第136話

 車を美浜公園の駐車場にとめて、海まで歩いた。

 

 

 車にはタオルと着替え。下着も、上着も。靴と里見用にサンダルも。

 

 

 

 

 

 海に行こう。遊ぼうなんて言ったものの、何をするかは決めていなかった。

 

 

 ただ、万が一濡れてしまってもいいように。びしょ濡れになっても大丈夫なようにはしてきた。

 





 幸い今日は海風があってもさほど寒くはない。

 

 




 それでもどうしようかと考えながら、とりあえず並んで波打ち際を歩いた。

 

 

 勢いで来た。無茶なことをしたことがないから、ちょっとやってみようかなんて思って来た。






 でもやっぱり、この時期に海に入って濡れるのはどうなのか。

 

 

 

 

 

「あ、貝」

 

 

 

 

 

 そんな僕の横を無言で歩いていた里見が急に立ち止まって、足元に落ちていたらしい貝を拾った。

 

 

 

 

 

「持って帰る?」

「………え?」

 

 

 

 


 海に貝なんて別に珍しくない。普通に落ちている。

 

 

 でも、それを『わざわざ』拾った里見が気になって。意図があるんだろうと勝手に思って、僕は言った。

 

 

 

 


「それ欠けてるから、持って帰るならもっとキレイなの探そうよ」

「もっとキレイなの?」

 

 

 

 


 意外だったのか。僕の言葉が。提案が。

 

 

 里見は僕を見て、いいよって、せっかく拾った貝をまた砂浜に落とした。

 

 

 そんな里見に僕は少しイラだった。






 ………まだ、か。また、か。

 

 

 

 

 

 何かを思って『わざわざ』拾ったくせに、その何かを飲み込む。言わない。なかったことにする。

 

 

 

 

 

「………あのさ」

 

 

 

 

 

 自然と低くなった声に、里見の手がぴくりと反応したのが分かった。見えた。

 

 

 それから、あって、声。

 

 

 

 

 

「………ごめん。探す」

 

 

 

 

 

 僕が何を言おうとしたのかに気づいた里見が、辺りを少し見渡して、砂浜にしゃがんだ。

 

 

 

 

 

 昨日の、僕とのやり取りを思い出したんだろう。

 

 

 思い出して。

 

 

 

 

 

「貝、どうする?持って帰る?」

 

 

 

 

 

 思い出して思い直してやろうとする里見が、嬉しいと思った。

 

 

 だから僕も一緒に探そうと、里見から少し離れたところにしゃがんだ。

 

 

 持って帰るなら、何か入れるものが車にあっただろうかと考えながら。

 

 

 

 

 

「………娘に、って、思って」

 

 

 

 

 

 里見に向けていた右側の耳に、波の音と共に届いた遠慮がちな声。

 

 

 

 

 

 娘に。

 

 

 娘さん、に。

 

 

 

 

 

 反射的に見た里見が。

 

 

 里見の顔が。

 

 

 

 

 

 ………『お父さん』、だった。

 

 

 

 

 

「喜ぶよ、きっと」

 

 

 

 

 

 素直にそう思った。素直にそう言った。だってそうだよ。そうでしょ?

 

 

 親が。父親が、自分と居ないのに自分のために何かをしてくれる。してくれた。自分を思って何かを。

 

 

 まだそんな難しいことは分からないかもしれない。でも、今は分からなくても、いつか伝わる。

 

 

 小さなそれも、確かな愛情だってことが。

 

 

 

 

 

 ふたりで砂浜にしゃがみこんで、色んな形の貝を探した。

 

 

 

 

 

 見つけたのは貝だけじゃなく、ガラス。シーグラスもで、どうする?って聞いた。



 里見はすぐにそれも一緒に持って帰るって言った。

 

 

 

 

 

「好きなの?こういうの」

「好きだと思う。うちの方には海がないから、こういうのは特に」

「そっか」

「2才ぐらいの頃かな、公園行くとやたら石を拾って帰って来てたんだよ」

「………へぇ」

「パパ、キレイな石見つけたって」

 

 

 

 

 

 僕は、ぽつぽつと懐かしむように、愛おしむように娘さんのことを話す里見を、目を細めながら話す里見を、貝やシーグラスを探す手を止めて見ていた。

 

 

 見ている僕に気づいた里見が、ごめんって顔を伏せる。

 

 

 

 

 

「何でごめん?」

 

 

 

 

 

 謝る内容が分からなくて、聞く。

 

 

 

 

 

「………お前にこんな話は、ダメだろ」

「だから何で?」

「何でって………」

 

 

 

 

 

 里見は大きなてのひらに乗せた小さな貝やシーグラスをぎゅっと握って、困ったように視線を海の方に向けた。

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