジン音。私は車に乗った。
「パパとママは?」
「ああ、帰ったよ」
「これからどうなる?」
「私の家で一緒に住もうよ」
「迷惑に――」
「なんてならないよ」
生まれて初めて乗っていた車の揺れがおさまる。
「ここが私の家だ! 明日にでも目の代わりは付けてやるから安心してね。私は結構な金持ちなの。」
「なんで買ったの?」
私は自分に価値を感じられなかった。何故、とどうしてとそんなことばかり思ってしまう。感謝よりも罪悪感、罪悪感より困惑。
「なんで? 友達を救うのに理由なんているの?」
「私、動けないのに……」
「何言ってんの。私たちの仲でしょ。ハコメが顔面売って脳だけになってても私は買うのをやめなかったよ。」
脳だけになってもやめない 大水浅葱 @OOMIZUASAGI
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