第25話
「俺この本知ってる‼︎」
「え?」
「姉貴の子どもが持ってる‼︎でもって俺このキャラグッズ買った‼︎いや、買わされた‼︎」
「え?」
「すげぇ‼︎本当だ‼︎なつめますみって書いてある‼︎全然気づかなかった‼︎まじかーっ‼︎」
七星くんがテンション上がり気味の少し大きな声で言っているからか、僕の上に乗ったままの豆太がソワソワしてる。
大丈夫だよって、僕は豆太の頭を撫でた。
「真澄さん、握手‼︎」
「え?」
「握手してくれっ。あ、サインも欲しい‼︎ああっ、ペンがねぇ‼︎紙もねぇ‼︎くっそー、理奈にやろうと思ったのに‼︎」
何か持ってねぇかなあって、七星くんは持っている小さなトートバッグを覗いてる。
そして、豆太のくせぇうんこしかねぇって。
笑う。
笑える。
尻尾があったら振ってそう。
自分の尻尾を追いかけてそう。
多分すごく久しぶりに、僕は笑った。大笑い。
中学2年生の、僕たちのことが親にバレたとき以来かもしれない。声を出して笑うのは。
かもって言うか。そうなんだ。多分。
「りなちゃんっていうの?お姉さんのお子さん」
「うん、理奈。理科の理に奈良の奈」
「何才?」
「今4才」
「4才かあ。確かうちに色紙があったと思うから、要るなら書こうか?サイン」
「まじで⁉︎」
「まじで。でも要る?サインなんか。僕はそっちの方が心配」
「要るって‼︎要る要る絶対要る‼︎あいつまじで好きだから‼︎」
「じゃあ書くね。ちなみに理奈ちゃんは何が好きなんだろう」
「うさぎだよ、うさぎ‼︎星を見ててうっかり月から落っこちた耳折れうさぎ‼︎」
「そっか。じゃあその絵と一緒にね」
「まじで⁉︎まじで言ってる⁉︎真澄さん‼︎」
「まじで言ってるよ。できたら渡せばいい?あ、仕事中はまずいかな」
「連絡先教える‼︎できたら教えて‼︎」
躊躇ったのは、ほんの一瞬。
いいのかな、連絡先聞いちゃって。
まともに喋ったのは、今日が初めてなのに。
「お礼は豆太なっ」
「え?」
「受け取りのときは、豆太も連れてくるから」
あっさり僕は豆太で、買収された。
そのあと握手握手って言われて、大きな手の七星くんと握手をした。
俺もサイン欲しいって言われたから、いいよって言った。
理奈が耳折れうさぎなら俺はあれを描いて欲しいって。月から落っこちてきたうさぎと、一番最初に友だちになった男の子。まる。
お星さまが大好きな大好きなうさぎのぴょん。
ある日お星さまを見ながらぴょんぴょんしてたら、ぴょんは月から落っこちてしまいました。
自慢の耳が片方、折れてしまいました。
痛いよう。帰りたいよう。
ぴょんはしくしくしくしく泣きました。
「どうしたの?」
泣いてるぴょんに、男の子が言いました。
「僕はまる。キミはだあれ?どうして泣いているの?」
「僕はぴょん。あのね、僕、ぴょんぴょんしてたら月からおっこちゃったんだ」
それからふたりの、月に帰ろう大作戦が始まりました。
ありがちな話。
なのにそれが広く知られるようになったのは、求められたのはどうしてだろうって、今も不思議。
「え、図々しい?俺」
僕が返事をしないことに不安を覚えたのか、恐る恐る七星くんが言った。
まる。
うさぎのぴょんを助ける、優しい優しい男の子。
………里見がモデルの、男の子。
「色紙2枚なら、豆太2回ね」
「え?」
「2回会わせて」
僕たちは笑った。
空には星が、瞬いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます