第39話

 豆太を七星くんの実家に送って、七星くんは原付で、僕は車で僕の家に戻った。

 

 

 

 

 

 初めて、だった。

 

 

 家の中に誰かを招き入れるのは。

 

 

 

 

 

 七星くんは少し緊張気味に、でもキョロキョロしながらすげぇお洒落って、尻尾があったら左右にぶんぶん振っている勢いだった。

 

 

 

 

 

「ご飯簡単なものでいい?」

「え⁉︎作ってくれるの⁉︎今から⁉︎」

「うん。お腹すいたし、ぱぱっと作るから食べようよ。何がいい?」

「俺料理やらないから、ぱぱっと作れるものが何かさえ分かんない」

 

 

 

 

 

 洗面所に手を洗いに行きながら、何が早いかなあって考える。

 

 

 先に七星くん、後に僕。

 

 

 手を拭いて、振り向いたところを。

 

 

 

 

 

 つかまった。

 

 

 抱き締められた。

 

 

 

 

 

 七星くんの熱い身体、に。

 

 

 どきんって。

 

 

 

 

 

 誰かに抱き締められるのは、こんな風に人と触れ合うのは、どれぐらいぶりなんだろう。

 

 

 

 

 

 はあって息を吐いて、僕は七星くんの肩に頭を預けた。

 

 

 

 

 

「向こう行こうよ。ここ暑い」

「………うん」

「お茶飲もう?ビールもあるよ。七星くんのために冷やしてある」

「え?」

「ビール好きって言ってたから、ちょっと前に買って、実はずっと冷やしてる」

「まじで?」

「まじで」

「目眩がするぐらい嬉しいんだけど」

「それ、暑いからじゃない?」

「違う。嬉しすぎて。テンション上がりすぎて。真澄さんはあんま飲まないんだっけ?」

「うん。僕はね、お酒を覚える機会がほとんどなかったから」

 

 

 

 

 

 大学では描くだけの毎日だった。

 

 

 里見に会いに行くためにやっていたアルバイトは、アルバイトをするだけだった。

 

 

 里見と会っても、流し込むようにご飯を食べて、あとは………だったし、僕には社会人経験がない。

 

 

 だから全然、飲む機会は同窓会ぐらいしかなく、それも里見に会うのが目的だったから、ごめんあんまり飲めないって断っていて、気づいたらこの年。

 

 

 

 

 

 たまに。

 

 

 ごくたまに、里見が言ってたなあって、飲みながら夕飯を作ることはあったけど、むなしいだけだったから、本当にそれはごくたまに。

 

 

 

 

 

「ちょっと酔わせてみたいとか思っていい?」

「………今日は、ダメでしょ」

 

 

 

 

 

 今日は。

 

 

 

 

 

 せっかく呼んだんだから。

 

 

 せっかく。

 

 

 

 

 

 びくって、七星くんの身体が強張った。

 

 

 それを合図みたいに、七星くんの肩に乗せていた頭を上げた。

 

 

 

 

 

「………それ、は」

 

 

 

 

 

 小さい声。

 

 

 だけど、さすがにこの距離なら、聞こえて。

 

 

 

 

 

「………泊まってく、よね?」

 

 

 

 

 

 七星くんは、明日、仕事のはず。

 

 

 うちに七星くんの着替えはないから、朝一旦七星くんはひとり暮らしの部屋に戻らないと、だけど。

 

 

 来たんだから。夕飯を一緒に食べて行くんだから。

 

 

 

 

 

「………じゃあ今日は、俺も飲まない」

「え?」

「飲まないけど、泊まってく」

「………うん」

 

 

 

 

 

 好きだよ、真澄さん。

 

 

 

 

 

 唇が触れる寸前の、言葉。

 

 

 そして触れる、唇。

 

 

 

 

 

 好きだよ、七星くん。

 

 

 

 

 

 離れて、触れる寸前の、言葉。

 

 

 そして、触れる、唇。

 

 

 

 

 

 僕たちの始まりは、汗だくでの始まりだった。

 

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