人の二酸化炭素でやられた私

 先週の金曜日の事だった。

 孤独な時間を好む私でもたまには人と食事したり、お喋りをしたい。

 なので友人に頼んでランチを一緒に食べにいつものデニーズに行った。しかし。何時ものデニーズとは思えない程の人混みに、淀んだ空気が流れ、席は満席。

 嫌な予感がしていたが、とりあえず待った。しばらくして案内された席に座りランチを摂る事にしたが、病み上がりな上に、座った席も良くない。

 1時間後、私は友人に言った。


「ヤバい。吐きそう……」

「大丈夫?」

「この席、あんまりいい席じゃないね。もういいや。外に出よう」


 デニーズの姉妹店とも言うべき【ジョナサン】が潰れたせいなのかデニーズに山のように押し寄せる客の吐く二酸化炭素にやられた私は、外に出るなり毒を吐いた。


「今日のデニーズ、最低だよ。人の二酸化炭素でやられるなんて、すっかり私の特異体質を忘れていたわ」


 特異体質とは私が持つ一種の病気みたいなものだ。

 余りにも多い人混みにのまれると二酸化炭素の濃さにやられて、吐き気や動悸に襲われる体質を持つ。なので、本来の自分はデニーズやサイゼリヤにはあまり行かないタイプの人間だ。

 しばらく外の空気を吸って頭の中に新鮮な空気を入れる私。友人は黙って付き合ってくれていた。

 回復するのに1時間もかかり、ずっと外のベンチで座って休憩していた。

 そして、自分自身が持つ特異体質に恨みを抱いた。何故、私はこんなに人混みが嫌いなのだろうか? と。

 休憩している間に、今までの緊急事態宣言の時にいかに恵まれた席に座っていたのか2人して話した。壁に囲まれた隅っこの席だが、女子会をするのに適した席で、その時は緊急事態宣言もあり、自由に席を選べた。

 あの時は本当に助かったね、みたいな話をして不謹慎にもこう吐いたものだ。


「このまま緊急事態宣言が続いてくれればいい」


 人混みを徹底的に嫌う私の特異体質は、30代を境に本格化した。サイゼリヤに行けば、10秒ともたずギブアップした。他のファミレスも同じ。換気をしてない所は全て入らなくなり、定食屋やちょっと高いカフェなどで胸を撫で下ろす。

 そして、周りにいる人間を羨ましく思い、そして疎ましく思った。

 

「何でこんなに人間がいるんだ? うざったい!」


 そうやって毒を吐いたのは無数にある。

 周りの人達からすれば、人の二酸化炭素でやられる私も理解出来ない人間だろうとは思う。

 そうでなかったら平気にあの澱んだ空気の中で食事は出来ないし、ストレスすらも感じないだろう。

 でも。私はその澱んだ空気を吸うと一気に調子が悪くなる。顕著に出るのは店探しだ。サイゼリヤに行こうと言われるなり、さようなら。バーミアンはスープの臭いが嫌だから入ろうともしない。

 年齢を重ねる度に症状は顕著に表れる。

 そして、緊急事態宣言が発令されていた昨今は私には幸運だった。何故なら皆、ファミレスに行かないでお篭りさんだったから。その恩恵を受けたのは私みたいな人種だ。

 人が吐く二酸化炭素に弱く、孤独や人付き合いが苦手な人種。

 私は最近こそ、人間嫌いは治ってきたと思ってきたが、そうでも無かった。騒がしい子供は嫌い。キャンキャン騒ぐクソみたいな人間も嫌い。何故なら五感が酷く敏感な私には騒音でしかないからだ。

 五感が敏感な人間にはこの社会は騒がしい。うるさい。だから静かな場所に籠もりたくなる。そして寂しくなったらごくたまには外に出たくなる。そこで過ごす時間も有意義と思えるからだ。

 しかし。この洗礼を久しぶりに受けた私は久々に萎えた。

 休憩した後、ケンタッキーフライドチキンに寄った。そこのケンタは人があまり居ない上に隅っこの席も空いていた。ケンタッキーフライドチキンが、有り難く写った瞬間だった。

 そうして普段の私に戻ったのであった。

 それにしても私の友人は懐が深い。

 文句も言わずに付き合ってくれたのだから。感謝である。

 

 もしかしたら、この特異体質も、ある意味では代償なのかなと思った。

 昔の文豪家達が癇癪持ちだったり、神経衰弱だったり、ようは普通の人とは違う感性とか弱み。

 それに似たものを持つ代わりに、こういう文章を書く才能を渡したなら、やはり私は人並みの幸せなど、端から求めるのも違うのかも知れない。

 まあ、あまり興味もない。

 子供持つとか、結婚するとか、面倒くさいし。そんなの普通の人に任せる。

 

 私は誰も通らない獣道を進み、そして普通の人が見る事のない景色を、この眼で見てやる。そう、想った。一抹の寂しさを覚えて。


 孤独すらも、私は愛そう。

 そして、その孤独を与えてくれる周囲の人には感謝もしよう。

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