第87話

「小学生の頃はまだガキだったから、好きなだけで終わってた気持ちが、中学に入ってそれだけで終わらなくなった」

「………」

 

 

 

 

 

 

 中学。

 

 

 クラスが離れて、でも、部活帰りに続けていた夜空観察。

 

 

 それは夏休みもで。

 

 

 

 

 

 夏休み。

 

 

 僕は里見からキスをされて、僕はそれを。

 

 

 

 

 

 ………受け入れた。

 

 

 

 

 

 イヤとは、思わなかった。

 

 

 今、髪にキスをされてイヤだと思わなかったのと同じように。

 

 

 

 

 

「海で恋人同士のキスを見て、お前としたいって気持ちを押さえることができなかった」

「………うん」

「絶対怒るだろうって思ってたのにお前は怒らなくて………正直、困ったよ」

「え?」

「普通なら、普通、友だちでそんなことしたら、友だちにそんなことされたら怒るだろ?イヤがるだろ?何するんだ、気持ち悪いって。なのにお前は………夏目は」

 

 

 

 

 

 僕は、受け入れた。

 

 

 イヤだとは思わなかった。

 

 

 逆にどきどきして、その瞬間を待つようになった。

 

 

 里見の、どんどん成長していく身体に、触れたいって。

 

 

 

 

 

 髪。

 

 

 

 

 

 旋毛に近い頭の髪から、里見の唇が離れない。

 

 

 手も、繋いだまま。

 

 

 

 

 

 僕は七星が好きで、七星のコイビトなのに、今はこうしていることがイヤではない。

 

 

 そんな自分がイヤで、最低だなと思うけれど、こうしていることに嫌悪はなかった。

 

 

 

 

 

 少しずつ報われていく過去に、心が解けていく。

 

 

 

 

 

「………だからびっくりして、嬉しくて、もっともっと好きになって………」

「里見からのキスがなければ、里見と普通の友だちのままだったら、僕は今ごろ普通に結婚してたかもしれない」

「………ごめん」

「でも僕は………イヤだとは、思わなかった。一度も、思わなかったんだ」

「………うん」

 

 

 

 

 

 そして、『あの日』が来た。

 

 

 

 

 

 悲鳴。

 

 

 

 

 

 ベッドの上、里見の重みを身体に感じて、里見しか見えない視界。

 

 

 重なる唇が気持ち良くて、もっとしていたくて、して欲しくて、里見にしがみついて夢中でキスをしていたあの日。あの時。あの瞬間を。

 

 

 まだ覚えている。まだ耳に残っている。切り裂いた、悲鳴。

 

 

 

 

 

 里見ほどではなかったけれど、いけないことをしているという認識は僕にもあった。

 

 

 自分の年、相手を考えれば、していた行為が異常だということぐらい僕にも分かっていた。

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

 だけど。

 

 

 

 

 

『好き』という言葉にさえすることができなかった想いは、僕たちの中で罪になった。有罪。

 

 

 すでに深く罪の意識があった里見にとっては、やっぱりあれは死刑判決宣告の瞬間だったんだろう。

 

 

 

 

 

 里見が僕の手を離して、ぎゅっと僕を抱き締めた。

 

 

 痛いぐらい、苦しいぐらい強く抱き締められた。

 

 

 

 

 

「離れたくなかった」

「………うん」

「離したくなかった」

「………うん」

「ずっと………ずっとずっと、一緒に居たかった」

「………うん」

 

 

 

 

 

 僕は里見の背中にそっと触れて、痛いぐらいの里見の気持ちを感じていた。

 

 

 

 

 

 ………はあ。

 

 

 

 

 

 大きく吐かれる、息。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

「そう思う自分が………死ぬほど嫌いだった」

 

 

 

 

 

 低く低く、小さく。

 

 

 

 

 

 里見は僕の右耳に、そう言った。

 

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