第69話

「そんなことをしに来たの?」

「………」

 

 

 

 

 

 自分の口から出た、冷たい言葉。冷たい声に、自分で驚きつつも、その次を堪えることはできなかった。続けた。勝手に続いた。

 

 

 

 

 

「僕と1週間そんな風にしたいの?それをしに来たの?さっきから七星のことばっかり」

「………ごめん」

「そんな話したって意味ないよね?悪いけど………お前と居るとイライラする。見てると腹が立つよ。お前本当に、何しに来たの?」

「………」

 

 

 

 

 

 しばらくふたりで海を眺めていた。

 

 

 その間里見が話したのは、聞かれたのは七星のことだった。

 

 

 

 

 

 仲いいな。すごい大事にされてるの、分かるよ。お前も大事に思ってるのがすごく分かる。楽しそうだし。

 

 

 

 

 

 里見は、実は美浜公園に早く着いて、少しの間僕と七星が美夜さん一家と遊んでいるのを見ていたとも言った。

 

 

 

 

 

 さっき一緒に居た人たち、久保くんのお姉さんたち。すごいな、本当に普通にお前のことを受け入れてる。最初から?………へぇ、すごいな。すごいよ。

 

 

 

 

 

 夏目ってあんな風に、あんなに笑うんだな。俺………知らなかったよ。

 

 

 

 

 

 里見の笑った顔に宿るのは悲しみ。諦め。

 

 

 僕たちの間にずっとあって、ずっと抱えていたものが、まだそこにあった。大きく。

 

 

 

 

 

 僕もずっとそんな顔をしていたんだろう。今、七星と居るから違うだけで。変わっただけで。

 

 

 

 

 

 辺りが大分暗くなってきて、もう星が見える。

 

 

 

 

 

「公園に戻ろう。………悪いけど、記録したら今日は帰って。自分でタクシー拾って」

「夏目」

 

 

 

 

 

 僕を呼ぶ声を、僕は聞こえなかったふりで無視した。

 

 

 

 

 

 僕はこんなにも心の狭い、冷たい人間だったのか。

 

 

 里見と僕がもらった時間は限られていて、多くはないというのに。

 

 

 

 

 

 どうしてか………気をゆるめたら、泣いてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから無言のまま、僕たちは空を見上げて星を描いた。

 

 

 描き終わって、里見も描き終わったのを見届けてから、明日10時にここでって言って、僕はその場を去った。

 

 

 ごめんって俯いた里見が視界に入ったけど、僕はそのまま駐車場にとめてある自分の車に向かった。

 

 

 

 

 

 ポケットから鍵を取り出した。

 

 

 

 

 

 キーケース。

 

 

 七星とお揃いの。

 

 

 

 

 

 見た瞬間、七星って思った瞬間に、ぼろぼろと涙が溢れた。

 

 

 

 

 

 七星に会いたかった。

 

 

 会って聞きたかった。

 

 

 僕はどうしたらいいの。どうすることが正解なの。

 

 

 

 

 

 過去の後悔を回収する。それが里見と過ごす理由。なのに僕は以前と同じように里見に接することができない。逆にイライラして、冷たくして。

 

 

 

 

 

 七星。

 

 

 

 

 

 教えて、僕ってこんな人間なの?里見の事情も分かってるのに。詳しくは聞いていないけど、体調は良くないはずなのに。自分で帰れって置いてきて。

 

 

 

 

 

 僕は車に乗って七星に電話をした。

 

 

 泣きながら電話をかけた。

 

 

 

 

 

『どうした?』

 

 

 

 

 

 つい数時間前に別れての電話だからだろう。

 

 

 いつもと違う出方。いつもは『もしもし?』って出るのに。

 

 

 

 

 

「………っ」

 

 

 

 

 

 ぼろぼろぼろぼろぼろぼろ。

 

 

 涙が溢れて喋れない。堪え切れず嗚咽が漏れた。

 

 

 

 

 

『真澄?どうした?もしかして泣いてる?』

 

 

 

 

 

 七星の優しい声。そしてその後ろから、真澄くんどうしたのー?って美夜さんか、お母さんの声。

 

 

 

 

 

『飯、食ったか?』

「………」

『食ってない?』

 

 

 

 

 

 食べてないならおいでーって、また、美夜さんかお母さんの声。

 

 

 うるさいぞって七星。

 

 

 

 

 

 冷えていた心に温もりが戻る。

 

 

 だから余計に僕は泣いた。

 

 

 

 

 

『どこに居る?』

「………」

『真澄、頑張って答えろ。どこに居る?すぐ行くから』

 

 

 

 

 

 美浜公園の駐車場って、かろうじて答えて。

 

 

 すぐ行くよって、電話は切れた。

 

 

 

 

 

 分からなかった。

 

 

 何で泣いているのかも。

 

 

 ただ、七星に会いたかった。抱き締めてもらいたかった。

 

 

 

 

 

 僕は車の中で、七星が来てくれるのを待った。

 

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