学園生活、始動!-2
「ご馳走さま、でした」
店を出る前、そう頭を下げた竜秋に、伊都は豆鉄砲を食らったように立ち尽くした。
「雨でも降るんじゃないですか?」
「……奢ってもらったんだから、当然だ」
「ふふ、ならその
「はぁ?」
別に呼べなくはなかったが、いざ彼女から持ちかけられるとこっ恥ずかしい気がしてきて、つい反射的に「やだよ」と拒否した。
「いつまでも"あんた"呼びじゃ、よそよそしいと思いません? 私、生意気な後輩にこそ"先輩"って呼ばれると興奮するんです」
「気持ちわりぃな!」
「気が向いたらで構いませんから」
伊都はあまり期待していない風に笑った。次の約束があるというので、彼女とは店の外で別れた。
やや軽い足取りで、竜秋は端末のナビを頼りに男子寮までの道のりを歩いた。
たどり着いた寮は、寮というよりホテルのようだった。入り口のセンサーに学生証をかざすと、男子生徒であることが認証されて自動ドアが開き、明るいエントランスへと竜秋を誘う。
「あっ、たっつーん! お帰り!」
一階のエントランスの一角が、生徒たちの談話スペースのようになっていた。向かい合うソファに腰かけて、中央のローテーブルになにやらトランプを広げて遊んでいた男子五人組の一人が、竜秋に気づいてブンブン手を振る。茶髪のチャラ男――爽司だ。
「常磐か。何やってんだお前ら」
「大富豪! たっつんもやろうぜ」
「やらねー」
「
聞き捨てならない言葉に、ぴくりと耳が反応する。見れば残りの四名は、ともに同じ桜クラスの幸永、ヒュー、
竜秋はズカズカ輪の中に入り込んでいくと、幸永とヒューの間に座り込んで、最後の一人に凄んだ。
「お前、カードで負けたことないらしいな」
「――いやいや、遊びの話だぁよ」
竜秋に睨まれて、無敗を名乗る少年は妙な
ヒューほどではないが小柄な少年だ。もっさりした黒髪で顔の上半分を覆っており、表情が全く分からない。前髪の下から見えるのは浅黒い肌と、にっと笑った口元だけ。覚えのある外見だった。彼もまた、桜クラスの生徒である。
自己紹介の記憶をたぐる。名は
「巽くんも参加するだか?」
「一回だけな」
「そりゃあうれしい、オラわくわくするだよ」
「初めて負けることになるぜ」
のほほんとした調子を崩さない閃に断言してから、竜秋は爽司に聞いた。
「大富豪のルール教えてくれ」
「さっきの自信は!?」
爽司の悲鳴にけたけた笑って、閃が提案した。
「巽くんの知ってるゲームでいいだよ」
「……じゃあ、ダウトで」
簡単に言えば、嘘を見破るゲームだ。プレイヤーが一枚ずつ、カードの数字が小さい順に手札から場に裏向きに捨てていく。このとき、違うカードを捨ててもいいが、プレイヤーの誰かに「ダウト」と宣告されると、場にたまったカードを全て手札に加えなければならない。ダウトが失敗した場合、ダウトをコールしたプレイヤーが場のカードを引き受けることになる。
これなら竜秋にも経験があるし、頭脳ゲームは全般得意だ。嘘を見抜けるというあの《
「僕は一回抜けるよ。もう十二回連続大貧民だからね……」
「幸永くんは正直者すぎて、カードは向いてないだよ」
幸永の代わりに竜秋が入り、五人のプレイヤーに手札が行き渡ったところで、閃がにんまり笑った。
「じゃ、始めるだよ」
そこから五回に渡り、竜秋は閃に負け続けるのだった。
「くそ……なんでだ!!」
悔しさに絶叫する竜秋が、決して弱いわけではない。現に全てのゲームで竜秋は二位をとっている。閃が、強すぎるのだ。
「
口元をほころばせたまま嬉々として吐く閃の素直な称賛が、竜秋にとっては煽り以外の何物でもない。
「テキトー言ってんじゃねえ、俺の手札はお前から見えないだろ!」
「だから"たぶん"って言っただよ。ダウトはゲームが進むと、どのカードを誰が持ってるか分かってくるだ。そのために序盤は『ダウト』連発して、あえて手札増やして情報を得てただよ。――だから
あっさり口走ったその一言を、聞き捨てられなかった。
「ちょっと、待て……お前、"全部"覚えたのか? 誰がどの順番で、何を出したのか」
「うん、そだよ」
「すっげー閃ちん! だから大富豪も強かったんだな!!」
「いやいや、大したことないだよ。オラは
「違う」と、即否定したのは竜秋だ。明確な強い言葉に、初めて閃の口元の形が変わる。
「お前の
「う、うん、そうだぁよ」
「早指し将棋なら有利だろうが、今回、俺たちは別に制限時間なんて気にしてなかった。
念を押すように顔を近づけて、強く断言した。竜秋は勝敗そのものよりも、勝因、敗因にこだわる。次の勝負で必ずや、納得のいく勝ち方をするためだ。
「……い、いやぁ、なんか照れるだぁよ」閃は前髪の下の頬をほんのり赤くして、後ろ髪をかいた。
「オラ、
「褒めてねぇよ! 俺は訂正しただけだ!」
「
「黙れ、もう一回だ! お前も入れ萌え袖、少しでもコイツの処理する情報量を増やす!」
「萌え袖……?」
「んじゃ協力プレイすっか! オレら五人でどんどんダウトしていって、閃ちんに情報与えないようにすりゃ勝てんじゃね!?」
「ふむ、名案だ」
「それは確かに手強いだよ」
「ざっけんな、俺は正々堂々勝ちてえんだ!」
「おっけーじゃあおれからね! はい、ダウトォ!」
「なに自分でダウトしてんだチビこらぁ!!」
竜秋が来たことによって狭くなったソファの空間を確保するため、ヒューが竜秋のひざに座り、ずいっと六人で頭を突き合わせてぎゃあぎゃあ騒ぐ輪の、気づけば中心に竜秋がいた。
無能力者になってから、こんなに周りに人間がいたことなんてなかった。いや、もっと前をさかのぼっても、こんなに騒がしい一日は初めてかもしれない。
「――なに、あいつら。"ワースト・クラス"のくせに調子乗ってね?」
エントランスを通りかかった新一年生の三人組が、一瞬、そう言って氷製のナイフのような視線を向けてきたことに、六人は気付けなかった。
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