第8章第022話 航海その2
第8章第022話 航海その2
・Side:ツキシマ・レイコ
カンッ! カンッ! カカカカンッ!
「く…さすがに姫は手強いですな」
「あの木刀、俺達のと同じ重さだろ? あの細い腕でどうしてあんなに軽々と素早く振り回せるんだ?」
「俺も身体強化、使えるんだけどな。勝てるイメージが沸かない…」
マーリアちゃんと船員さん…海軍の兵士達が、木剣で練習試合をしています。
船上で扱う武器としては、主にショートソードが使われています。揺れる船の上を想定すると、片手は空けておかないと移動もままなりませんし。船内での戦闘ともなれば長物はじゃまになるだけですので。必然的に短めの片手剣がメインになります。
私は身体が軽いのが弱点ですが。マーリアちゃんも元々、重量級のハルバートを振り回して、その運動量をうまく使うことでトリッキーな動きをしたり、打撃の威力を上げたりするスタイルでしたけど。あれからマーリアちゃんも身体的に成長しています。まぁ成人男性に比べれば軽いので、そこは弱点ではありますが。短剣を効果的に使うくらいはできるようになったようです。
「あれもちゃんと持ってきているわよ。錆びるから仕舞ってあるけどね。それに、あれ持って海に落ちたらさすがに捨てないと私も沈んでしまうし。上陸するまでお預けね」
「私もナックルナイフは仕舞ってあるわよ。私なんてさらに水に浮かないし」
どちらも船上で使うような武器ではないですからね。セレブロさんのゴルゲットも革製にしてあるくらいです。
試合では、皆が横薙ぎを多用してきます。室内では天井が邪魔手で上から振りかぶるのが難しい場合があるのと。マーリアちゃんの胆力だと、真上からでは普通にあしらわれてしまいますからね。横からの打撃を受けとめて重心がフラついたところに連撃を狙いますが。マーリアちゃんの剣戟の速度はそれを上回ります。逆に剣を払われて、急所に剣を当てられて終わりというパターンが多いですね。
まぁ少女に負けて悔しい思いをしないのか?…とは思いますが。マーリアちゃんとの試合は、船員さんの間では大人気です。毎度、十人抜きくらいこなしていますよ。
私の方は人気が無いのか?ですが。背の高さ、体重の軽さ、力の強さと、まぁ訓練として得るものが少ないと申しますか。マーリアちゃんよりやり辛いっぽいんですよね。これが陸地なら、獣や魔獣役で需要はあるのですが。船員さんの仮想敵は人間ですので、あまり対人戦の訓練にならないといいますか。
でもまぁ。私自身、対人戦の練習はしておきたいと思っていたので、練習には混ぜて貰っています。怪力で逆袈裟懸けして相手の体勢崩して急所狙いってのが私のパターンです。ちょっとずるいですね。この手は、達人相手だと何回か試合しているうちら良い感じでいなされるようになってきました。私も勉強になります。
私とマーリアちゃんでも試合しましたけど。同じ獲物だとまぁ、ほとんどその場で剣振り回して、ガガガガと当て合うだけになりがちです。これまた練習になると言えるのか… 船員さん達は呆れて見てましたけど。
「剣を見切る練習にはなるわよ」
とマーリアちゃんは言ってくれますが。剣筋が低いから、あまり練習にはならないかもとと考えるとちと申し訳ない。…こういう時は、背が欲しくなるなぁ…
途中の島で一泊しているとき、島の近くにカッターを出して釣りをしている人たちがいまして。結構たくさん釣ってきていました。
人に馴れていないのか、入れ食い状態だそうです。
食べられる…というより、食べた実績のある魚だけより分けて、持って帰ってきました。色が鮮やか目なのは、南方だから? 鯛やカサゴに似ている魚がたくさんです。
締めて内臓を取るのを手伝います。身は白身で、フライとかソテーとか美味しそうですね。
冷蔵庫のない時代の慣習として、開きにして数日干し、炙って食べるというのが船員さんには人気だそうです。たしかにそれも美味しそうですね。今では醤油もあるので最強です。
で。その釣果を、開きにして干していたんですけど。
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」
「いやまぁねぇ。まぁいいよ。セレブロさんには俺達も普段からおやつあげているし。冷凍庫の増設もセレブロさんのおかげだろ? むしろ普段いいもん食えているから、これくらい気にするなよ」
マーリアちゃんがちょと目を離した隙に、干していた魚をセレブロさんが半分くらい食べちゃいましてね。マーリアちゃんが平謝りしてました。
セレブロさん曰く、匂いが我慢できなかったそうです。ファルリード亭でも魚食べる機会の方が多かったですからね、魚はセレブロさんの好物なのです。
船員さん謹製の干し魚は、翌日に私も戴きました。白身魚で醤油をちょっと垂らすと、もう最高のおいしさだったのですが。…ご飯炊けば良かった。
件の島から出発して。海の上の夜です。
まぁ船上では、仕事がなければ日が暮れたら部屋に引っ込むものですが。さすがに日が暮れて寝てでは睡眠時間が長いので。就寝前にどう時間を潰すかが問題になります。
食堂で非番の船員さん達とボードゲームしたり…ここでもレッドさんは人気です。あとはネタリア外相やカラサームさんとお話ししたりなんて事が多いです。
アライさんは結構速く寝ていることが多いです。ファルリード亭では夜も働いてましたが、その分朝は遅めでした。こういう航海中は、寝付きの良さはちょっとうらやましいですね。
今夜は風もおとなしく快晴ですので。夜空を眺めに、レッドさん、マーリアちゃん、セレブロさんと甲板に出てきましたよ。
真上には神の御座。進行方向、東からけっこう高くなったところには月が出ていて。結構周囲は明るいです。斜め後ろに船団の船が付いてきているのも見えます。
風が弱めなので、船の下の方からガシュガシュと蒸気機関の音がよく聞こえます。定期的に止めて点検整備していますが。今のところ三隻とも、簡単な部品交換で一ヶ月の航海にも耐えています。テスト航海としては上々の成果ですね。
ブリッジには常に数人がいて、舵と機関の調節に張り付いています。船首と船尾楼には見張りが二人ずつ立っていて、周囲の警戒をしています。目が合うと、軽く手を振ってくれました。夜番、ご苦労様です。
艦首と艦尾にはランプが、さらに艦舷の左右には赤と緑のランプが付いてます。この辺は地球の知識として…ではなく、セイホウ王国から来ているそうで、昔からこれが船の航行灯になっているそうです。
「…マーリアちゃん、一緒に来てくれてありがとうね」
「クー? クック」
月明かりの下できょとんとするマーリアちゃん。
「どうしたのよまた急に」
「まぁね。…帝国の魔女について深入りしたら、なにか起こりそうな気がしてね…」
「…ネイルコードに帰れないとか?」
「帰るつもりはあるわよ、もう第二の故郷だし、愛着もあるし。でもね…魔女が帝国を滅ぼした理由如何によっては、帰らない方が良いことになるかも…とかね。ちょっと不安」
「不安程度なら、無理矢理にでも連れて帰るわよ」
こちらに来てからいろいろな知識を披露していますが、兵器に関する直接的な知識は出さないようにしています。ただ、鉄道や電信ですら、軍事には多いに役に立つ技術ですし。ペーパープラン研究所に残してきたものだけでも、大陸の文明の進化に対する影響はとんでもないことになるでしょう。
いつかは通るテクノロジーの発展の道とは言え、大陸のパワーバランスになにか致命的な影響を与えないか、けっこうビクビクしています。
「帝国の魔女に心当たりあるのね? レイコ」
「赤井さん…赤竜神の関係者なのは間違いないと思う。たぶん、私より前に誰かを再生…私みたいな巫女を遣わしたんだと思っている」
自分を巫女というのは面映ゆいですが。まぁ赤竜神の巫女というのが、再生されたメンターの説明には一番簡単です。
セイホウ王国から流れてくるいくらかの情報、法律やら航海術、米などの食料事情。こちらの商会で普通に遣われている会計処理なんて、まんま簿記でして、これもセイホウ王国から伝わってきているとか。
それらの知識が、魔女がメンターである可能性を示唆しています。…もちろん、魔女とは別にメンターがいる可能性もあるけど。
東の帝国は、ネイルコードほど工業文明は発展しなかったようだけど。鉄を作るところから文明を始めるような話しだったら、そちらの進歩が追いつかなかったのはあり得る話。どんなすごい技術者でも、道具がなければ何も出来ないですからね。その点ネイルコードは、軽工業はかなり発展していましたので、工業化の基礎は出来ていたのです。
「帝国を滅ぼした魔女か… レイコバスターはたしかにすごいけど、あれで大陸一つを滅ぼすとしても、けっこう大事でない?」
「そんなことしたら、大陸だけでは済まずに、この星規模で災害になるでしょうね」
都市とかを全部レイコバスターで破壊なんてしたら、普通に核の冬とか来そうです。
そもそも走って破壊して周る? 空でも飛ばないと、ムラなく滅ぼすのは大変そう。って、そんなメンタル持っている人間を赤井さんがメンターにするとも思えないけど。…そもそも赤井さんが止めるでしょ? 止めるよね?
「出来るってところがまたすごいけど。レイコは今まで人に対して使ったことないでしょ?あれ」
「…自分で殺したいと思った人は、今まで一人だけかな」
巨大白蛇とか蟻の群とか、レイコバスターでは非人間しか殺傷はしていませんが。まぁ大量破壊兵器を無差別に使うなんてとんでもないという理性はあります。敵軍に対して使うにしても躊躇しますよ。
…女子供に暴力振るう人間は、殺さない代わりに二度と剣が持てないようにはしましたけどね。後の刑罰や社会的に死んだ人もいますが、そこは仕方なしです。自業自得です、同情はしません。
「…レッドさん、その辺の正確な知識はあるんでしょ? レイコのお父さんが入っているくらいだし」
マーリアちゃんがレッドさんをジト目で見ます。
まぁレッドさんが秘密に関する部分は全部持っているとは思いますよ。
「クー? ククックーッ クク」
「教えられないって。そのうち全部わかるって」
「…レッドさんも、いろいろ秘密主義よね」
まぁレッドさんが全部の知識を吐き出すようになったら、私は家から出る必要無くなりますからね。
赤井さんは私をこの世界で活動させたがっているようだし。セイホウ王国に行くのも、ある意味必然なのでしょう。
快晴で満点の空。ネイルコードに居た頃は、日本よりはたくさんの星が見えたけど。周囲に建物はあったし、日本ほどではないけど家の明かりもあったから、庭で天の川を見るってのはちょっと難しかったですが。
今は夜の海の真ん中。航行用のランプも、船側には光が刺さないようになっているから、甲板は月と星の明かりだけ。ユルガルムに東の街道経由で旅したときに見たくらいの見事な星空。
金星より明るい恒星がたくさん見えて。相変わらず、豪華絢爛って感じの夜空ですね。この星空は、地球では絶対見られない絶景です。
「ん?… マーリアちゃんほら、あのぼやっとした細長い雲みたいなの、見える?」
マーリアちゃんの顔に寄せて、夜空を指します。マーリアちゃんが目を凝らします。
南の水平線近く、天の川からちょっと離れたところに。月より小さいくらいに見える光のもや。
この身体の視力は結構高いですからね。この海の暗さならよく見えます。
「ん? うん、なんかぼやっとした物が見えるわね。低いところだから月明かりに照らされた雲…にしては、あそこだけ雲ってのもちょっと変ね」
レッドさんがその目で見た、明るさを増強したイメージを転送してくれます。
月より小さい雲の塊だったのが、月の何倍もでかい円盤に見えます。すぐとなりの小さい衛星銀河も辛うじて見えます。間違いありません。
「アンドロメダだ…」
「アンドロメダ?」
天の川が見えるのなら、アンドロメダかマゼランが見えるはずとは思っていましたけど。ここまで南下してきて、やって見えました。
アンドロメダがネイルコードから見えなかったのは、南の空に位置していたからなのね。納得。
マゼラン銀河は…アンドロメダとの位置関係はよく知らないけど。さらに南にあるか、はたまた天の川や神の御座に隠れて見えないのか。
「太陽のような星が数千億から一兆個も集まっているのを"銀河"っていうんだけど。アンドロメダは、私たちのいる銀河とは別の銀河ね。距離は…たしか光の速さで二百五十万年くらいかかる感じかな」
「一兆って?」
「一万の一万倍のさらに一万倍」
兆なんて単位、ネイルコードやエルセニムではまず使わないですしね。
「なにそれわかんない… 光ってものすごく速いんでしょ? それで二百五十万年?」
ひゃーという感じで同じ星雲を見ているマーリアちゃん。
三千万年だから、望遠鏡で記録と精査すれば、違いがあることは分かるんだろうけど。ぱっと見た目は、昔、夏休みに天文台主催の観測にて望遠鏡で見たそれと同じです。
この惑星が地球から遙か離れているのは知っていたけど。とりあえずここが銀河系の中らしいということで。妙な安心感を得たのでした。
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