第135話
どうする?何する?って、放課後の子どもが友だちに聞くかのように、僕は里見に聞いた。
夜ご飯の準備をしてもいいけれど、里見に何かしたいことがあるならそれを優先させた方が、残された時間的にいいと思って。
おかしいし、里見が。
原因がさっきの僕であることは明白。でも。
さっき僕がおかしかった原因が里見。
黙って居なくなった里見が原因。
普通なら、相手が七星なら、僕だってそこまで動揺なんかしない。
そこまで動揺した原因が里見。
………だから、それに責任を感じて、さっきから黙っているんだろう。
そんなのを感じて後悔したところで、仕方ないことなのに。
里見はソファーに座ってファイルを開いていた。夜空観察の。
しかも里見と再会して別れてをしている間の記録を。無言で。
毎日一緒に記録をしていた頃のじゃないっていうところが、責任を感じるだけでなく、さらに自分で自分に追い討ちをかけているようにしか見えなくて。
思うことがあるなら言えばいいのに。
その思うことががどんなことでも、黙っていたら分からない。里見がどうしたいのかも、僕にどうして欲しいのかも。
「一発殴ろうか?」
「………え?」
いい加減沈黙がイヤになって、そんなにも責任を感じているならと聞いてみた。
驚いて、隣に座る僕を見る里見と、そんな里見からわざと目をそらしてペットボトルのお茶に手を伸ばした僕。
殴ろうか。殴ってあげようか。
責任を感じて分かりやすく自己嫌悪に陥っているのなら。
「責めて欲しそうだから、里見」
「………いや、責めて欲しくは」
「ない?」
「………ある、のか」
「僕にはそう見える」
ごめんって里見はぼそっと言って、でも殴るのは勘弁してくれって、目を伏せて笑った。
その笑みを見て、ふいに思ったのは、思いついたのは。
笑う里見が見たい。
『楽しく』笑う里見が見たい。
里見と楽しいことがしたい。
だった。
僕も里見も、小学生の頃からバカ騒ぎをするタイプではなかった。
僕は耳のことがあったし、多分元々、弟を見ていたから分かるけれど、元々そんなに活発な方ではない。
そんな僕とつるんでいたから、里見も元々そうなのかもしれない。
でも、それにしたって僕たちは、小学生の頃も中学生の頃も、あまりにもおとなしかった気がする。
無茶なこともイタズラも、ちょっとした危ないことも、僕たちはクラスメイトがやっているのを、ただ横で見ているだけだった。
それは全然、悪いことではないと思う。
ただ。
ぎゃははははって、クラスメイトの男子がお腹を抱えて涙を流して笑っているようには、僕たちはそこまで笑っていなかった。
「里見」
「ん?」
「海行こ」
「え?」
「一応着替え持ってね。パンツの替えも」
「は?着替え?パンツもってお前」
「一応だよ。上着もね。あ、ついでに夜空観察もしてこよ」
「おい、夏目。急に何を」
急に。
うん。急だね。ものすごく急。いきなり。
でも。急に思ったんだから仕方ない。
急に僕は、里見と。
「海行って遊ぼ」
「………は?」
「だから、海行って遊ぼう」
「………遊ぼうって、何だ?」
「遊ぼうは遊ぼうだよ。ほら用意して。それとも殴られたい?」
ソファーから立ち上がって里見の方を向いて手を差し出す。
ぽかんって僕を見上げる里見が、最後の一言でまたびっくりしている。
そして。
笑う。
「何なのお前」
「今なら怒る人は誰も居ない。だから遊ぼう。バカみたいに遊ぼう。服汚すぐらいに遊ぼう。あ、でも風邪ひくと困るから着替えと上着ね」
ほらって、里見の前で差し出した手をひらひらさせた。
里見は、お前めちゃくちゃだなあって笑いながら、僕の手を取った。
引っ張る僕。
立ち上がる里見。
見下ろされて。
「ほんっとお前ってめちゃくちゃ」
情けなく眉尻を下げる里見に、胸の奥がぎゅっとなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます