第179話

 それから僕たちはすぐに指輪を見に行った。

 

 

 飼う犬を見に行った。

 

 

 次の週の日曜日には、豆太を含む久保家のみんなと歩、歩が連れて来たコイビト………カノジョとバーベキューをやった。

 

 

 楽しかった。

 

 

 笑った。たくさん笑った。

 

 

 

 

 

 その日の夜、美夜さん一家はまた泊まっていき、お父さんお母さんは豆太を連れて帰って行った。

 

 

 今度は泊まってくださいねって。今度は泊まらせてもらうよって。約束をした。

 

 

 

 

 

 許して貰えている。受け入れられている。僕が七星を好きなことを。七星が僕を好きでいてくれていることを。

 

 

 それが嬉しかった。

 

 

 そしていつか父さん母さんにもって。

 

 

 

 

 

 やっぱり思う、僕が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真澄、これ」

 

 

 

 

 

 それは5月の終わり頃だった。

 

 

 僕たちの左薬指に、一緒に暮らし始めた日付を刻印したペアリングがはまり、僕たちの家に小さなパグが来て、静かだった『僕たちの家』が少し賑やかになった土曜日の夜。

 

 

 我が家の新しい一員、豆太2号で豆二………ではなく、『こまめ』を脚に乗せてソファーでスマホを見ていた七星が、その見ていたスマホを隣に座る僕に見せた。

 

 

 

 

 

「………これ」

 

 

 

 

 

 見せられたスマホにはSNSの1ページ。

 

 

 写真。

 

 

 

 

 

「………里見、だ」

 

 

 

 

 

 見た瞬間分かった。

 

 

 顔が載っているわけでもないのに、その手だけで。

 

 

 

 

 

 見て。

 

 

 

 

 

 涙が溢れた。ぼろぼろ溢れた。涙は次から次で、止まらなかった。

 

 

 

 

 

 里見だ。間違いない。僕が里見を見間違えるはずがない。

 

 

 

 

 

 里見が居た。

 

 

 画面の中に。

 

 

 

 

 

 小さな黒いパグを抱っこする、里見、が。

 

 

 

 

 

「里見さんと真澄って、やっぱちょっと特別なんだろな」

「………特別?」

 

 

 

 

 

 七星の言っている意味が分からなくて、僕は七星を見上げた。

 

 

 泣きすぎって、笑われた。

 

 

 

 

 

「里見さんちのその黒パグ」

「うん」

「『あずき』って言うんだって。里見さんが命名したって書いてある」

 

 

 

 

 

 里見が抱く小さなパグは、『あずき』。

 

 

 七星の脚の上から僕の方へ来ようとしている小さなパグは『こまめ』。

 

 

 

 

 

 小豆あずき小豆こまめ

 

 

 同じ漢字。

 

 

 

 

 

 これはただの偶然。

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

 マネするなよ、里見。

 

 

 

 

 

 涙が、出た。

 

 

 

 

 

 僕が先に小さな豆で『こまめ』にしたんだ。

 

 

 読み方は確かに違うけど、何で一緒にするんだよ。

 

 

 

 

 

 言ったら里見は、目を伏せて笑うだろうか。

 

 

 

 

 

「連絡来たんだ。SNS始めたって。これが一番最初の投稿」

 

 

 

 

 

 七星に言われてもう一度見る、スマホの画面。

 

 

 

 

 

 小さな黒いパグの頭に乗る、里見の白く大きな手が。

 

 

 どうしてだろう。

 

 

 それがとてもあたたかいように感じて。

 

 

 

 

 

 僕はまた………泣いた。

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