第107話

 庭に出て少し草むしりをして、今日は暑いなって、思った。

 

 

 汗が滲んだ。



 だから里見の体調が気になって、無理をしていないか気になって、すぐやめた。30分もしていないぐらい。

 




 

 お昼はとっくに過ぎていたから、本当はそんなでもなかったけれど、お腹すいたから何か食べようって。

 

 

 

 

 

 そうでもしないと、里見はきっと、何も言わない。

 

 

 もうやめたくても。疲れていても。休みたくても。体調が悪くても。

 

 

 



 元々そう。昔からそう。

 

 

 里見は黙るし、黙っている。何も言わない。僕にさえ。

 




 

 特に今は、土曜日までっていうタイムリミットもあるから、余計に言わないと思う。絶対に言わない。

 

 

 

 

 

「もう?」

 

 

 

 

 

 庭の隅に座り込んで草を抜いていた里見が、不服そうに言った。

 

 

 

 

 

「明日もあるし、今日は里見、慣れないこといっぱいやって疲れたでしょ」

「夏目にこき使われてな」

「それは先に言ったし、僕は里見使い荒いよって。そもそもやりたいって言ったのが里見だし」

「確かに。じゃあ、俺使いの荒い夏目の言うことを聞いて、明日にする。………抜いたやつどうする?」

「とりあえずそのままでいいよ。喉渇いた。中入ってお茶飲もう」

 

 

 

 

 

 今日は、昨日までより気温が絶対高い。

 

 

 僕は汗が滲んでいた。

 




 

 でも里見は、そうでも………なかった。

 

 

 昔は、里見の方がよく汗をかいていた、のに。

 

 

 

 

 

 こわい。






 こわくなる。

 

 

 昔との違いをひとつ見つけるごとに、どんどん、どんどん。

 

 

 

 

 

 病気。余命。

 

 

 



 告げられたそれらが、僕の意思とは関係なく頭の中でぐるぐるし始める。

 

 

 



 里見の身体の中に、それは確かに潜んでいると、イヤでも思う。思ってしまう。見える。見えてしまう。

 

 

 

 

 

「今からがっつり食べると夕飯が食べられなくなるよね」

 

 

 

 

 

 こういう、明るいところで里見を見ていると、それしか、そこしか、死しか見えなくなるから。



 僕は里見から目をそらして里見を家の中に促した。

 

 

 

 

 

「そうだな」

「パンケーキぐらいならいい?」

「お前、そんなのまで作れるの?」

「粉混ぜて焼くだけだよ。それこそ料理じゃない」

「気になるから聞くけど………。もしかして根に持ってる?その台詞」

「ん?何言ってるの、里見。持ってるに決まってるじゃん。知らない?僕は結構………執念深いよ」

 

 

 

 

 

 わざと僕は、にやって笑って見せた。里見はその顔こわいってって、笑った。

 

 

 そうやって、わざとどうでもいい話を、どうでもよく茶化して途切れないようにした。

 

 

 

 

 

 見たくない。見たくない。見たくなんかないんだ。イヤなんだ。

 

 

 かつてのコイビトの、そんな。

 

 

 見たくないけど。見たくないのに。

 

 




 見なくてはならない。






 これが今。僕たちの選択の結果。

 

 

 

 

 

「今の時代、スマホで調べればすぐ色々出てくるでしょ」

「まあ、そうなんだろうけど………」

「前に簡単で美味しいレシピがたくさん載ってるブログを見つけたんだ。里見でも作れそうなのが載ってるよ。『ひなレシ』ってやつ。土曜日までにそれ見て何か作ってよ」

「………お前はまたそんないきなりな無茶ぶりを」

 

 

 

 

 

 家に入って、手を洗って、お茶を飲んで。

 

 

 僕はこわいのを、そうやって必死に誤魔化した。

 

 

 

 

 

 時間。

 

 

 タイムリミット。

 

 

 

 

 

 まだ無縁だと思っていたものは、死は、こんなにも無縁ではないものなんだ。

 

 

 

 

 

「後で一緒に見よう」

「お前、まじで俺に作らせようとしてる?」

「まじでお前に作らせようとしてる」

「………鬼だな」

「鬼でいいよ。だって食べたい。里見の手料理」

 

 

 

 

 

 もしも一緒に暮らしたら。

 

 

 もしも一緒に暮らしていたら。

 

 

 きっと休みの日のご飯は、今日はお前作れよって、イヤだよお前作れよって、言い合っていたと思うから。

 

 

 

 

 

「………そんなかわいいこと言われたらなあ」

「作りたくなったでしょ」

「………責任とって一緒に選べよ」

「いいよ。里見でも作れそうなやつをね」

 

 

 

 

 

 しょうがないなって感じに里見が小さく息を吐いて笑った。

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