許恋〜許されない恋/許される恋〜

みやぎ

第1話

「こんにちは」

「こんにちは」

 

 

 

 


 いつも通り、庭に出て待っていた僕に、今日も彼は門のところから声をかけてくれた。


 

 

 

 

 

 僕が待っていたのは手紙。ハガキ。

 

 

 もう何年も来ていない、中学の同窓会の。

 

 

 

 

 

 門のところに居る、まだ20代だろう郵便配達員の彼から受け取った今日の郵便物の中にも、それらしきものはなかった。

 

 

 吐きたいため息を堪えて、彼を見た。

 

 

 



「ありがとう」

 

 

 

 

 

 春、4月。

 

 

 

 

 

 あたたかな風が、ふわりと吹いた。

 

 

 

 

 

真澄ますみさんっていうんですか?」

「………え?」

 

 

 

 

 

 いつもなら、彼との会話はそれだけ。

 

 

 こんにちは、と、ありがとう。それだけで終わる。

 

 

 それ以外に話したことはない。

 

 

 彼にとって僕は、うちは、たくさん配達に行くだろう家の一軒にすぎない。

 

 

 だから今まで話す機会も必要もなくて。

 

 

 

 

 

 聞き返す。

 

 

 

 

 

 咄嗟に右側の耳に髪の毛をかけた。名前って言った?聞かれた?

 

 

 

 

 

「名前。真澄さんっていうんですか?」

 

 

 

 

 

 少し大きめの声で、さっきより少しはっきりと彼は言ってくれて、今度はちゃんと聞き取ることができた。

 

 

 

 

 

 不意打ちで話しかけられるのは、今もやっぱり苦手。

 

 

 

 

 

「………うん。そう。真澄。夏目真澄なつめますみ。僕の名前だよ」

 

 

 

 

 

 制服。

 

 

 そこかしこで見かける郵便配達員の、普通の。

 

 

 そしてヘルメット。

 

 

 

 

 

 そこから見える顔、初めてまじまじと見た顔は、20代半ばから後半ぐらいだろうか。

 

 

 整った顔立ちの青年だった。

 

 

 

 

 

「キレイな名前ですね」

「ありがとう。今ならそうかもって思えるけど、昔は女の子みたいでイヤってずっと思ってた」

 

 

 

 

 

 小中高生のときは特にそうだったなって思い出して、思い出したのと同時に思い出したのが。

 

 

 

 

 

 里見さとみ

 

 

 里見千裕さとみちひろ

 

 

 

 

 

 僕が小学四年生のときに、同じクラスに転入してきた男子。

 

 

 背が高くてかっこいいのに、僕と同じように女の子みたいな名前で、転入早々からかわれていた。

 

 

 

 

 

「あー、分かる」

「え?」

「俺もそう。女みたいな名前で、自己紹介で言うのがすげぇイヤだった」

「へぇ、そうなんだ。何て名前なの?」

「ナナセ」

「ナナセ?」

「七つの星、で、七星。久保七星くぼななせ

 

 

 

 

 

 七つの星、で。

 

 

 

 

 

 やっぱり思い出した、里見。星。






 七つの星ってことは北斗七星?

 

 

 

 

 

 見上げた星。

 

 

 探した北斗七星。

 

 

 里見と。

 

 

 

 

 

 里見、と。見てた。

 

 

 

 

 

「すごく素敵な名前だね」

「………ありがと」

 

 

 

 

 

 郵便配達員の彼は照れ臭そうにぼそっと言って、じゃあって頭を下げて門の向こうのバイクに乗って走って行った。

 

 

 長い坂。下り道。



 その先には街と海があって、そこはかつての僕が住んでいた街。




  

 

 ふわり。

 

 

 

 

 あたたかな4月の風が、僕の頬を静かに撫でた。

 

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