神童と呼ばれて-3
竜秋が焦りを覚え始めたのは、その年代の発現ブームが完全に終わった中一の冬。もうクラスの八割が
「
「逆にすごすぎて、降りてくるまで時間かかってるとかさ」
クラスメートの慰めの言葉を受けつつ、ふと胸に落ち着かない風が吹き抜けた。
一度気になり始めると、なかなか心は御しにくい。気がつけばネットで何度も『バベル 発現しない』と検索し、そのたび、同じ悩みを抱えていたらしい先輩諸氏の『焦る気持ちは分かるけど、必ず授かるものだから、おおらかな気持ちで待ちましょう!』などといった言葉に救われた。
明らかなオカルトと分かるようなことでも、
今日も授からなかった。明日こそは。今日もダメだった。明日かもしれない――ついに頭がそれのみに支配されるようになり、気づけば二年生になっていた。
熾人とは違うクラスになった。熾人もまた、もはや数えるほどしかいない未発現組の一人だった。
竜秋とは違い、熾人は
「
昼休み、校舎周りを歩いていると、男子三人組に絡まれている熾人を見かけた。軽薄に笑う少年たちに囲まれて、「えっと……」と困ったように笑っている。
「ま、まだだよ、たぶん……あはは」
「いやいやっ、お前のそれはもう能力だって。『自分が生きる価値ないゴミでもヘラヘラ笑ってられる能力』! オレなら無理だわー!」
少年は水野という名前だった。元は大人しい男だったが、水を操る強力な
「つーかさ、このトシになってまだ無能なやつなんていんの!? 恥ずかしくて表歩けないだろそんなの、なぁ!?」
大仰に嘲笑する少年に、仲間の一人が「お、おい」と慌てて失言をたしなめかけたが、遅すぎた。
「――俺に、ケンカ、売ってんの?」
いつの間にやら背後に立っていた竜秋に肩を叩かれ、水野と呼ばれた少年の顔から血の気が消滅する。
「俺も
「あ、あ、あの……ごめんなさい……オレ知らなくって……」
ぷるぷる縮み上がる水野たちを「ブルッてんじゃねーよ、雑魚」と冷笑してから、「購買行こーぜ」と熾人を誘い、竜秋は悠々とその場をあとにした。
熾人へのイジメは、それで嘘のように収まった。竜秋のことをイジってくるような死にたがりなんて、もちろん一人もいなかった。
それから更に、半年近くが経過して。中学に上がって二度目の夏も終わり、いよいよ
その日、初めて熾人が学校を休んだ。
朝は必ず、竜秋が家を出るタイミングを見計らって熾人が迎えに来る。今日はそれがなかったので、竜秋の方から向かいの熾人の家の呼び鈴を鳴らした。
こんな甲斐甲斐しい真似をしたのは、後にも先にもこの日だけだった。結局熾人の母親が出てきて、神妙な顔で、「今日は具合が悪いみたいで、部屋から出てこないの」と教えてくれた。――あの皆勤賞野郎が、部屋から出てこない?
尋常でない事態だと思ったが、今日に限っては、竜秋も他のことで頭が一杯になっていた。――九月九日。今日は竜秋の、十三歳最後の日だった。
竜秋は数年ぶりに晴れやかな気持ちだった。もう『明日こそ』なんて淡い期待に胸を焦がす必要はない。十三歳最後の今日、必ず今日、竜秋は
ワクワクしながら登校した。ウキウキしながら授業を受けた。ドキドキしながら昼食を食べて、ソワソワしながら下校した。
帰って、窓の外が真っ暗になって、家族で夕飯を囲みながらテレビを見た。両親も、既に
竜秋は自室に戻り、電気もつけず、好きなアクション映画を流してぼーっと眺めた。夜が更ける。星が陰る。闇が、飲み込む。
その瞬間を、ただ待つにはあまりに長くて、怖くて、それで映画を見ていたら、むしろあまりに短くて。
伏せていたデジタル時計を、そっと起こしたら、もう零時を過ぎていた。
「あー……はは……っかしーな……」
視界がねじれる。音が潰れる。脳が、腐り落ちる。
ひどい胸やけがして、首を掻きむしる。断続的に耳鳴りがする。皮膚の裏を、無数の虫が這いずり回る。発狂するには、少年はもう傷つきすぎていた。
その日、巽竜秋は、前例のない《無能力者》となった。
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