第151話
スーパー経由で家に帰った。
カートを押す里見に何が食べたいか聞きながら店内をまわった。
「久保くんは何が好きなの?」
「七星?七星は唐揚げとハンバーグとオムライスと………ん?」
言っている途中から里見が笑う。
「いや、うちの娘と同じだなって」
「まあ、まだ若いしね。でもちゃんと和食も好きだよ」
「まだ20代?」
「ギリ20代」
「………」
「大丈夫。ちゃんと和食も好きだよ」
「………そうか」
「顔が笑ってるよ、里見。で、本当に何にする?」
「久保くんの好きなものでいいよ」
七星が来るから遠慮でもしているのか。
それとも里見なりの区切りなのか。
会話に七星や娘さんを持ち出すのは。
七星には朝ご飯とお昼ご飯の分を取り返すぐらいがっつり食べて欲しいと思うけれど、里見との夕飯もこれで最後。
だから里見のリクエストだって聞きたい。
精肉コーナーで一通りお肉を見て、魚コーナーも見に行こうかと思った。
そしたら。
「ハンバーグ」
「ハンバーグ?」
「俺も好きだからハンバーグがいい」
遠慮しているのか、本当に好きなのか。
里見の表情を見ても、分からなかった。
「じゃあ、ハンバーグね」
僕は合い挽き肉に手を伸ばした。
スーパーからまた美浜公園に戻って、まだ茜色が残る空の観察をした。
一度家に帰って日が沈むのを待っていると、七星が帰ってくる時間とかぶるから。
それは、僕ではなく里見が言った。
七星はうちの鍵を持っているから、それでもいいのに。
でも、里見は最初からそのつもりだったんだろう。
出かけるときに帰りが何時になるか分からないからと、夜空観察のセットを持って来ていた。
いつものように並んで空を見上げる。
小学四年生の宿題から始まって、中学2年の『あの日』までほとんど毎日一緒に見上げた空を、またこうやって、たった1週間でも一緒に見上げた。
「帰っても見上げて。空」
「………うん。夏目も」
「………うん」
最初の別れのときも、確かそう約束した。
『天球儀見て宇宙を考えたら、俺らって小さいなって思える。今日がちっぽけな1日にすぎないって、思えるよ』
そう言って、里見は。
僕は胸元の小さな天球儀を握った。
あの日の僕は首を横に振った。
ちっぽけなんかじゃない、と。里見は、里見との毎日は。
ちっぽけなんかじゃないよ。全然。
それは里見も、でしょ?
並んで空を見ながら、見上げながら、この絵を描こうって僕は思った。
それを最後の表紙にしようって。
月から落ちて、自慢の耳が折れたうさぎのぴょんと、落ちた先で初めてできた友だちのまる。
ふたりで手を繋いで、月を見上げているところ。
最後にふたりで月を見上げて、ぴょんは月に帰るんだ。
さよなら、だいすきなまる。
さよなら。だいすきなぴょん。
わすれないよ。
ぜったいぜったい わすれない。
まるは。
ぴょんは。
たいせつな、たいせつな、たいせつをおしえてくれた
だいすきな、だいすきな
ともだち。
家に帰って夕飯の準備をした。
いつもそれを台所に見に来る里見が、今日は来なかった。
その意味。
僕が好きなのは七星。僕がこれから共に生きていくのは七星。
その気持ちに嘘はない。
それでも。
来ない里見に、僕の視界がゆらりと揺れた。
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