第9章 帝国の魔女

第9章第001話 閑話 ネイルコード国 王立学園

第9章第001話 閑話 ネイルコード国 王立学園


・Side:カルタスト・バルト・ネイルコード(ネイルコード王国王太子嫡子)


 僕…私は十五歳になった。

 普段は、王太子宮にて妹と共に、招かれた教師に受講していたのだが。今日からは、ネイルコード王立学園での受講となる。


 学園と言っても。将来立太子する予定の私と妹のクリステーナ、選抜された側近と各省庁の幹部候補の貴族子女。十人ほどが年齢と学習レベルで三つの学級を作るので、全部で三十名ほどの規模。学舎は、お祖父様…陛下がまだ即位される前に使われていた昔の王子府の建物を再整備して使う。

 将来的には、貴族街に数百人ほどの子女が学べる学校を設立する予定になっている。本学舎はその先駆けだ。


 国が主催の王侯貴族向けの教育機関も元々あったのだが。貴族の該当する年頃の子女を集め、半年ほどの貴族に必要な基礎的なことを教育をする程度の場でしかなかった。



 アイズン伯爵の治世方法が広まるにつれ。中小の領では、領主が直接領政を見るのでは無く、王国から派遣された教育された文官が代官となって行うことが当たり前となり。領主一家も王都に別邸を建てて住むことが増えたため、貴族子女のを集めることに問題がないと判断されたこともあるが。

 昨今のエイゼル市をはじめとする各領地での文官教育機関の隆盛を鑑み、そこから輩出される優秀な平民文官と共に働くことが増えた貴族が焦りを感じたというのが正解か。実際、家庭だけで教育を受けた貴族では、能力不足が指摘されることが多くなってきた。

 爵位があった方が文官業でも出世はしやすいが、あくまで意見を通すための道具としての貴族位であり。文官としての地の能力が高くなくては、いかんともしがたくなってきた。

 エイゼル市ではすでにエイゼル市に住んでいる中小貴族の子女向けの学園が貴族街に開かれていて一定の成果を出しており。それと同程度以上の教育を行う、体面的にも上位貴族も通える学校の設立が求められた。



 お祖父様…現国王であらせられる祖父クライスファー・バルト・ネイルコード陛下も、エイゼル市で文官を経験していたこともあり。文官仕事を軽く見るなんて事は無く、日々庶務に追われてられる。

 王太子である父も、毎日ぼやきながらも同じように忙しくしているし。…そして、その嫡男である僕にもそれは求められているのだ。


 この学院には、王都の貴族街に居を構える上位の貴族も多く通うが。市井の文官学校、およびエイゼル市の貴族学校からも子女が集められている。

 まっさらの平民の入校は、軋轢を鑑み、今回は見送られた。ただ、大手商会でいくつか男爵位を得た家があり、そこの子女…商売について実践を持って教育を受けてきた優秀な者も、何名か入ってきたいる。

 上位貴族の子女として彼らに負けるのは面子に関わるため、発憤するしか無い。それを狙っての身分混合教育だ。




 「…以上。皆が将来の国政を担う人材として精進することをネイルコード国国王として期待する」


 陛下の謁見室で、新規生を集めての祝辞が送られる。ネタリア外相は、現在はるか東へ外遊中だが。父上に叔父上、宰相に大臣らも揃っている。王宮内ということで、普段は揃わない父に僕と、継承権上位も勢揃いだ。

 国のトップが揃っているとこを見た者は少ないようで、皆緊張しているのが分かる。

 ただ。そのへんは陛下も配慮していただけたのか、式は短めで切り上げられ。学舎の食堂で昼食を兼ねての懇談会となった。

 食事の内容はけっこう上等な物だが過剰でもなく。しかも軍と同じようにトレイを持って取りに行くというものだ。配膳されることに慣れている者がほとんどだろうが、今後はここで昼食を取ることになるので。その説明と練習も兼ねている。

 主菜は二種から、デザートも並べられた物の中から選べるようになっている。こういうのが新鮮だという子弟も多いようだ。

 なお。余った主菜はまかないに。デザートは、護衛騎士や侍女たちのおやつとなることが決定している。



 「殿下。父上からは、将来の側近候補として我々が選ばれたと聞いているのですが」


 一人の…同級生と言うのか、この学園の生徒の人選についての疑問を問いかけてくる。この学園の意義について不安を感じている者も多いのだろう。


 「この学園は新たな試みだが。私の知っている範囲で、最終的に何を目的としているのかは皆にも説明しておこう。そうだな、まずはレミーヌ・クゾン・カルマ嬢」


 「はい殿下。レミーヌ・クゾン・カルマです。高家の方々にお目もじ、望外の喜びでございます。新参の家の者ですがよろしくお願い致します。」


 二つ離れた机に付いていた女生徒が立ち上がり、礼をする。少しぎこちないが及第点だ。


 「彼女は、レミーヌ・クゾン・カルマ男爵令嬢。皆も知っていると思うが、食料を大規模に扱うことで有名なカルマ商会の会頭の孫娘だ。このたび、商会頭が法衣男爵として取り立てられたので、彼女も晴れて貴族となった」


 「爵位は、父上、そしてその次は弟が継ぐ事になっていますので。私はこのまま商会に残ると思いますが…」


 平民から授爵したばかりの家の娘ともなれば、この学園の中では序列的に最下位と言えるだろうが。商業の実務に関することについては、いまいる中ではトップだ。

 他の面子から嫌がらせなど受ける可能性もあるが。実は彼女には、秘密裏に各生徒の評価を手伝ってもらうことになっているし。学園の警護に当たっている影にもは彼女の安全確保も命じられている。


 「殿下。商人に爵位を賜うるのですか?」


 確か伯爵家の子息か。表情からして悪気は無い感じで、ただ疑問を口にしただけらしい。まぁ貴族家の中だけの教育では普通の価値観だが。ちょっと不用意だな。


 「商会や商業ギルトの協力は、今の政策には不可欠だ。まぁ想像が付くだろうが、商売をする上で無爵位のままでは問題が起きることもある。貴族であることを盾にした無理難題の類いだな。まぁ家がそのようなことはしていないことが、ここにいる皆の資格でもあるのだが」


 選別された…ということは自覚してもらった方が良いだろう。領益や国益に沿った発言をするのも、貴族の嗜みだ。


 「彼女の家に限らず、多くの商会には王国の政策に大きく協力してもらっている。こちらも、自分の商会の利益優先で他の商会を恫喝するようなところは、授爵審査の段階で事前にはじいているが。商会に限らず、功績の大きい工房や、既に省庁で上位の役職に付いている文官にも法衣貴族位を与えることを進めている」


 この辺の襲爵に反対する権威主義的な貴族は、今後国の中枢には入れたくない。そのためのレミーヌ嬢だ。


 「爵位の安売りをしていると思う卿らも多いとは思うが。今や、自分らだけで領政を行っている貴族は、まずいないだろう」


 見渡すと、皆が頷く。


 「はい。うちでも中央から文官を受け入れていますし。身内や領内の文官をエイゼル市へ勉強のために送っています。それに、街道の整備や産物の選択調節は、考えるべき範囲が広がりすぎて。領内だけで判断できることではなくなっております」

 この辺をきちんと差配して、領政を任せてくれた領地側にも儲けさせる。アイズン伯爵の基本施政だ。


 「ネイルコードでは、貴族が領地を持って自領の政だけを行う時代は、終わったと言える。今までは爵位と領地が直結していたところを、爵位と役職で紐付けする方向に切り替えることで、国の構造を変えたいのだ」


 もっと驚かれると思っていたが。皆落ち着いている。この辺を肌で感じていない貴族子弟は、ここにはいないということか。


 「もう一人、紹介しておこう。クラウヤート・エイゼル・アイズン殿」


 私より一つ年上だが。今回の学園で一番上の級に入る。


 「もしかしたら、この面子の中では一番有名かもな」


 「一番有名なのは、殿下と姫様だと思いますよ」


 彼とは合う頻度もそこそこあるので、結構フランクだ。


 「皆様。クラウヤート・エイゼル・アイズンです。エイゼル市庁の手伝いをしつつ、祖父アイズン伯爵の才覚にあらためて畏怖する毎日ですが。少しでも祖父に追いつくため、皆様と一緒に勉学に励みたいと思います」


 「アイズン伯爵の才覚に疑問を持つような者はここにはいないと思う。伯爵の施策についても事ある毎に学ぶことになると思うが。助力の方お願いする」


 静かに礼をするクラウヤート。


 「あと。親族に学園に来る者はいないが、ランドゥーク商会のケーン・ランドゥーク殿も男爵に授爵する。織物と衣類の大手商会だな。皆が今着ている"制服"も、ランドゥーク商会が中心になってあつらえた物だ」


 「着やすく動きやすいのに、意匠も悪くないですね」

 「学園とは言え王宮。毎日何を着ていくべきか恐々としておりましたが。着る物に悩まなくて済むのはありがたいですわ」


 私と妹も着ているが。レイコ殿と一緒に暮らしているアイリ・ランドゥーク嬢がデザインした服だ。

 上位貴族から、将来は平民の学生にも支給する予定のため。高価すぎず質素すぎず着やすく動きやすく、誰が着ても破綻しない。うまくまとめられている服だ。

 遠目で服装で身分がばれることがないと、護衛騎士からの評判も良い。


 「ランドゥーク商会は、織物から服飾までこれらを通じて各地で大量雇用を実現している。スラム街が払拭されたのも、ここの商会の功績と言って良いだろう」


 職種や作業の幅がそろいので、六六では内職で仕事を請け負っている者も多い。広く就労を募れるのが利点だ。…そうだ。


 「たかが布、たかが服と思うなよ。食料を増産したところで、それを買える者がいなくては、安く買いたたかれる事態になって農家も行き詰まる。領を跨いで良い農地へ農民を配分して生産量を増やす。スラムを解体し就労者を増やし金を使わせる、街道の整備によって生産された産物を売りに出す。アイズン伯爵が最初期から取り組んでいる改革の根幹だ。この学園のカリキュラムでも、この辺を再評価する授業が予定されている」


 「僕が生まれる前に話ですからね。楽しみにしています」

 「私もお祖父様から話は伺っていますが。授業が楽しみです」


 クラウヤートとレミーヌ嬢。謙遜するが、この面子ではもっとも詳しいだろう。


 「これを"経済"呼ぶ。諸君には、これらを地味だと思うような意識をまず払拭してもらいたい。次世代の国の舵を取る者達に、この国を富ます仕組みを正確に理解してもらうのが、この学園の第一の目的だ」


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