第38話

 名前をきっかけに、豆太をきっかけに僕と七星くんは少しずつ会うようになった。

 

 

 最初はほんの何時間の豆太の散歩とご飯。

 

 

 ショートメールがラインになって、直ぐに毎日何かしら送り合うようになった。

 

 

 変わらず来る郵便配達では、僕は郵便物ではなく、同窓会の案内ではなく、七星くんを待つようになった。

 

 

 処分していいよって言ったのに、この入れ物気に入ったからまた何か作ってこれに入れてよって返された二段重に、時々多めにご飯を作っては、渡すようにもなった。

 

 

 休みの日、基本的に日曜日には、一緒にショッピングに行くようになり、映画を観に行くようになり、少し足を伸ばしてテーマパークに行ったりもした。

 

 

 お花見も行った。満開になった桜をふたりで見に行った。

 

 

 屋台で色んなものを買って食べた。射的をやったり、千本引きをやった。

 

 

 楽しそうに、夢中に、時にムキになって小さい子と並んでやっている七星くんがかわいかった。

 

 

 

 

 

 七星くんとの時間は、とにかく楽しかった。

 

 

 

 

 

 そういえば僕は、今までデートらしいデートをしたことがなかったんだなって、七星くんと出掛けだしてから気づいた。

 

 

 七星くんにそれを言ったからなのかもしれない。

 

 

 ここ行こうって、ここも行こうって、雑誌で調べて、ネットで調べて、随分先の日曜日まであれこれ計画してくれたのは。

 

 

 

 

 

 でも、七星くんは決して強引に僕に何かをしようとはしてこなかった。

 

 

 キスも、いつか唇にって言ったのに、したのはあの日の頬に、の、1回だけ。

 

 

 言葉の端々にお互いの好意を乗せるのに、もう気持ちは分かりやすくお互いにあるのに、じれったいぐらい僕たちは進展しなかった。

 

 

 

 

 

 でも、僕にはそれがちょうど良かった。

 

 

 多分、七星くんにも。

 

 

 

 

 

 少しずつ、少しずつ里見が僕の1日の中から消えて、少しずつ、少しずつ七星くんが増えて、大きくなった。

 

 

 

 

 

 初めて待ち合わせをして会った日から、3ヶ月ほど過ぎた日曜日。

 

 

 梅雨明け間近で、暑いから涼しいところに行こうってドライブに行った。



 帰ってきて、豆太の散歩に来ていた。美浜公園に。

 

 

 

 

 

 日がのびて、まだ空が明るい7時前。

 

 

 豆太も家からここまで歩いただけで暑そうにしている。

 

 

 

 

 

「あっちの方がもうちょい涼しいんじゃね?」

「あー、そうかも」

「豆、歩けるか?」

 

 

 

 

 

 舌を出してはあはあしている豆太をひょいって抱き上げた七星くんと、僕は砂浜の方に歩いた。

 

 

 

 

 

「風はあるけど暑さは大して変わんないな」

 

 

 

 

 

 波打ち際に豆太をおろした七星くんは、まじ今日は暑いってボヤいた。

 

 

 そうだねって僕は笑って、豆太は寄せては返す波を、追いかけたり逃げたりして遊んでいる。

 

 

 

 

 

「豆、濡れるなよ。俺が怒られる」

「七星くんが、なんだ」

「そう。絶対俺」

 

 

 

 

 

 右側で。

 

 

 波の音があるからなんだろう。

 

 

 少し僕の耳に顔を近づけて話す七星くんに、どきんって、した。

 

 

 

 

 

 もう、いいよ。

 

 

 

 

 

 ふと、そう思った。そんな言葉が胸にわいた。

 

 

 

 

 

 もういいよ。僕はキミが好きだよ。キミもでしょう?

 

 

 

 

 

 いつまでも進むことを躊躇っていたら、いつまでも進めない。

 

 

 こんなにも躊躇うぐらいにあった何かは、これからゆっくり話そう?

 

 

 僕も話すよ。だからキミも話して。

 

 

 

 

 

 僕は、右側に立つ七星くんを見上げた。

 

 

 七星くんが、僕を見下ろした。

 

 

 

 

 

「………うち、おいでよ」

 

 

 

 

 

 七星くんの返事は、目を見はっての沈黙と。

 

 

 

 

 

 唇への、キスだった。

 

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