第178話
「ありがとね、歩」
僕と七星は、歩と一緒に外に出ていた。
僕たちは帰るために、歩は僕たちを見送るために。
父さんと母さんが、僕たちを許して認めてくれることはなかった。
『普通』であること、多勢の誰かと同じであることが親の安心。それが子どもにとっての幸せであると自分たちは思っていたし、今でも思っているとぽつぽつと父さんは言っていた。
ただ、できない者にとってそれは苦痛でしかないんだろうと、思うには思っている。頭では分かっている、と。
『「普通」からはみ出た子どもは親の恥かよ』
低く呟いたその声に、歩の心の傷が見えた気がした。
「兄ちゃんも色々あっただろうけど、これでもオレだって色々あったんだよ」
「………うん」
小さい頃、歩はとにかく怒られていた。
僕が、耳のこともあって比較的大人しかったから、余計かもしれない。
そしてそれがあったから、こうして僕と七星を『普通』に受け入れてくれている。
「歩さん、今度うちの家族を呼んでバーベキューをやる予定なんです」
「バーベキュー?」
「はい。良かったら歩さんも来ませんか?」
「………え?オレ?」
「お父さんやお母さんもって言いたいけど、それは多分、まだ無理だから」
うん。それは無理だと思う。
今はまだ、なのか。
これからもずっと、なのか。
でも、例えこれからもずっとだったとしても。
いい。
紹介することができた。
幸せであると伝えられた。
それが父さんと母さんのおかげであることも。
「………オレもいいよ」
「何で?いいじゃん。おいでよ、歩。まだうちに来たことないでしょ?」
「それは兄ちゃんが呼んでくれねぇからだろ」
「え?もしかして来たかったの?僕が呼ぶの待ってた?」
「はあ⁉︎そんなわけねぇだろっ‼︎」
「やる日が決まったら連絡するよ。あ、付き合ってる人居たら連れて来てね。これは兄命令」
「はあ⁉︎っざっけんなよ‼︎絶対ぇ行かねぇし‼︎コイビトなんか居ねぇし‼︎」
「………歩さん、顔赤いですよ?」
「赤くねぇし‼︎」
「歩って昔から照れ屋なんだよね」
「うっせぇ‼︎とっとと帰れ‼︎」
七星に言われてさらに赤くなった歩が、僕たちに背を向けて玄関のドアを開けた。
「連絡するからね」
歩はこっちを見なかった。
でも、こっちを見ないままに、手を振ってくれた。
「きっと来るね」
「だな」
隣に並ぶ七星を、僕は見上げた。
「………ありがとう、七星」
「いや、ありがと、歩さん、だろ。俺は来ただけ。何もしてない」
「反対されるのが分かってて来てくれた。それだけで十分。だから、ありがとう」
「………うん」
ふうって、息を吐いた。
隣からも同じように聞こえた。
このまま父さんに、母さんに許してもらえなくても、許してもらえない僕たちを、僕たちは許そう。
僕たちさえ想い合うことを許していれば。
「真澄、飯食ったら指輪買いに行こ」
「え?」
「豆二も見に行こう」
「え?」
「善は急げだ」
ぽんって、七星が大きな手が僕の背中を押した。
指輪って。
豆二って。
「じゃあ、もうマンションには帰らない?」
「帰らない。片付けには行くけど。荷物は取りにいくけど」
「………七星」
「だからとりあえず、飯で指輪で豆二な」
「………うん」
車に。
車庫に向かいながら、僕は七星の肩に凭れた。
七星がそっと、僕の肩を抱いてくれた。
5月。
僕たちの間を、初夏の風が、ふわりと吹いた。
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