協力プレイ-3

 二時間目、《塔悽植物学入門》。三時間目、《塔悽生物学Ⅰ》。四時間目、《戦闘訓練基礎》――午前中いっぱいに渡り、四つの必修科目の濃いガイダンスを受け、生徒たちは目を回さんばかりだった。


 しかし、昼休みも休んではいられない。むしろ戦争は、これから始まる。四時間目終了を告げるチャイムが鳴った瞬間、ヒューが《飛脚ランナー》を全開にして爆速で教室を飛び出した。


「いっけー!」「頼んだだよぉ、ヒューくん!」――桜クラスの男子が一丸となって声援を送るのも無理はない。ヒューは男子六人分の学生証を持って男子寮の食堂へ向かったのだ。お目当てはもちろん、十食限定和牛カレー。


「僕らも追いかけよう!」


 男子全員が砂煙を上げるヒューのあとに続く。半キロほどもの距離を走って竜秋たちが食堂へ到着すると――長テーブルに、六人分のカレーを並べたヒューが得意顔で座っていた。


「ヒュー!!!! 最高だぜお前、愛してる!!」


 全員にもみくちゃにされ、ヒューも照れて満更でもない様子。既に食堂には三十人を超える一年生が集結していたが、十食中六食を独占したヒューの机に恨みがましい視線を投げていた。


「次はもっと早く来てよね! おれ一人でこの量抱えて待つの、めっちゃ恥ずかしいんだから!」


「よく一人で並べたな」


「それは食堂のおばちゃんが手伝ってくれたよ。あ、タツアキ、約束通り肉半分な!」


「当然だ。昨日は……まぁ、あれだ。助かった」


 後半は凄まじい早口でまくる。無事に六人並んで席に座り、カレーに舌鼓を打つことができた。


 女子寮でも同じように十食限定カレーが販売されているそうだが、桜クラスの女子にヒューのようなスピードタイプの能力者はいない。白夜以外の三人は、エンを出し合って慎重に材料を吟味して買い込み、鍋を作って分け合うことでしばらく凌ぐということだった。一応白夜にも声をかけたが、断られたらしい。


「一人が好きな子なのかな?」


「あいさつしたら返してくれるだ。オラ、悪い子じゃないと思うだぁよ」


「別に仲良くやりたいわけじゃねえ。ただ、あいつの力が本物なら、俺たちに必要だ。それをこの放課後で確かめる」


 カレーを口に運びながら、竜秋は作戦を語り始めた。



 午後からの授業も終えて、放課後。時刻は四時を回ったところだった。教室で暮れの会を済ませた佐倉が、「さーて」と体を伸ばし始める。


「今日は誰からかかってくるかな?」


 一日一回、放課後に佐倉に挑めるルール。ところが竜秋は、誰よりも早く荷物をまとめて立ち上がった。


「今日はパスだ。闇雲にやっても意味ねぇからな」


「あ、オレも帰るー!」


「僕も今日は、用事があるので」


「待ってぇ巽くん、あたしと一緒に帰ろー!」


 竜秋に続いて他のメンバーもぞろぞろ立ち上がり、そそくさと教室を出て行ってしまう。残された佐倉は「あれー?」と少し寂しそうな表情だ。


「なんだよあいつら、もう諦めちまったのか? 見込み違いだったかなー」


 うそぶいて、一人席に残ったままの少女に目をやる。短い黒髪の、日本人形のような小さな少女。


「お前はやる気、みたいだね」


「はい。今日も手合わせ、お願いします」


 勝つ気満々に光る黒曜石の瞳を見下ろして、「オッケー」と佐倉が笑う。


「じゃあ、外に出ようか」





「――始まるぞ」


 教室から三百メートルほど離れた林の中に身を潜めて、竜秋は他の八名に言った。


 竜秋たちは、センター分けに眼鏡の少年、天堂一査を取り囲むようにして林の茂みに隠れていた。しゃがみこんだ一査の前には、一台のPCのような機械が置かれている。


 そのディスプレイに、校庭で睨み合う佐倉と、教室に一人残してきた白夜沙珱びゃくやさおが映し出されていた。


 このPCは、一査の異能バベル捜査官エージェント》の力によって具現化された物質だ。今画面が映しているのは、同じく一査が生み出した無人飛行機ドローンが撮影している映像である。


「すごいな、くっきり見える」


 幸永が感心する通り、一査の空撮映像の美しさには目を見張るものがあった。肉眼で見る解像度とほとんど差を感じないほどである。


「けっこう近い映像っぽいけど、見つからない?」


「それに関しては心配無用だ。僕のドローンには光化学迷彩が搭載されている。音もほとんど立てない」


 れんの疑問を一査が解消。それは事前に竜秋が彼から聞いた通りの情報だった。光化学迷彩――要はカメレオンのように、風景と同化できるというわけだ。ドローン本体に戦闘能力がないためFランク査定だが、これはなかなか便利な能力である。


「始まるぞ。よく見てろ」


 映像の中で、二人が戦闘態勢に入る。今回、彼らの戦闘を盗撮する目的は二つ。


 一つは佐倉の戦闘の客観的観察。いわゆる見取り稽古だ。そしてもう一つは――白夜沙珱の異能バベルを知ること。


 彼女は昨日、クラスの全員が倒れるまで力を見せなかったという。死んだふりをしていた爽司だけが唯一その片鱗を見ることができた。ならば帰ったふりをして、遠くに身を隠しこうして覗き見るほかにない。


 沙珱は佐倉の前に自然体で立ちながら、ふと――片足の爪先をもう一方のかかとにつけて、目を閉じた。


 目の上で真っ直ぐ切り揃えられた黒の前髪が、ふわりと浮き上がる。



『――【憑鬼つきおに】』



 ドローンの拾った音声が、彼女の唇の動きに合わせて遅延ラグなく森に響いた。


 次の瞬間、少女の鴉羽からすば色の髪が、雪をも曇らせる鮮烈な"白"に染まった。


 日焼けを知らない柔肌に、白銀の髪とグレーの制服が映えて、さながら雪の化身となった少女の手には、いつの間にやら身の丈を優に上回る巨大な"鎌"が握られている。禍々しい闇色の閃光を撒き散らす鎌を振るって、目を開けた少女の瞳は、今や血の如くあかかった。

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