白鬼の少女-1

 人の戦いではなかった。


 白夜の一歩で大地は抉れ、鎌の一振りは佐倉の防護壁を豆腐のようにぶった斬った。佐倉もまた、瞬間移動を連発して白夜を撹乱かくらんし、その頭に触れようと試みる。


 白夜は鎌を縦横無尽に振り回すことでそれに対応し、隙あらば佐倉に斬りかかる。数分の攻防で、校庭は巨大な怪物が争ったあとのように荒れ果てた。


 最終的に、勝負は佐倉が勝った。今度は衣服も無傷である。激闘の一部始終を目撃した竜秋たちは、しばらく声もなく立ち尽くしていた。


 今回得られたデータは二つ。一つは、白夜が規格外の戦闘能力を持っていること。


 もう一つは、それでも赤子扱いを受けるくらい、佐倉が強すぎるということだった。




 翌朝。始業前から、竜秋は白夜の席の前に仁王立ちしていた。


「……なにか」


 じっと本を読んでいた白夜が、視線を感じて目を上げる。無表情の黒い瞳が、少しだけ迷惑そうだ。


「話がある」


「どうぞ」


「今日からは、俺たちと一緒に佐倉と戦ってほしい」


「お断りするわ」


 丁寧に頭を下げて、また白夜は読書を再開する。攻撃的ではないからこそ、明確な拒絶の意志がよく伝わってくる。竜秋は負けじと両手を彼女の机についた。


「頼む。お前の力が必要だ」


「……私の力を、どうしてあなたが知っているの?」


「俺だけじゃない、クラスの全員が知ってる。昨日盗み見たからな」


 それまで行方を見守っていた爽司が、「えええええええっ言っちゃうの!?」とばかりに目をかっぴらいた。


 それを聞いて、少女の目が明確に敵意を帯びた。ぐるりと教室中を見回し、既に全員集合している生徒たち一人ひとりがバツの悪い顔をするのを見届けて、不愉快そうに息を吐く。


「なるほど、天堂くんの能力ね」


「俺の指示だ。文句は全部俺に言え」


「では。率直に言って、あなたが大嫌いになりました」


 気丈に竜秋を下から睨む白夜の瞳が、かすかに揺れる。本気で傷つけてしまったようだ。それが地雷と分かっていて踏み抜いたのだから、嫌われる覚悟はできていた。


「悪いことをしたと思ってる。でも、そのうち嫌でも目にしたはずだ、同じクラスなんだからよ」


「私は今日にでも佐倉先生を倒して松へ上がるつもり。あなたたちに力を見せる気は一生なかった」


「その、"諸刃もろはの力"でか?」


 白夜の目が、確かにひるんだ。外から見ていただけの竜秋に、なぜ見破られたのかと言いたげに。


「お前の力は凄まじいが、デカい欠点がある。断言する。今日もお前は佐倉に勝てない。むしろ、日を追うごとに佐倉に慣れられて、勝機は薄れる一方だ。それを分かってて勝負を急いでるんだろうが、俺たちなら、お前の欠点を補える」


「なにをいきなり」


「――お前の力、命を削るんだろ」


 黒曜石の瞳が見開く。かすかに動揺する目を覗き込んで、続ける。


「戦いが長引くほど、お前の動きは精彩を欠いていた。上手く誤魔化しちゃいたけどな。お前の異能バベルの欠点は二つ。筋肉や内蔵に激しい負担をかけること。それに伴って、発動中ずっと、全身を駆け巡る激痛に襲われることだ」


「……なに、それ。全然的外れ」


「ダウト!」とれんが間髪入れずに叫んだ。《尋問官ポリグラフ》に嘘は通じない。確定だな、と息を吐いた竜秋に、白夜が唇を噛む。


「寄ってたかって悪いな。俺の目的のためだ」


「……どうして、そんなことまで分かったの」


「デビ太の能力だよ」と、幸永が気遣わしげな微笑を浮かべて口を挟んだ。


「デビ太も一緒に映像を見ていたんだ。デビ太は体調の悪い人間を識別できる。そして、体のどこがどんな風に悪いのかも分かるらしいんだ。悪魔を名乗るだけあってね」


『デビー! ほめたたえろデビぃ!』


 幸永のカーディガンの胸元からスポッと顔を出したデビ太に、白夜が驚いて目を丸くする。


「お前が初日に佐倉の服を斬り裂いたこと、佐倉本人から聞いた。それで、なんでそんな強いやつが桜クラスにいるのか気になった。もし、なにかデカい弱点があるんなら――それが、俺達の仲間に引き込むための唯一の手札になる。それを見極めるために、勝手に観察させてもらった。卑怯なことをしたと思ってる」


 精一杯言葉を選んで、竜秋は白夜の目を正面から見つめる。ここからが交渉の正念場。自分の思いを、とにかく真っ直ぐぶつけるしかない。


「俺達の仲間に加わってくれるなら、増井ますいがお前の欠点を一つ補う。なあ」


「う、うんっ!」


 竜秋に水を向けられて、一人の小柄な少女が緊張気味に大きくうなずく。ヒューや白夜をおさえてこの教室で最も背の低い、タンポポのような黄色みかかった金髪ブロンドを肩まで伸ばした少女である。


 増井 ひばり。異能バベル麻酔師アニスティスト》――自分や他人の痛覚を、最大でゼロにまで抑えられる能力者。彼女の力があれば、白夜は全身の激痛を忘れて戦いに集中できるはずだ。


「わっ、わたしっ、自分じゃ怖くて戦えないけど……戦える人たちのこと尊敬してるから……わたしの力で、少しでも役に立てることがあるなら、やらせてほしいっ!」


「じゃあウチは、前に出て沙珱さおちゃんと一緒に戦わせてもらおかなぁ」


 その隣にいた、こちらは対象的にすらりと手足の長いボーイッシュな少女が元気よく白い歯を見せて笑った。


 活発そうな焦げ茶色のショートカットを揺らす、小麦色の肌が眩しい関西訛りの少女。ブレザーを脱いで黒のブラウス一枚となっており、それでも暑いのか肘あたりまで腕まくりしている。


「だってウチの異能バベルでも役に立てる戦い方、竜秋くんが考えてくれたやんかぁ。早く沙珱ちゃんとも仲良くなりたいしなぁ」


 大俵おおだわら 小町こまち。《運び屋ポーター》――触れた物や生き物を、最小砂粒レベルにまで小さくすることができる異能バベルの持ち主だ。


 小町の一言が呼び水となって、クラスの全員が口々に白夜へ声をかける。白夜の強力な異能バベルを味方につけたいという下心だけでは片付けられない、温度のある声の思わぬ多さに、狼狽うろたえるように白夜が目を伏せる。


「お前が必要だ、白夜。俺たちに力を貸してくれ」


 最後に竜秋が頭を下げた。白夜は長いこと沈黙して、一言、消え入るような声で応えた。



「………………ごめんなさい」



 そうして、白夜は教室を出て行った。あぁ、と誰かが落胆の声を漏らした。ほどなくして始業の時間が迫り、全員席についた。白夜もギリギリで戻ってきて、席に座ったが、誰も声をかけられなかった。


「なんかワケアリっぽいなぁ。どーする?」


 隣の爽司の潜めた声に、「やれることはやった」と神妙な顔で返す。


「ダメだったもんは仕方ねえ。切り替えろ。九人で佐倉をるだけだ」


「まだ未練ありそーな顔してるけど?」


「ねぇよ」


 言い当てられたかすかな未練を断ち切るように、竜秋は言い切った。

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