第141話
「真澄くんのおうちに泊まってるの?」
「そうです」
「そうか。だからか」
くすくすと美夜さんが笑う。
分かりやすいわぁって、ちょっとだけ悪い顔で。
「何がですか?」
「今日は七星も実家に来てるんだけどね、来てからずっと豆太を抱っこしてぼーっとしてるの」
「………え?」
「そうか、そうか。真澄くんに会えなくて寂しくて豆太ヒーリングに来たのか」
七星が。
美夜さんの豆太ヒーリングって言葉に、何故かすぐにその姿が思い浮かんだ。
七星がソファーに座って豆太を脚の上に乗せて、ぼんやりとしながら小さな頭や背中を撫でているところが。
「ほんっとあの子って真澄くんラブよね」
美夜さんがお菓子を選ぶふりをして一歩僕のに近づいて、そう言った。
七星。
もう少し。あと少しだから、お願い僕を待っていて。
待っていてくれることは分かっている。
七星は僕が好きで、僕が七星を好きなことを疑うことなく信じてくれている。分かってくれている。
それでも願わずにはいられなかった。待っていてって。
「………よね?」
「………はい?」
美夜さんに小さな声で言われて、七星のことを考えていた僕の片方しか聞こえない耳は、何て言われたのかを聞き逃した。
右耳に髪をかけて、言外にもう一度言って欲しいと促す。
「大丈夫、よね?」
何が?って思ったのは、一瞬。
美夜さんの視線が僕の胸元にぶら下がる小さな天球儀を見ていることに気づいて、七星とお揃いのネックレスをしていないことに気づかれたんだと気づいた。
僕と七星がお揃いのネックレスをしていることは、美夜さんも知っているから。
お揃いのネックレスをしていない。七星の様子もおかしい。同性が『そういう対象』である僕が別の男を連れている。
心配にも、なるよね。
里見が、僕たちから少し離れてくれている。
気を利かせてくれたんだろう。七星の話をしているから。
だから、里見には聞こえないよう、声のボリュームを落として僕は美夜さんに言った。
「美夜さん、僕と七星、一緒に住むって決めたんです」
「え⁉︎そうなの⁉︎」
「はい。七星の部屋を引き払ってもらって、うちで。近いうちに」
「そっかぁ。じゃあ私が変に心配することないか」
「はい。大丈夫です。ありがとうございます」
良かったって、美夜さんは安心したみたいに短く息を吐いた。
心配してくれている。
想ってくれている。
同性だからと否定したり嫌悪したりすることなく。
美夜さんは僕よりも年下だけれど、お姉さんってこんな感じなんだろうなって、思った。
違うか。
美夜さんは、お姉さんなんだ。
僕が七星から感じているように、七星の本気の気持ちを側で見て知っているから。だから七星がその本気で付き合っている僕を、弟のコイビトである僕のことを。僕のことも。七星と同じように。
「バーベキューしましょうね。今度はお父さんとお母さんも呼んで」
「バーベキューねっ。でもあの人たちまで呼んだらそれこそ泊まるって聞かないわよ」
「大丈夫ですよ。それでも全然。布団用意しておきます」
それはそれで、きっと楽しい。きっと幸せって思える。そう思う。
そう思ったからそう言ったのに、やめといた方がいいわよーって、美夜さんは笑った。
そして。
「いつか真澄くんのご家族も一緒にできたらいいね」
「………え?」
いつか。
僕の家族、も。
結婚だの何だの話をふられるのがイヤで、僕が『こう』なのが申し訳なくて、後ろめたくて、今では電話さえろくにしていない。何かを察しているのか、向こうからもかかって来ない、僕の家族。父さん、母さん、弟。
………でも。
はいって僕は。いつかって僕は。
泣きそうな気持ちを堪えて、頷いた。
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